修学旅行 前日譚



 高二の秋は忙しい。
 修学旅行と文化祭が開催する裏で、進路選択のタイムリミットが徐々に迫ってくる。高校を卒業したらどうするか、学業をこなしながら各々思索にふけることになる。
 ちなみに体育祭は六月に行われたが、私は足が完治していなかったためオール見学である。正直スポーツはあまり得意でないため、安堵する気持ちの方がおおきい。応援に徹する一日でラッキーだった。
 そんな余談はさておき。

 始業式の訪れと共に九月が幕を開けた。正直、まだまだこれからと言わんばかりに日差しが降り注いでいる。全然余裕に清々しいほど夏日だ。
 そうして平穏な学校生活を送っていると、修学旅行の時期が遠慮なく近づいてきた。
 兵庫県の春高代表戦は十一月上旬。
 修学旅行は九月下旬、文化祭は十一月中旬。
 学校側が考慮してくれたのか、絶妙に春高を避けたスケジューリングでイベントに参加する事が決定した。
 勿論バレー部のマネージャーとして責務を果たせるのは嬉しい事だが、それでも学校行事に参加したい本音もある。どちらも良いトコ取りで参加することができて、本当に嬉しい限りだ。

「修学旅行のチーム決めるで。男女別で三人組作ってな」

 どうやら一つの班に男子グループと女子グループが合体した六人が割り当てられるらしい。日中はみんなで行動して、ホテルの部屋などは男女で分かれるといった仕組みだ。前世でも修学旅行には行ったものの、あまりに昔すぎて記憶が遠い。何となくあの県に行ったな、程度だ。

 そんなこんなで北海道へのパーティ決めをホームルームで行うことになった。私は普段よくいる友達と人数が合うため、女子三人組はなんのトラブルもなく綽々とクリア。問題はどこの男子とくっつくかである。

「ほんっとバレー部は人気者だねぇ」

 友人が向ける視線の先を辿れば、一軍女子に囲まれる角名くんと治くんのチームがいた。ああ、これは声かけにくいなぁ。ハイキューキャラと一緒に班編成して修学旅行なんてできたら最高だな、なんて淡い期待も粉々に崩れ落ちた。
 あの輪に押し入って誘うほどの気骨は私にない。まあ別の男子グループと組もう。どちらにしろ仲のいい女友達が揃っているのだ、楽しい修学旅行になる予感しかない。そんなの最高の青春じゃないか。
 え、もう一回あの頃の修学旅行を体験しちゃっていいんですか? 転生サイコ〜〜!
 そうしてまだ女子との班が決まっていない男子グループとトントン拍子で組むことが決まり、六時間目のホームルームは幕を閉じた。

 そうして部活でマネージャー業もこなし、日が沈む頃に黒須先生の合図で解散。夏の間はまだ夕焼け空だったんだけどな。すっかり冬支度を始める哀愁を帯びた景色に、そんなことを思いながら校門を抜ける頃。私の背後に声が届く。

「篠原〜〜」

 立ち止まって振り返ると軽く手を振る宮侑がいた。もっと後ろの方に角名くんや治くんもいるから、きっと二人から抜け出してこちらに向かって来てるのだろう。

「篠原もコロッケ食いに行こぉや」
「コロッケ……いいねぇ」

 高校生の放課後という限られた時間に、部員と買い食いするコロッケ。最高じゃん。そういえば烏野高校もみんなでコロッケ買ってなかった? 尊すぎる……。

「そういや侑くんは修学旅行の自由時間どこ回るん?」
「時計塔行こ言うてるわ。篠原は?」
「白い恋人パーク行くんだぁ。時計塔の写真とかまた見せてね」

 ラフに同意した宮侑は、だんだんと表情を引き締める。なんだなんだと彼の異変に気づいた私は、静かに宮侑の第一声を待つ。

「…………なあ」
「ん?」
「自由行動一緒に抜けへん?」

 モテモテで人気者な侑くんからまさかのお誘いを受けた。いつものような上から挑戦的な誘い文句はなく、少し顔を赤らめて様子を伺うように聞いてくる。
 魅力的な申し出だが、しかし班行動は学校側によって義務付けられている。コッソリ抜け出すこともやろうと思えばできるだろう。しかし、それは抜け出す班のメンバーに迷惑をかけた上での行動だ。

「いや、自由行動は班で楽しむ予定だから。誘ってくれてありがとう」
「やんなぁ〜〜まあそんな気してたわ」
「あ。でもホテルの中の自由時間なら班行動から外れてもいいし会えるかも」
「おーええやん」
「確かお風呂の後消灯まで結構時間あったはず」
「風呂の後……」
「侑くん人気者だしもう先約あったりする?」

 言葉を詰まらせる侑くんの顔はだんだんと赤みが増していく。修学旅行で、風呂上がりに男子と軽く会う事もあるはずだ。そこまで過剰に反応する事でも無いような気がする。
 女子の風呂上がりに耐性がないのだろう。きっとそうだ。バレーボールに人生を捧げている宮侑にとって、恋愛は二の次だったのかもしれない。だから決して、私の風呂上がり姿に意味がある訳ではない。
 も、もぉ〜思わせぶりなんだから!と気を紛らわしつつ、若干笑みが引き攣る。

「会いたい」

 少し湿った瞳で、恋をした表情かおで、人気なんかかなぐり捨てても構わんと言いたげに、宮侑はこちらを見る。私の疑問に答えることもなく、絞り出た言葉に他意はないようで。
 宮侑の「会いたい」はまるで、落ちた水滴から波紋が広がるように、私の感情も波立たせた。
 まさか本当に私のことが好きなんだろうか。バレーボールに重きを置き、恋愛を持ち込む事に誰より抵抗した彼が? ありえない。
 だから、絆されるな。私。

「う、うん。分かった」

 稲荷崎高校バレー部マネージャーとして、恋愛をしないよう意識的にガードしているというのに。侑くんは、わずかな心の隙間を狙ってくる。いかんいかん。気を引き締めないと。

「そういや明後日オフやろ? 服選びに行こうや」

 これまでも映画館や靴選びに二人で外出したのは事実。どちらも小さなハプニングこそ起きたものの、楽しく過ごすことができた。私の記憶に眠る良い思い出となるだろう。
 でも、侑くんと二人きりになるのはもう避けたほうがいいかもしれない。修学旅行では夜に約束してしまったから断れないが。
 これ以上は危険だ。
 一歩踏み間違えると、本当に侑くんのことを好きになってしまう。

「ごめん。もう今週は予定入れちゃってて」
「じゃあ来週」
「来週も難かしくて」
「……ほーん」

 少しじっとりとした目で見つめられ、思わず視線を逸らす。
 もちろんこれからも普通に喋るし、態度を変える事はしない。ただ、二人きりの空間を極力減らすだけ。私の今後のマネージャー業に関わるので、彼からの誘いには断っていくしかない。

「あ、コンビニ見えてきたよ」

 そう夜空に指を突き立てた。星の見えない明るい夜空に、月とコンビニの看板が仲良く隣り合っている。
 まだいるだろうかと後ろを振り返れば、角名くんと治くんの姿が見えて立ち止まる。民家の明かりに照らされて、長身二人が優しい光を存分に浴びている。おーいと手を振れば、治くんは片手をふらふらと上げて、角名くんは控えめに手を振ってくれた。

「角名くんと治くんもコロッケ食べてく?」
「食べてくよ。何食うかちょうど話してたところ」
「まあコロッケも悪くないんやけどな。Lチキと唐揚げくんでどっちにするか悩んどってん」

 コンビニスナック界の二代巨匠が堂々と名を連ねる。
 確かに、どちらも違った良さがある。治くんに難しい顔をさせてどっちを選ぼうか悩ませてしまうくらいには。煩悩を刺激するあざとい選択肢だこと。

「唐揚げくんいいね。私唐揚げくんにするし一個あげるから、治くんはLチキにしたら?」

 この一口分け合おう戦法、ザ・女子の注文って感じがする。しかしそんな事など気にせず治くんは迷わず首を縦に振った。
 唐揚げくんもLチキも食べれる、そんな第三の選択肢があるなら迷わず飛びつくのが治くんらしい。

「なんでサムだけあげんねん」

 どうやら隣にいる天才セッター様も唐揚げくんが欲しかったらしい。あからさまに不機嫌顔で不貞腐れている。唐揚げくん一つでそこまで張り合えるのも、もはや才能といえる。
 もうこの際私の分は減っても良いよ。君たちはどんどん食べて血肉にしなさい。

「侑くんにも一個あげるね」
「……まあそれならええわ」
「ふふっ」
「なんやねん」
「いや、なんか唐揚げくん欲しさに張り合うのがおもろいなって」
「はあ? 別に張り合ってへんし。篠原は俺とサムがいっつも張り合ってる思いすぎや」
「いやいっつも張り合ってんだろ」

 角名くんの低い声に私は思わず笑い飛ばす。何笑っとんねん、と悪態をつく宮侑の声には聞こえないふりを決め込んでおこう。

 心地よい入店音と共にズカズカと入り込んだ私たちは、迷わずレジで注文を済ませた。一人ずつお会計を済ませるのは店員さんも手間だろう。しかしタイミングよく空いてる店内に甘えさせてもらった。
 一円単位で割り勘するのは大変だし、足りない時に「それくらいいいよ」でなあなあにしてしまうのも申し訳ないから。別会計は手間だけどお金でああだこうだ言う必要がなくなって助かる。

 唐揚げくんを抱えて店を出て、四人集まったらコンビニの端っこへ移動する。そそくさと爪楊枝を取り出して一口食べれば、しっとりとした柔いお肉が解れて、閉じ込められていた肉汁がスパイシーな衣とハーモニーを奏でる。

「美味しい〜〜」
「ん、うまい」
「Lチキってなんでこんな肉汁出てくるん? 天才の食べ物やん」
「それはほんまにそう」

 そうして一個胃に収めたので、次は治くんと侑くんに献上しようではないか。爪楊枝は口をつけないように工夫したので、まあ大丈夫だろう。真ん中に刺した唐揚げくんを治くんに差し出せば、人差し指と親指で挟んで抜き取られていく。こうして食事を平和にシェアできるのって幸せな事だと思う。

 続いて宮侑の番だ。治くんと同じように差し出せば、遠慮も躊躇も容赦もなく、直接ガブリと食らいついた。爪楊枝の部分まで唇に触れている。そんな彼を目の前に私は思わず推し黙る。う…わ──と髪の毛についてた芋けんぴを取ってもらった、そのような反応しかできない。治くんと角名くんもえ〜と言いたげな反応をしている。
 私は大丈夫だけど、そういうの潔癖症の人は絶対NGだから気をつけなよ宮侑。佐久早くんなんて見ただけで全身にサブイボ立ちそう。

 まあ結果的に残りの唐揚げくんを刺して私が食べれば間接キスを果たすことになる。が、まあ別にいっかと普通に唐揚げくんを口内へ誘った。そんな間接キスできゃいきゃいはしゃぐような歳じゃないのだ。こそばゆい気恥ずかしさは少しありつつ、まあ態度に出すまでもないだろう。

 そんな私の耳元をじっと見つめる宮侑に気づけないでいた。





 〜オマケ〜

「侑と篠原がくっつくか賭けね? くっつかないにLチキ一個」
「くっつくに肉まん一個」

 コンビニに向かう道中で、治くんと角名くんが呑気に賭けをしてるなど知る由もなかった。

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