目を開くと見慣れた天井がぼんやりと視界に映った。ここは私の寝室だ。ゆっくりと伸びをしながら上体を起こし、すぐ脇にあるカーテンを開けば爽やかな太陽の光が部屋を照らしだした。

ここ数日仕事がきていないため、つまり私はその数日ほとんど家から出ていないというわけだ。食材を買いにスーパーへ行くことと、図書館に本を借りに出向く事くらいだ。本当は花や動物の一つでも買って共に生活してみたいが、仕事で長期間家を留守にする事もあるからそれは難しいだろう。私のせいで寂しい想いをさせてしまう。他にすることといえば、読書しながらぼんやりと昼寝するくらいだ。一応ある程度の家事はしているが、それでも自堕落な生活には変わらないだろう。

このジメジメとした私生活に少し光を当ててみたい、そんな想いを胸に手紙を送ってから1ヶ月が経った。そろそろ返事を待ちわびてしまっても無理はない頃合だ。

食パンをトースターに入れて朝食の準備をするべくベッドから脱出した時だった。コツンとベッド脇の窓から軽快な音が鳴った。

「これは、嬉しい報せだ」

音の正体は紙飛行機が窓に衝突した時のものだった。窓に行く手を憚られながらも浮遊して私の元へと目指す健気な紙飛行機に、不思議と温かい気持ちが溢れる。きっと私の手紙の返事を書いてくれたのだろう。

窓を開けて両手に収まった紙飛行機は、安心したかのように動きを止めた。この手紙を今すぐ読みたいところだが、これから朝食の時間だと私の空腹が責めている。朝食中に読むのはこの楽しみを半減させてしまうようで勿体無い。だから朝食を食べてひと段落してから読もう。

「……あ、そう言えば送り方を書くの忘れてた」

鳥の折り方が分からなかったのだろう。何度も試したようで、紙は皺々に歪んでいた。どうも私は重要なところで抜けている。ちゃんと鳥の折り方を教えて送り方まで明記するべきだった。まあ、それはともかく。この手紙は私の今日のとっておきのお楽しみだ!

そうして私はするべき事を次々にこなしていった。朝食を摂った後食べ終わった食器を洗い、夕飯の仕込みをしてから掃除機もかけた。正直、私生活でここまで目的のために行動するのも、心が踊るような気持ちというものを実感するのも久しぶりのことだった。たまには日常にこんなワクワクが必要なのだと、改めて痛感した。

お気に入りの紅茶をお気に入りのティーカップに注ぎ、新しい便箋とペンをテーブルの端に置き、準備は全て整った。これより手紙を開封する。

『メメへ

貴様の気持ちはよく分かったぞ。そこまでどうしてもって言うのなら、その心意気に免じてこの俺様が友達になってやる!
俺様の名前はパピルス!いずれロイヤルガードになってみんなから尊敬の眼差しを向けられる者の名前だ!しかと覚えておくといい!
俺様は毎日特訓と見張りで忙しい身ではあるが、特別に貴様と手紙のやり取りをしてやろう!ニェッヘッヘッ

パピルスより』

…………。
読み終えた後、無意識ではあるが若干の妙な空気が場を支配した。

パピルスというのは男性名だろう。彼が憧れているロイヤルガードというのは、王族の護衛だろうか。それは、とても偉大な目標だ。上から目線の言葉遣いや最後の言葉は決め台詞だろうか。どれをとっても斬新で熱量が高く、私の手紙はどうやらとんでもない男の元へと運ばれたらしい。
なんだか、別世界にいる住人のようだ。彼の過ごす場所の空気も景色も、私が住む"ここ"とは違うのだろう。
彼にとってはモブに足らない私のことを友達として認めようとしてくれている。それだけでも喜ばしいことなのに、そんな彼とこれから手紙を通じて色々なことを話し合えるのだ。そう思うと、また温かい感情が胸の辺りから沸々と込み上げてくるのが分かった。

「さっそく返事を書かないとね。彼を1ヶ月以上待たせるのは酷だ」

私はまだ温かい紅茶を口に含み、新しい便箋を手に取った。

「そうだ、今度からちゃんとポストに届くようにしておかないと」

今度は私も便箋を紙飛行機の形に折り畳んだ。これからは紙飛行機でやり取りしよう。その方が簡単だ。

「私の友人、パピルスのポストまでお願い」

私の手から放した紙飛行機は風に乗って青い空の彼方まで飛んでいった。

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