映画館デートへ行こう
終業式は午前で終わって、全部活動が動きを止める数少ない日や。毎日キツイ練習をこなす心に、ささやかな潤いを与える日といってもいい。
担任の長話が終わって、ようやっと夏休みが始まった。
「ほんっま1組だけホームルーム長すぎやろ」
「まあな。語りたいタイプやししゃーない」
「ほなさっさと帰ろ帰ろ」
別に先帰ってたらええやん。
やっと終わったって顔しながらズカズカと教室に入り込んでくるツムにそう思う。けどわざわざ迎えにくるツムの目的も分かっとるから、そういう本音は胸の中にしまったる。
「篠原もこれから帰るん?」
「うん」
「ふーん、って何見てるん?」
「映画館。せっかくのオフだし行こっかなって」
ついでと言わんばかりに篠原へ声をかけるツムの様子をまじまじと見る。
おそらく……ってか絶対、篠原のこと好きやろこれ。しかもけっこうマジなやつ。篠原が足を怪我した頃からやたらと構い倒してるし。最初はまあ色々思う所があったんやろなって思うとったけど。
毎回毎回サムに用がありますぅーって感じでわざわざ俺のクラス来て、篠原に視線を寄せてなんやかんや声をかける。
別に望んだわけやないけど、ツムとは一番長い時間一緒におんねん。さすがに気づくわ。
「誰と?」
「一人で」
「一人? なんや寂しいなあ。俺も一緒に行ったるわ」
「侑くん予定ないの?」
「まあな。今日ちょうど一日暇やってん」
どこ目線やねん、普通に『俺も行きたい』って言えや。
そんなツッコミも一旦飲み込んどく。今までツムに好きなやつがおるとか聞いたことないし、素振りすら見たことない。ていうか、おらんかったやろな。そういうの全部投げ出してバレーしてたし。おったとしても、ここまで入れ込むほどやない。
篠原はマネージャーしつつ、勉強も真面目にする。誰にでも優しい。あとメシが美味い。変なとこで脳筋になったりするけど、できすぎちゃうかってくらいええ奴や。陽キャでも陰キャでもない、なんや木陰って感じ。やけに大人っぽいし。
まさかあのツムが優等生タイプを好きになるとはなぁ。
まあ篠原は完全に脈無しやけど。そもそも「バレー部に女なんかいらん」とか言うてもうたツムが原因やししゃあない。
「うん、じゃあお願いしよかな。ご飯食べてから集合でもいい?」
「ええで。ほんで? どれ見るん?」
「え、えっと。これ……」
「ふーん。なんや俳優見たことあるなぁ。アクション映画? おっ!この時間ええやん!」
さらっとケータイ覗き込んどるけど、いやガッツキすぎやろ。距離近い近い。篠原ちょっと引いとるやん。……いや、たじたじになってるだけで脈無しでもないんか?
恋愛はよぉ分からん。
「じゃあ一時にモール前集合で」
「フッフ、映画終わったらスタバ行くか?」
「えっ行きたい! 治くんも行く?」
「サムはちょ〜っと予定あるから今日は無理やねん! 残念やなあ」
「あ、そうなんだ」
いや、全然暇やし。今朝ウイイレしよ言うてたやんけ。ほんま調子ええこと言うとるわ。
よっぽど二人でデートしたいねんなこいつ。
まあ俺は映画よりゆっくりメシ食いたいから別にええけど。ツムの恋愛に口出すんもアレやしな。
***
好きな人との初デートだ、浮足立たない方が難しい。宮侑は寮の食堂で昼食をとっていた。大食いタレントのような一口で噛んでは飲み込んでを繰り返す。
服何着て行こ。ちょっと眉毛剃っとくか。
スマホで検索したサイトを参考に、身だしなみを考えながら初デートの喜びを噛み締めていた。
そんな侑の向かいから声が届く。
「侑はこの後なんか予定でもあんの」
角名倫太郎だ。
「篠原がどぉしても言うから映画見に行ってくるわ」
「いやそこまで言うてへんやろ。フツーにツムが誘ったやん」
「黙らっしゃい! 一人で行くなんて寂しい思いせんでええように誘ったったんやろ!」
この時、角名は思った。「いや、別に寂しくはねーだろ」と。
篠原はマネージャーになる前から単身でこっそり応援席にいたと聞く。そんな彼女が一人映画館を寂しがるとはあまり思えなかった。
しかし声に出してしまえば面倒な事になりそうだと判断して喉元に留めておいた。
「侑とか一番隣で寝そうじゃん」
「寝ぇへんわ! もぉほんま、予定ないからってお前らついて来んなよ!」
「いや行かねーよ」
「貴重なオフをそんなんに使うわけないやん」
「そんなんて何やねん!」
「そんなんはそんなんやろ。仮に行ったとして、お前らが映画見てる時間何しろ言うねん。暇やろ!」
「それは!…………それもそうやな」
「ほんと、二時間も待ちぼうけとか無理無理」
「いや一時間半やけど」
「え?」
「え?」
三人の間に沈黙が訪れる。喧嘩口調で騒いでいたせいか、行き違う会話の流れからか、妙な気まずさがあった。
「ディズニー観るんじゃねえの」
「いや、アクションやけど」
「……」
「……」
「……」
角名は自分の失言を大いに反省した。
グラウンドへ移動する時に角名がふと聞いたのは、「ディズニー映画いいねー」と友達に話す篠原だった。なんとなく貴重なオフを映画に充てるのも悪くないかと映画館のサイトを見たりもした。結局角名は映画館から遠ざかる結果となったが。
観客に夢を与えるディズニー映画、問題を暴力で解決するアクション映画。
あまりにも対極に位置する二つだ。侑はディズニーよりアクションの方が楽しめるかなと判断したのだろうが、そうは問屋が卸さない。侑の不穏な空気に、篠原の気遣いが裏目に出たと察するしかなかった。
「まあ篠原もそこまで考えてなかったんじゃない。俺そろそろ行くから」
角名倫太郎、離脱。あまりにも面倒事を含んだ空気を浴び、我先にと席を立った。上機嫌な侑のテンションに水をかけた彼は、わずかに篠原を庇う言葉を添えてその場を去った。
焼け石に水にもほどがある。
一方侑は、角名の言葉を咀嚼しながら篠原の言動を思い返す。
───うん、“じゃあ”お願いしよかな。
じゃあって、何やねん。そう眉根を寄せる。篠原が見たい映画ではなく、侑が好きそうな映画を選んだ。
───え、えっと。これ。
思い返せば、映画を選ぶ時篠原は動揺したように言い淀んでいた。自分が見たい映画ではなく、侑が好きそうな映画をその場で探したのだろう。
一人で見るつもりやったけど、侑が首突っ込んできたからしょうがなく侑と見る。彼女にとってはデートじゃなくて、ただの付き添い感覚か。
あれだけ侑のなかで暴れていた恋慕が、少し落ち着きを取り戻す。本人に問い詰めないと気が済まない侑は、煮え切らない気持ちが冷め切らない内に待ち合わせ場所へ向かった。
***
「お待たせ。じゃあ行こっか」
「待てや」
約束の時間ちょうどに現れた彼女は、侑に笑顔を見せモールへ足を向ける。
そんな彼女の背後に荒い声をあげた。
「ん? なに?」
「なんでディズニー映画が見たい言わんねん」
「? え、何のこと?」
「ほんまは一人でディズニー映画行きたかったんやろ。俺が寄ってくるからわざわざアクション映画に変えてあげましたとか、そういうのいらんねん!」
「いや、ディズニー映画を見たかったのは友達であって私やないけど……」
「……はあ?」
どうやら話が食い違っている。
そう判断した篠原は、とはいえ七月下旬の刺すような日差しを浴びながら話し合うことも躊躇われ、とりあえずモールへ移動することを提案した。そりゃ涼しい場所で話をしたい侑も頷き、モール内のベンチへ腰をかけた。
勘違いの綻びを正すために侑からワケを聞き出した。
映画上映まであと十五分。
「ああ、その時は友達と行く予定やったから。でも友達が急遽行けんくなって、じゃあ自分の見たいもの一人で見よって。そん時に侑くんが声かけてくれたんやけど……」
「つまり篠原はもともとアクション映画が見たかったってことか?」
「そうそう。今回は友達から誘われて、ディズニーもいいね〜って感じで決まったんやけど」
「なるほどなぁ」
侑は納得いかないことがある時、真正面から声を上げる。勝手に決めつけて話も聞かず離れていくことも無ければ、溜め込んで溜め込んで爆発して暴走することも無い。
喧嘩腰なところが玉に瑕だが、ちゃんとその時に伝えてくれるのもありがたい。玉に瑕な所も、ハイキュー!キャラの宮侑ともなれば特別扱いで全然許せちゃう。今弁解できてよかった。
そう篠原はひっそりと安堵した。
「友達は県外の国立大を目指してて、勉強しに行ったんだ」
友人から誘われていたものの、通知簿を配られた後その約束は破談となってしまった。かといって、別に友人を咎めようとは思えない。
なぜなら、県外の国立大という高いハードルを超えるため、日々勉強に食らいついているのを知ってたから。たまには息抜きで、と誘われた時はすごく嬉しかった。しかし通知簿の数値を見て少し危機感を抱いたらしい。
やっぱり今日も塾に行きたい、そう言われたら篠原は快く了承するしかない。
しっかり将来を見据える友達のことを、誇らしく思うほどだ。
今世の篠原はまだ進路を決めかねている。未来の選択肢が多すぎる。
「でも当日急に誰か誘うんもちょっと迷惑かなって……」
映画を一人で見るのは別に大したことない。そんなの大人になってからでもできる事だ。
しかし、高二の夏だ。誰もが今後の進路をなんとなく意識する季節。
恵まれたクラスで送る楽しい学校生活も、光陰矢の如し、そう残り長くは無い。毎日が特別で色鮮やかな三年間はもう帰ってこない。そんな寂しい気持ちを紛らわすために、高校生の間にしかできないことを求めるかのように。
貴重なオフの日に、篠原は誰かと一緒に映画を見たかった。
「やから侑くんが声かけてくれて嬉しかったんだ。ありがとう、また誘ってね」
ふわりと微笑んで礼を告げる。
──なんや寂しいなあ。俺も一緒に行ったるわ。
図らずも、侑の発言は篠原の心境の的を得ていた。まどろっこしい小学生のようなデートの誘いが──そもそも篠原はデートと認識しないようにしているが──、篠原は身に染みるほど嬉しかったのだ。
「……ってちょお待て!なんやええ感じに終わらそうとしてるけど、映画選ぶ時めっちゃ動揺してたやん!あれはどういう事やねん!」
「あ、えっと、それは忘れて」
「忘れて言われてほんまに忘れる奴がおるかい!ちゃんと言うまでここから動かんからな!」
そうベンチにどっかり座る侑に、思わず心の中で「駄々っ子か!」とツッコむ。
「その。ほんまに言わなあかん?」
「あかん」
「……」
前言撤回、ここまで弁明したくなかった。
篠原の双眸に諦念の意がこもる。
「……侑くんの顔が急に近くなって緊張してん。あの、ほんと恋とかじゃないから気にしないでね」
篠原の言う「気にしないでね」は、バレーを妨げる感情ではないと言い含むものだった。そもそも恋じゃないと明言までしている。しかし侑は“顔が急に近くなって緊張した”事実に思わず士気が上がる。
「俺が男やって意識してもうた? そりゃこんなイケメンを前にしたら緊張してまうわなぁ」
「それはちょっと否定できないけど、急に距離詰めなかったら大丈夫やから───」
「どうやろなぁ」
「え?」
「また勢い余って急に距離詰めてまうかもしれん。ドキドキさせてもうたらごめんなぁ」
今まで見せたことのない妖艶な笑みを向ける侑に、篠原は一瞬息を呑んだ。あまりにも顔が良い、この一言に尽きる。
「それは困るなぁ。そろそろ映画行こっか」
平然そうに立ち上がるも、うまく目を合わせることができない。思いのほか取り繕うのが下手である。耳元がほんのり赤く染まるのを、侑の動体視力は確かに見逃さなかった。
***
「けっこうおもろかったな」
「ね。都合の悪い事、全部暴力で解決してくれてスッキリした〜」
「ぶっ」
映画を終えてスタバへ足を運んだ二人は、ドリンクを手にカウンター席へ腰を落ち着ける。
優等生と誉高い篠原が、穏やかフェイスで放つ一言に侑は爆笑した。
「人は見かけによらんもんやなぁ。ほんま、篠原を侮ってたわ」
「?」
「こっちももーらい」
「あっ」
篠原のドリンクに手を伸ばし、ナチュラルに味見と言わんばかりに一口つける。そんな侑を止めきれなかった篠原は、あらら〜と目の前で間接キスの現場を眺めるしかできない。
「あっま! カロリー爆弾やなこれ」
「あ、侑くん……」
「ん? なんや問題ある?」
「問題しかないって」
はくはくと口を開ける篠原に、侑は満足げに笑う。
「部活に集中するから好きなやつ作らんのやろ? なら問題ないやん」
困惑する篠原に煽り散らかす。
事情が事情だ。脈無しなことくらい、侑自身よく分かっている。なら物理的に距離を詰めて、篠原も恋に落としてやる。
――俺の恋心奪っておいて、自分は知らんふりか。上等や。侑クンのことが好きで好きでたまらんくしたるわ。篠原なら恋しても俺のバレー邪魔せんやろ?
侑は静かに闘争心に火をつけうっそりと笑う。そんな彼を横目に、「問題ないのか?」と宇宙を背負いながら、篠原は返された自分のドリンクを見つめるしかできなかった。