こうしてウォーターフォールで一夜を過ごした後、また荷物を背に洞窟内の探索を続けた。壁に書かれた文字はどうも古代文字のようで、私には読み取ることができなかった。

この洞窟の中にはどうやらエコーフラワーという花が生息しているらしい。青色の綺麗な花で、近くで喋った者の言葉を反復するらしい。できるだけ自分の声に上書きされないように注意しながら、そっと耳をすましてエコーフラワーを聞き回った。

昨日夕食を共にしたサンズとは、その後も何度か顔を合わせることになった。全て仕事中だったが気さくに立ち話をしたりと、寂しいひとり旅の道中でとても心強い存在になっていた。

思えばサンズの仕事の幅広さには驚いたものだ。彼は一体どれだけの仕事を掛け持ちしているのだろうか。行く先々で彼を見かけている気がする。いくつもの仕事を要領よくこなしている辺り、彼は器用で世渡りがうまいんだろうな。

そう昨日のことを思い返しながら先へ進めば、地面から唐突に咲き現れた黄色い花が視界に入った。私は背中に冷や汗を感じながら立ち止まり、目の前に佇む彼に声をかけた。

「やあ、フラウィー」
「やあ!久しぶりだねメメ」

爽やかな笑顔と共に現れたこの一輪の黄色い花は、私を二度殺した相手である。

「スノーディンから出て進み始めたようで何よりだよ」
「いつまでも留まるわけにはいかないからね」
「そうだね、僕もそう思うよ。色々なものをこの目で見て試さないと、退屈になっちゃうからね」
「うーん……確かに普遍的になるね。それが君にとって退屈だというなら間違えてないだろう」

太鼓のように拍動する心臓を抑え、平静を保ちながらフラウィーと会話を続ける。案外私は肝が据わっているのかもしれない。

「そういえばこの間、僕見ちゃったんだよね。君が手紙を送るところを。誰かと文通でもしてるの?」
「うん、してるよ。素敵な文通友達とね」
「へえ、そうなんだ。手紙で想いを語り合う……とても素敵なことじゃないか。気になるなぁ、手紙には一体どんなこと書いてるの?」
「語るほどの深い話はあまりしてないよ。ただ、友達の話をしたり、料理の話をしてるだけ」

そう話せば、フラウィーは適当に相槌を打ってまた地中へと姿を隠した。私は未だに鳴る心臓を抑えながら、また歩き続けた。


***


そういえば、ここにいるモンスターは遺跡でもスノーフルでも見ない者達ばかりだ。ムキムキの馬のような顔をしたモンスターと筋肉比べをしたり、手ミィと名乗る犬によく似たモンスターとキャワワな話をしたり……。不思議で愉快な彼らと互いに親交を深めながら先へ進む。

あれから数時間ほど経っただろうか。のんびり辺りを探索しながら歩き続けていたら、洞窟の端に佇むモンスターに気がついた。静寂の中彼女が口ずさむ歌は、白いキャンパスに色を落としたかのような彩りをこの空間に与えていた。

とても上手だ!、とは言い切れない。しかし、少し不器用さを感じさせるのが魅力的で、素敵だと思わせるようなメロディーだ。なんとなく、ハミングしたい気分に身を任せ、私もキャンパスにもう一つ色を落とした。

「シ レ シ レ シ ミ シ ミ」

彼女は驚いたようにこちらを見て、歌を続けた。違いを挙げるとすれば、歌声に先ほど以上に熱意が込められていたことだろう。

「シ ファ シ ファ ソ ファ ソ ミ レ レ」

どんどんと表情を崩しているのが分かる彼女の歌声に、私も続いてハミングを続ける。自然と集まり始めたモンスター達の影に混ざり、サンズがまた商売を始めているのを横目に。

「ミ ソ ミ ソ ミ ソ ミ ラ シ ソ」

スターになった気分に浸ったところで、私はいつまでもこの関係を続けるのは難しいということに気がついた。私は前に進むために、彼女との歌に終止符を打たなければならない。歌の区切りがついたところで思いの丈を伝えれば、彼女も理解してくれたみたいだ。初めて見た時の薄暗い表情から、少し光が差し込んだように微笑みを浮かべながら身を引いていった。

今までにないくらい、とても鮮やかな時間だった。まだ熱を持つ心に浸りながら、去り行く聴衆を見つめ思う。

「あの…えっと…」

ふと後ろから届いた声に振り返ると、そこには白いオバケがいた。どうやらこちらを見ていたらしく、目が合った瞬間そっと逸らされてしまった。私はこのオバケを遺跡で見たことがある。その時は寝ていたから、眠りを妨げるのはどうかと思いそっとしておいたのだ。

「さっきの曲…すごく素敵だったヨ…聴けてよかっタ…」

言葉を手繰り寄せながら必死に話すその姿に愛らしさを感じる。ただでさえ褒められて喜ばしいのに、これでは嬉しさの二乗だ。

「ふふ、ありがとう」
「うン…」
「私、今までこんな大舞台で歌ったことなかったから、そう言ってもらえるとすごく嬉しいよ」
「え、そうなんンダ…すごいヤ…」

黒い目を瞬かせてそう呟くオバケを、微笑ましく見つめる。するとモジモジとしながらうつむき気味にオバケは口を開いた。

「君は何ていう名前なの?」
「僕?…僕はナプスタ・ブルック…この近くでカタツムリ牧場をやってるンダ…」
「へえ、カタツムリ牧場か。すごく行ってみたいんだけど、どこにあるかな?」
「うんと…その…もしよかっタラ…ついてきてもいいヨ…」
「え、いいのかい?ありがとう!カタツムリ好きだから嬉しいな」

カタツムリの調理法や豆知識は遺跡でトリエルにたくさん教わった。その事もあってかカタツムリに対する愛着が強い私にとって、カタツムリ牧場ほど好奇心をくすぐられる牧場はないだろう。

「ここから北東に進んだところにあるンダ…こっちだヨ…」

そう言って壁をすり抜けナプスタは前へ進んだ。私もついていこうとナプスタの元へ近づいた時、ある重要なことに気づき、ふと動きを止めた。

「私…壁をすり抜けられないや…」

それでも北東にあるというヒントを頼りに、私は周囲を探索しながらカタツムリ牧場へ向かう決意を抱いた。

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