おにぎりパーティーと愉快な仲間たち
しゃかしゃか。
無骨な男の手が、不慣れそうに水に浸かった米を混ぜる。だんだんと白く濁る水が視界に広がっては、ザルにあげて水を切る。
高校バレーボール界最強ツインズと謳われる宮治は、その背を丸くして洗米をしていた。
***
八月中旬。春高バレーの代表16チームが知らされた直後のオフ。二ヶ月後には兵庫大会を控える今、宮治と仲間たちはおにぎりパーティーを開催していた。
もちろんバレーボールは重要だ。しかし、オンとオフのメリハリもまた重要である。宮治、尾白アラン、角名倫太郎、そして言い出しっぺの私こと篠原琴音。四人はバレーボールの合間にできた僅かな空白を利用し、おにぎりパーティーを計画した。
「じゃあ手を洗って、米を炊こっか!」
突き刺すかのような強い日差しが窓に差し込み、部屋を一層明るく照らす。窓から見える青天井は、おにぎりパーティの門出を祝しているようだ。
ちなみに我が家までの道のりは、以前勉強会した治くんと角名くんに一任しておいた。要はアランくんを連れてきてくれたのだ。お勤めご苦労!
今回は治くんのためのクッキング教室だ。おにぎりと一口に言えど、お米を研いで炊くところから始めた方がいいだろう。戸棚の奥にある土鍋を引っ張り出してコンロに準備してある。
しかし客人は腹を空かせて来るのだ。おにぎりに一時間以上待たせるのも酷というもの。効率もいいし、既に炊飯器には米を5合仕掛けてある。
「我が家では米びつに米を入れて冷蔵庫に保管してます」
「え、米冷蔵庫に入れんの?」
「うん。虫がわかないようにね。じゃあこのカップ一杯分が1合だから、二合分お願いします」
つまり合計七合用意することになった。正直多すぎると思うが、男子高校生の食事量を侮るなかれ。せっかくみんなに来てもらったのだ、たくさん食べてお腹いっぱいになってほしいなぁ。その行き着いた先が炊飯釜併用の七合炊きである。
まあ余ったらおにぎりを持ち帰ってもらったり、冷凍したり、冷蔵庫に入れて炒飯にしたり、やりようはいくらでもある。思い切った量ではあるが、後悔はしてない。
さらさらとボウルにお米を注ぎ込む、一所懸命な治くんの手元は少しぎこちない。そりゃあ彼は強豪校で部活に熱中する高校生だ。米を炊いた事などないだろう。なんならキッチンに立つこと自体、無かったかもしれない。
「友達の家ってあんま来たことないから、なんか新鮮やわぁ」
ウッキウキのアラン君に私まで表情が和らぐ。アラン君の笑顔は眩しくて、空気も温まる。彼のような人をムードメーカーというんだろう。
「端的に言うと、お米は水と熱でご飯になります。最初は特によく水を吸うから、ミネラルウォーターを使います。水が溜まったらすぐに研がずに流してね」
一方角名くんは相変わらず宮治にケータイを構えていた。彼が米を研いでいる姿はそれなりに衝撃的だろう。気持ちは分からんでもない。
「ザルに残ったお米をボウルに戻して、今度は水道水で研ごうね」
そうして米の研ぎ方を指南し、実践すること数分。無事に研ぎ終わったお米がザルに乗せられている。
さて。次は第二段階は炊飯、と次に進みたいところだが。30分ほど浸水した方がいいだろう。読み込んだ本の内容を鑑みて、治くんへの説明を続ける。
「こんなもん?」
「うん。良い感じ。何度も洗うとデンプンってお米の成分が損なわれちゃうから注意ね」
「でんぷん」
「糖質のことで、炭水化物には大体含まれてるよ。ごはんが美味しくなるのはデンプンのおかげなんだ」
「炭水化物ってことはパンとか麺がうまいのも、そのデンプンってやつおかげなん?」
「うん。お米もご飯になると柔らかくなるやん? パンも麺もふっくらするんよ」
「篠原はやけに米の研ぎ方詳しくね?」
「今日に合わせて予習しておきました」
「真面目か!」
ケラケラと笑って場を盛り上げてくれる。アラン君のツッコミが眩しい。突っ込まずにはいられない関西の血、面白いなぁ。
「真面目キャラなのに北さんと正論バトルするのが篠原だろ」
「え? そうなん?」
「あーあったあった!俺は一応止めてんけどなぁ」
「角名くーん、私の黒歴史を掘り起こさないでくださーい」
「あの現場マジで撮っときゃ良かった……」
「私の黒歴史をシャッターチャンスしないでくださーい」
角名くんはブロックで遺憾無く発揮される高身長などなんのその。あからさまに背中を丸めてうな垂れる彼に、すかさず突っ込んでおいた。当時まだ正気に戻っていなかったそうなので、正常な判断ができなかったのだろう。いや、許可なく容赦なくフィルムに収める行動を正常と言ってもいいのだろうか。
とはいえ彼もしっかりハイキュー!キャラの一人だ。許せちゃうなぁ。
二合炊きの土鍋に米を注ぎ、計量カップに測った水を注ぎ込む。浸水を待ってる時間もおにぎりに利用する。効率を重視した私はもう一方の炊飯器をすでに仕掛けており、すでに炊飯は終えている。つまり、
「出来上がりがこちらになります」
「料理の流れが三分クッキングかーい!」
「アラン君のツッコミ、沁みるわぁ」
「おーいい匂い」
「もう食いたいわ」
「治くんはちょっと落ち着こ?」
炊飯釜を覗くとき、炊き立てご飯もまたこちらを覗いているのだ。こんな食いしん坊ニーチェは嫌だ。
ご飯の確認をした我々はこれからようやくおにぎりを作る工程に入る。ひとまず冷蔵庫に眠らせておいたおにぎりの具材を、ダイニングテーブルに並べていく。治くんたちがお金を出し合って買ってくれたそうで、私の家で提供するお米と負担を相殺する形をとっている。
角名くんはブロックで遺憾無く発揮される高身長などなんのその。背中を丸めてビニール袋から一つまた一つと取り出していく。
鮭フレーク、明太子、塩昆布、ツナ、梅干し。
おにぎりの具材オールスターズといったところ。
「とりあえず思いつく具材買ってきた」
「ありがとう。お、明太子いいねぇ」
「やろ?」
治くんがにやっと笑みを向ける。おにぎりを作れるのがよほど嬉しいのだろう、彼もこころなしか普段より表情が柔らかいような気がする。
炊飯器からご飯を三分の一ほどボウルに移し、ダイニングテーブルの中央に鎮座してもらう。あらかじめラップや手袋、しゃもじ、天然塩、小さなボウルなど思いつく限りを並べておいたので、おにぎりを作る体制はすぐに整った。
「どれから作る?」
「まあ無難に梅干しからやな」
「いいねぇ」
それからは治くんの思うままにやってもらった。
割り箸で梅干しを摘んでは、種をとった方が食べやすいですよと天啓を受けたり。ツナマヨを作るのに隠し味でほんの少し醤油を垂らしてみたり。塩昆布を混ぜ込んだ分塩は控えてみたり。
自由に試行錯誤して、無事五種類の不揃いおにぎりが人数分完成した。不慣れですと言わんばかりの歪な輪郭が愛おしい。
そんなおにぎりの周りに副菜と味噌汁を添えて、食卓はより賑やかになる。
本当は主菜も用意しようかと
これで準備万端だ。
これは心して食べる必要がある。
四人で食卓を囲み、手を合わせて頂きますを唱えた。
「うんま!」
「美味しいー」
「フツーにうまい」
「そこは“フツー”なんて言葉いらんねん!うまいだけでええやろ!」
「アラン君に同じく」
「えぇー……」
私とアラン君に勢いづかれ、角名くんが面倒くさそうな顔をする。治くんのおにぎりを前にして不敬だぞ!
私は今日この瞬間を死に際に思い出せるくらい、記憶に深く焼き付けるように、一噛みで溢れる旨みを味わい堪能した。
「いや篠原の食い方!格付けチェックか!」
「ふっ!ふふ。ちょっと今日のアラン君キレッキレやなぁ!」
アラン君のツッコミが妙に的確で思わず腹がよじれる。いつにも増して、今日のアラン君は生き生きしてるなぁ。
しかしいつもなら美味い美味いと頬張る治くんが、今日はやけに静かだ。彼は何も言わず、ただ削りたてのおにぎりの断面をじいっと見ている。
「治くんはどうやった?」
そう尋ねてみると、やっと顔を上げた治くんが少し視線を逸らした。
「いや美味いけど……なんやツナマヨはベチャッとしてもたわ」
そうだろうか。どれどれとツナマヨを手に取ると、指先が自然とおにぎりの内側へ押し込まれる。おにぎりに指の形がくっきりと刻まれた。
───緩い!
ツナマヨおにぎりを手に取った三者全員、心の声が一致しただろう。マヨネーズの油分を吸ってご飯が緩くなっている。口に入れてもベチャッとはしているが、味自体は問題なく美味しい。
「まあ、確かに」
「でも全然美味しく食えるで」
「うん。味すごく美味しいよ」
「……」
難しい表情を見せた治くんは、続いて鮭おにぎりに齧り付く。今度はどうだろう、少しでも納得のいく味になればいいな、と思うも束の間。治くんは何やら考え込むように視線を泳がせる。
「篠原が作った鮭おにぎりはもっと身が柔らかかってんけどな」
「ああ、塩鮭焼いたからかな?」
「鮭フレークとは全然ちゃうな。美味しいけど、やっぱ塩鮭の方が存在感あるわ」
私のおにぎりの記憶を引っ張り出して咀嚼しているようだ。それにしても治くんは、どんなご飯も美味しそうに平らげる印象だったけど。自分が作ったおにぎりはどうも客観視を加えているようで、どうすればより美味しくなるか考え込んでいた。
焼き鮭と鮭フレークの差異は、彼にとって明暗を分ける違いだったらしい。
「ツナマヨはマヨネーズの量を減らしたらいいんじゃないかな。鮭フレークはゴマも加えて混ぜこみおにぎりにするとか」
「おっええな。もっかい試してええ?」
「おにぎり全部食べてそれぞれの反省点をだしてからにしない?」
「あぁ、それもそうやな」
まさか治くんが目の前に並ぶおにぎりより料理を優先するとはなぁ。もちろん今作ったおにぎりも十分美味しい。このおにぎりを人から出されたら治くんは喜んで頬張るだろう。でも自分が作り上げた一品となれば話は変わってくるわけで、改善すればより美味しくなるかもしれない。そう思うと居ても立っても居られない様子だ。
「焦らなくても大丈夫だよ。スポーツと違って料理はみな平等だから」
分量どおりに、調理工程どおりに。
キッチンに立った数だけ、料理は応えてくれる。
海外で修行した料理人の繊細な味も、長年家族を支えてきた母親の温かな味も、あの頃食べてた学食の味も。
“土俵は違えど美味しい食事”はたくさんある。
みな等しく料理人になれる。
炊飯器の窯には炊き立てご飯がスタンバイしてる。冷蔵庫には水に浸したお米が眠っている。土鍋の炊き方もレクチャーしなきゃ。
まだまだいくらでも試せるよ、治くん。