「えー、虎杖いたらつまんねーじゃん」

 ぷいと顔を逸らし、目の前の相手は眉をしかめた。遊びを断られたのは、これで何回目だろうか。虎杖悠仁は苦笑しながら「そうだよな、ゴメンゴメン!」と頭をかいた。

 空が抜けるような、青青とした放課後だった。公園のベンチにランドセルを放り、ドッチボールのチーム分けをする同級生の輪に声をかけた。そしてその結果が、これである。

 桁外れな運動能力をもつ悠仁は、10歳の今に至るまでまともに外で遊んだ試しがなかった。発達途上の身体でもなお世界記録に肩を並べる50メートル走、まるで新体操を見ているかのような鉄棒での回転技、跳躍力は既にダンクシュートがゆうにできるほどあり、それは小学生の枠組みから弾かれるには十分だった。 
 それでも仲良くなるべく不屈の精神で何度も誘い、その度に玉砕して肩を落とす毎日を送っていた。

(また今日も家でテレビかぁー)

 慣れたつもりでいるも、断られるたびに傷心してしまうのは確かで、もう諦めようかな、でも放課後一人じゃヒマだしな、なんて逡巡が悠仁の中でグルグル回っていた。

「オ、虎杖さんとこの少年じゃん。どしたの?」

 しょんぼりと踵をかえす悠仁の背中に、明るい声が落ちた。
 風でたなびくセミロングの茶髪に、赤いヒラヒラを胸に飾ったセーラー服。あと軽そうなカバンを持った女が悠仁にひらりと手を振った。

「誰?」
「ありゃ、覚えてない?お隣サンだよ」
「小岩井さん?」
「そ。小岩井さんとこのお姉さんだよー。暇そうじゃん」
「うん、これから帰るとこ」

 軽い足取りで悠仁の元へ赴くお姉さんは、なんとなく公園を見渡して状況を把握しているようだった。

「ふーん。じゃあお姉さんがイイモノ見せてしんぜよう」
「イイモノ?」
「男の子はきっとこういうの好きだよー」

 ベンチまでふらりと近寄ったお姉さんは、軽そうなカバンに手を突っ込み「じゃじゃーん」と紋所のようにイイモノを見せつけた。

 プラスチックでできた四つの円が四方にくっついており、真ん中には機械のチップが剥き出しに取り付けられている。これが男子の好きなものに当てはまるのかよく分からない代物だった。

「これ何?」
「これはドローンといいます」
「えっドローン!?」
「まあ、超カンタンな作りのヤツだけど」
「じゃあこれ飛ぶの?」
「うん」

 「ほれ」とラジコンのコントローラーのようなものを見せつけて、操作方法を言い渡される。

「やってみなよ」
「いいの?」
「モチロン」

 歯を見せていたずらっ子のような笑みを浮かべたお姉さんは、リモコンを悠仁に託してベンチへ座る。
 一方悠仁は、手にする機会のないドローンとの思わぬ出会いに、少しドキドキしながらもゆっくりと操作を試みる。
 思いの外初動が速く、ベンチの上に置いてあるドローンは勢いよく上空へと飛び跳ねる。昆虫を思わせるような素早い動きになかなか手元が追いつかず、あっという間に少し先の遊具の近くに墜落した。

「けっこう難しいでしょ」
「うん。……これって、動かすのに免許とかいらないの?」
「カメラつけてないから大丈夫。ま、免許必要なものを学校で作ったりしないさ」
「これ学校で作ったの!?」
「そだよー。実はお姉さん、世をときめくリケジョなんだ」
「リケジョ?」
「理系女子ね。算数とか理科が得意だよ。ほれ、貸してみ」

 悠仁の手からリモコンを拾い上げると、カチャカチャと操作を始める。お姉さんの手元の動きに合わせて、器用にドローンは空中を巡回してみせる。

「すげー」
「ふふ、師匠と呼んでくれても構わないよ」
「師匠!」
「ノリいいね。ドローンに意識を集中させすぎたらうまく飛ばせないよ。周囲も見ながら、自分の想像より速く走るもんだと思ってやってみな」
「わかった」

 ベンチの上にドローンを着地させると、悠仁にリモコンを握らせた。

「自販機行くけどなんかいる?」
「コーラ!」
「了解」

 公園の外にある近くの自販機へお姉さん…いや、師匠が赴いた。悠仁ご希望のコーラと、自分用にと紅茶を選びボタンを押す。がこんと二回音を立てて出てきたそれを取り出し、のんびり公園に戻る頃には悠仁は満足そうにドローンを操縦するようになっていた。

(へえ、もうできるようになったんだ)

 あまりに早い悠仁の上達ぶりに、師匠は少し驚きを見せた。吸収が早い有望株だな、なんて心の中でぼやきながら、コーラと共にベンチに腰を下ろした。

「やるじゃん」
「へへっ、まあな!」

 そう言って悠仁は喜色満面な笑みを見せる。
 素直、純粋、愛想がいいのあまりに眩しいスリーカードに、師匠は目をおさえ天を仰いだ。

「そうそう、ブランコの方まであまり飛ばないように……」
「えっ」

 師匠の言葉は少し遅かったようで、ブランコの支柱あたりまで巡遊したドローンは力尽きたようにコロリと落ちた。
 あれ、と悠仁がリモコンをカチャカチャ動かすも一向に反応がない。

「電池切れだな」
「そっかー。俺とってくるよ」
「待って!」

 悠仁はぐいと後ろに体を引かれる感覚を受け、振り返ると師匠がこれ以上行かせまいと腕を掴んでいた。どこか焦っているような面持ちも束の間、ブランコの奥を一点凝視しながら、首を傾げる悠仁をよそに少し考え込むような素振りを見せる。

「師匠?」
「……ああ、私が取りに行ってくるよ。ここから動くの禁止ね」
「えっ何で!?」
「ドローン落とした罰的な。ああ、あとブランコ見るのも禁止」
「禁止事項増えちゃったよ!」

 そんなルール無かったじゃん、と口を尖らせながらも大人しく待つ選択をとる悠仁を背に、師匠は歩を進める。

 すると不思議なことに、すぐ追える距離に、見える場所にいたはずの師匠の姿が、ふと瞬く間に身を潜めてしまったのだ。どこに行ったのかとと見こう見するも視界に収まることはなく。

「あれ、師匠?」

 まるで神隠しのような現象を前に、不安が頭をもたげる。

「どこ行ったの? 師匠!」
「呼んだ?」
「うおっ!!?」

 突然声のする方へと見やれば、不安の元凶がベンチに座って穏やかな顔色を見せている。手元には先ほど落としたドローンが握られており、方法は分からずも回収には成功したことを物語っていた。

「いつの間に……」
「実は私マジシャンなんだよね」
「そうなの?! だからかー。急にいなくなったから焦った」
「ハハ、嘘だよ」

 ズコーと頽れる悠仁を見て、師匠はケラケラと笑った。
 どうしていなくなったのか、尋ねる気力を奪うような師匠の対応は、まるで聞く機会を意図的に逸らしたかのようでもある。
 それでも、見つかって良かったとどこまでもお人好しな悠仁は、その胸をほっと撫で下ろした。

「でもさー、なんでブランコに近づいちゃダメなの?」

 師匠の隣に座りコーラを飲む。
 ドッチボールを続けている同級生を見ながら、もともと抱いていた疑問を師匠に投げかける。

「実はあのブランコの近くに、怖〜い幽霊がいるのさ」
「そうなの?」
「うん。嘘だよ」
「やっぱり! また嘘かよー」
「いや、実は本当かも」
「どっち!?」

 くすくすと笑う師匠に、まあどっちでもいいかと悠仁も顔が綻ぶ。聞いてはかわされ、こちらはまるで言葉のドッチボールをしているようだった。

 コーラが空き缶に変わる頃には朱色の空が目に染まる。そろそろ帰る時間だと立ち上がる師匠を、物寂しげな面持ちで悠仁は追った。

「師匠はこの公園によく来るの?」
「いや? 今日は鍵忘れて家帰れないから寄っただけ」
「……そっか」

 しゅんと顔に影を落とす悠仁の頭に、師匠の手がぽんと乗る。

「また遊びたくなったらいつでもピンポン鳴らせばいい。四時には大体いるからさ」
「いいの?」
「なーに、隣同士の仲ではないか。遠慮するでない」

 そう肘でつつかれ、悠仁はなんだか心が擽ったくて笑みが漏れた。“また”がある。悠仁にとってはただ、それだけで十分だった。

 そんな様子を見た師匠は、穏やかな表情で前を向く。
 並んだ二つの大小の影が、地面に大きく伸びるのだった。



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