スポーツシューズ選び
強豪校といえど、オーバーワークは禁物だ。
適度なタイミングで休暇を取り入れ、バレー漬けな部員にリフレッシュという換気を与える。
さて、夏休みが始まって初の休暇は午後からの半休だ。バレーボールに費やした午前はさておいて、午後から何をしよう。お昼ご飯はどうしよう。そんな思量を頭の片隅に置きながら、篠原は帰りの挨拶を済ませて帰路へ向かった。
とぼとぼと歩く篠原の背後に、猛スピードで駆けつける人物がいた。
「篠原〜〜よっ!」
「おわっ」
宮侑だ。
篠原の肩に思いっきり腕を回してそう距離を縮める侑に、少し体制を崩してしまう。
180センチを上回るスポーツマンのガタイだ。身体測定で女子の平凡身長平均体重を叩き出す篠原にとって、背後からの
いや、それ男子同士の距離感でするノリだから!と内心叫びながらよろけると、ぐいと肩に回す侑の腕に力が入る。手のひらはがっしりと篠原の肩を掴んでおり、足元に安定感を与えるには十分だった。
男女の――そしてスポーツマンと一般人の力の差をまざまざと見せつけられたようだ。少しドギマギする心に蓋をして、侑にお礼を言おうと振り返ろうとする、その目と鼻の先に侑がいた。
「また転けてもぉたら大変や」
様子を見るように迫る顔面国宝級のお顔が、篠原の顔に影を落とす。どこかトゲが潜む言い回しに、篠原は松葉杖事件が脳裏を過ぎった。庇われたことを根にもっているのかもしれない、そんなことを思う。
侑のどこか雄みを感じる表情に、小さく固唾を飲んだ。
「侑くんが力を抑えてくれたら助かるんやけどなぁ」
「ついはしゃいでもぉてん。女子にかける力やなかったな、すまんすまん」
そう笑顔で腕を離され、ようやく胸を撫で下ろした。
――また勢い余って急に距離詰めてまうかもしれん。ドキドキさせてもうたらごめんなぁ。
この発言以来、侑は突然距離を縮めて絡むようになった。物理的に近くなったのを肌で感じる。仲が深まったからこその遠慮の無さかもしれない。高校生の交流は積極的で眩しいものだ。
いや、もしかしたら侑は親しい者には距離が近まるのかもしれない。
「俺はメシ食ったらシューズ買いに行くけど、篠原も見たいやろ? ついて来てもええで」
侑の発言に、そういえば部活中足元を気にしていたなと篠原は思い返す。身長が伸びれば、その分足も大きくなるだろう。
靴と言えばバレーボール選手にとって身体の一部みたいなものだ。身につける服装の中で最も重要と言えるだろう。そんな選手生命に関わる
「行きます。行かせてください」
「せやろせやろ〜〜。篠原ならそう言う思ったわ。14時に駅前待ち合わせな」
「うん。ありがとう」
「
侑から声をかけられることが増えた、そう篠原は自覚している。部員になるまでは見る専だったので、言葉をかけたことすら無かったというのに。
今ではマネージャー兼友人として仲良くしてもらってる。経緯はどうあれ、自身をマネージャーに変えた侑に、篠原は感謝が尽きない。
***
「侑くん、お待たせ」
待ち合わせ時刻の数分前に姿を見せた篠原を一瞥し、侑は目を見開いた。
学校では見せないヘアアレンジ、薄く施した化粧、爽やかなワンピースに身を包む彼女は、学校で見かける雰囲気と大きく違う。
──え、ちょお待って。俺とデートするからオシャレして来たん?
「めっちゃ可愛いやん」
予期せぬ可愛いという言葉に、篠原は思わず目を見開いた。男性に可愛いと言われたことなど、今世では父親くらいなものだ。
あまりにも直球で勘違いされてもおかしくない褒め言葉に、冷静さを保つようにお礼を伝えた。
実際、ハイキュー!キャラとのお出かけが嬉しくてつい気合を入れてしまったのは事実だ。前回の映画館より身支度の時間に余裕があったため、つい凝ってしまった。
照れくさい気持ちが胸を燻る。
「フッフ、俺のために随分頑張ってんなぁ」
「いや、自分のためだよ」
「あ?」
「自分が可愛くいたいから頑張るんだよ」
おしゃれは男のためじゃない。自分がゴキゲンになるために頑張っているのだ。その結果、可愛いと思ってくれる人がいたら尚更ハッピーだ。
それが篠原の持論である。
「でも、ちょっと頑張りすぎたかな……」
しかし、こうも考える。
──よくよく考えれば男女二人で出かけるには頑張りすぎたかもしれない。なにせ私は青い春を部活に捧げると決めているのだ。バレーに恋愛を持ち込まれたく無い侑くんなら大丈夫だろうけど。「俺のためにオシャレしてくれた」と勘違いさせてしまうと申し訳ない。相手に思わせぶりな行動はしないように、気をつけた方が良いのかもしれない。いや、そもそも自分がモテる前提で考えてること自体が何様だよって感じだよね。別にモテるわけでもないのに。差し出がましく烏滸がましいことこの上ない。
いや、それでも要らぬ誤解の種になるくらいなら、気合いを入れるのは同性と遊ぶ時に限定した方がいいかな。それはそれで自分のおしゃれ欲を抑え込むようで心苦しいけど──
「なぁに難しく考えとんねん。べつに好きなだけ頑張ったらええやろ」
ぐるぐると頭の中で篠原のオシャレ論が逡巡していると、侑の言葉が光をさした。
オシャレは自分のためにする。この理念は自分の生き方にも当てはまるわけで、篠原は自由に貫き通せばいい。
──確かに、侑くんの言う通りだ。
「そうだね。ありがとう」
バレーボールに恋愛を持ち込むのを良しとしない、そんな侑自身が平然と言ってのけるのだ。毎日バレーボールの練習に励む、彼の“頑張る”には説得力がある。
篠原の感謝に侑は満足そうな表情を見せ、靴屋へ歩みを進めた。
ショピングモールの一角にある広い靴屋へ入ると、棚という棚から壁まであらゆる靴が飾られている。まるで自分が主役だと言わんばかりに居座る商品を眺めながら、スポーツシューズのエリアへ移動した。
「お、これとかええやん」
侑のお眼鏡にかなったのは、白いローカットの靴だ。
「ほら、これ足首出てるやろ。軽いし動きやすいこういうのがええねん」
足首を包まない分、瞬時に動けるスピードタイプの靴のようだ。
一方、くるぶしまで覆われているミドルカットでは、靴底が厚くクッション性が高い。移動やジャンプが多いアタッカーやブロッカーに向いているそう。
侑はその場でジャンプをしたり、しゃがんだりを何度か繰り返し、小さく首を傾げた。
「ちと固いな〜」
「違うの試してみる?」
「そうするわ」
どうやらお気に召さなかったようだ。靴を棚に戻して、周囲にある靴を見渡していく。
これは重い。
これは足幅が合わへん。
何足か履いてみてはイマイチそうに口をへの字に曲げる。
とはいえ、足は第二の心臓とも囁かれる。全体重を支える重要な部位であり、土台が悪ければ簡単に
そう見守り続け、四足目にしてようやく、
「これええかも」
侑の表情に明るさが戻った。
黒い生地に、青い線が走る靴だ。かかとをトントンと地面に落としては、軽く歩いたりジャンプしたり。まるで咀嚼をするかのように履き心地を吟味し、靴箱を手に取った。
外見もさながらクール。白い靴が多い中で一際目立つ一足となるだろう。
存在感を放つ侑に一切引けをとらない。
「いいね、かっこいい」
「やろ? 履き心地もええ感じやし買ってくるわ」
「私ちょっとお手洗い行ってくるね」
「おー」
そう告げて、少し離れたお手洗いで花を摘む。お手洗いを出る頃には、もう靴を買い終えているだろう。
あまり待たせるのも良くない、そう少し早足で踵を返した。
さて、長身で筋肉質な抜群のスタイル、顔立ちも整ったイケメンが靴屋の前で人を待っているのだ。手持ち無沙汰なようにも見えるポーズに、そりゃこうなるかと篠原は小さく肩を落とす。
侑は見知らぬ女子に声をかけられていた。
他校の制服を着た女子高生はきゃぴきゃぴと侑に笑顔を向ける。会話内容まで聞こえないが、逆ナンだろうか。
そういえばイケメンでフェイマスでポピュラーな宮兄弟は他校にもその名前が知れ渡っていると小耳に挟んだことがある。テレビや雑誌にも出演経験がある侑のファンは、どうやら想像以上に母数が多いのかもしれない。
髪も丁寧に巻いて、アパレルのウィンドウに展示してそうな洒落た服を着て、はしゃぐように声をかける。そんな彼女たちはどこかキラキラとしていて、圧倒的に若さを感じる。前世の記憶を持つ篠原にとって、真似できない芸当だ。
ふぅ。遠目に眺めて、一呼吸。
少し離れた場所で落ち着くのを待っていようか。なんて思うも、どうしてそもそも逆ナンに尻込みする必要があるのだろうか、とも考える。
興奮した様子で詰める距離。
笑いながらさりげなくボディタッチ。
純粋なファンじゃないことくらい、遠目から見ても察するには十分だ。侑くんもチヤホヤされて嬉しいのか笑顔で対応してる。
靴を買う趣旨のおでかけミッションはすでに達成している。このまま解散となっても何らおかしくはない。このまま侑が他校の女子高生のノリに絆され、篠原を置いて遊びに行っても文句のつけどころが無い。ただ篠原の予定が、ほんの少し寂しくなるだけだ。
しかし、今日は言うなれば、貴重なオフに貴重なハイキュー!キャラとの交流会だ。大人になればきっと、こんなにラフにおでかけなどできないだろう。それはちょっと嫌だなぁ、と篠原は覚悟を決める。
今しかできないビッグイベントだ。カフェに寄ったり、のんびりウィンドウショッピングしたり、今を最大限楽しみたい。
篠原の心に眠るファン心が燃え上がる。
確かに篠原はいい歳してきゃぴきゃぴするなんてできない、そう思っている。
しかし。
「わっ!!」
「うおっ!?」
「お待たせ、侑くん」
「な、なんや篠原か」
髪も化粧も服装も、出来うる限りを尽くした装いが篠原の背中を押す。気持ちは大人のままだが、篠原の外見は女子高生のキラキラモードなのだ。
侑が女子高生の口車に乗るは分からない。しかし彼が選んでしまえば、そこで試合は終了だ。
侑が他校の女子に靡かないように、まだ一緒に過ごせるように。
篠原は侑の背後へと迫るように駆け出して、肩を強く叩いた。部活終わりにされた事のお返しだ。
そんな
「この後予定があるから、ごめんね」
片手でごめんのポーズを取り、放心する侑を連れ出した。
一方、スマートに逆ナンを一蹴した現場を目の前に、侑は静かに思量に
普段から穏やかで誰にでも優しい優等生が、どんどん知らない一面を見せてくる。それはギャップ萌えに変換されて、幾度となく侑を襲ってきた。
侑と一緒にいたいがために、逆ナンを追い払う大胆不敵さ。侑との時間優先度Tier最高ランク。
――そんなん、めっちゃ可愛えやん。
彼女のギャップが侑の記憶に深く刻まれる。侑は不覚にも篠原に胸キュンしてしまった。
「ふぅ〜〜ん? 俺とまだおりたいし予定ある事にしとこ〜って魂胆やな」
「そうだよ。逆ナンについてくから解散なんて寂しいじゃん」
――こんなん脈ありやん。
侑の口角がぐんと引き上がる。
「篠原って意外と積極的やねんな。まあこの後も暇やし、そこまでどうしても言うならおったるおったる」
「いやどうしてもって程やないし侑くんが気乗りせんなら解散でええよ」
「いやそこは引くんかい!」
――いや、脈ないわ。
侑はあからさまに肩を落とした。
実際篠原は侑自身が気乗りしなかったり予定があるなら、全然即解散でもいい考えでいた。
そりゃ勿論逆ナンに連れて行かれるくらいなら一緒に過ごしたいと思う。しかし、侑の口から中止の声があがればそれはそれで快く了承するだろう。
もしかしたらバレーの自主練がしたいのかもしれないし、対戦相手の試合映像を見たいのかもしれないし、明日の練習のために後は自室でゆっくり過ごしたいのかもしれない。
篠原は侑の都合を最大限配慮する。友人として、選手として、尊重と応援の意を込めて。
「まあ、無理強いはしたくないから」
「冗談やん! ほら行くで、とりあえずどっか入るか?」
「うん。二階のカフェ行こ」
「おーええで」
恋慕の芽がすくすくと伸びては、こうしてくすぐられ蕾が膨らんでいく。
侑の胸の内に潜む想いに、篠原はまだ気づかない。