同じ思い出をこれからも



……なに、これ。

大学の昼休み。
幼馴染の龍が所属しているアイドルグループ『FRAME』の新曲の試聴が公開されたというので、ランチを早々と済ませ、静かな場所を探して、一人になって聞いた。

そこには、私が知らない、幼馴染の歌声があった。


──龍とは、家が隣同士で、親同士も仲が良かったから、ずっと家族同然に過ごしてきた。
同い年だけど、不幸体質な龍のお世話を焼いているうちに「なまえちゃんの方がお姉ちゃんみたいね」と言われ、ずっとお姉さんぶってきた。

実際、ひらがなが書けるようになったのも、ちょうちょ結びができるようになったのも、逆上がりができるようになったのも、全部私が先だった。

だけど、ずっとそんな関係でいられるわけはなくて。

まず身長を抜かされて、腕相撲で勝てなくなって。
龍の方が先に社会人になって、消防士になって…気付いたら、今はアイドルをやっている。

一方の私は、なりたいものが見つからないまま、とりあえず大学に入って、社会人までのモラトリアムに浸りきっている。


…龍の世話を焼いて、あれこれエラそうなことばっかり言ってた自分が恥ずかしい。
龍は自分のやりたいことに向かってまっすぐ進んでいて、今じゃ、アイドルとして、こんな大人な歌まで歌えているのに。

溢れ出した劣等感は止まらない。
そして、ずっと前から抱いていた、龍を好きだって気持ちも…潰れてしまいそうだ。

だって、こんな風に歌う龍を、私は知らない。
…きっと龍には、好きな人がいるんだ。
その人を想って歌ってるから、こんな素敵な歌になってるんだろうな…
……曲1つで、こんなに心が揺らいでしまうほど、私は龍の事が好きらしい。

「あーーーーやだやだ!!こんなの私らしくない!!!」

ぐるぐると渦巻く暗い気持ちを吹き飛ばすように、私は勢いよく立ち上がった。

…これは、きっといいチャンスなんだ。
私の、龍への気持ちを吹っ切る、いいチャンス。
龍の好きな人の話を聞けば、きっと諦められるから。

そうと決まれば、善は急げだ。
龍に今日の夕飯一緒に食べないかと連絡すれば、「遅くなってもいいなら」とOKの返事が返ってきた。
私も了解と返すと、いつもの場所で待ち合わせることになった。



「おーい!こっちこっち!お疲れ、なまえ!」
「ごめん、こっちから声かけたのに待たせて!」

待ち合わせ場所に行くと、先に龍が待っていたので慌てて駆け寄った。
約束の10分前なんだけど…というか。

「龍さぁ、ずっと思ってたんだけど、マスクとかメガネとか、変装しなくて大丈夫なの?」
「ん?大丈夫大丈夫!困ったことないし!」
「起きてからじゃ遅いでしょ…」

って、いけない。
またエラそうなこと言っちゃった…
でも龍は気にせず「いつものとこでいいよなー?」と歩き出した。
私は頷いて、その後を追った。


お店について、乾杯して、いつものようにだらだらと話す。
…でも、今日はいつも通りというわけにはいかない。
ふと、会話が途切れた…今がチャンスだ。

「…そうそう!今日FRAMEの新曲の試聴出てたじゃん?聞いたよー!」
「あ、ありがとな!でも身近な人に聞かれると、照れるなー…」

そう言って照れくさそうに、ぽりぽりと頬をかく龍。
うっ、可愛いな…じゃなくて!

「すごくいい曲じゃん!まさか龍が、ラブソングを歌う日が来るとは…」
「俺たちもめちゃくちゃ戸惑ってさ…特に、最初にデモを聞いた時の誠司さんの顔、すごかったなー…」
「あはは、私も見てみたかったなー!」

明るく…できるだけ明るく。
さらっと聞いてしまえばいいのだ。

「でもさ、ほんと龍が…あんな大人な感じの歌を歌うとは、思ってなかったからさ…龍の性格的に、具体的に誰か向けて歌わないと、ああはならないんじゃないかなーとか思ったんだけど」
「えっ!?」
「誰のこと考えて歌ったのさー?ほらほら、言えよぉー」

ニヤニヤと、からかう様に龍をつつけば、龍は言葉を詰まらせた。
…自分がやってることとは言え、しんどい。
でも今更、殊勝な態度なんてとれないし…いつものノリで聞いて、おしまいにしたい。

「なんだよー私には言えないのかよー」
「言えない、って言うか…ここではちょっと…」

キョロキョロと周りを見回す龍。
うちの家族も、龍の家族も行きつけのお店だから…聞かれたら気まずいのかな。

「なまえ、行きたいところあるんだけど、いい?」
「え?あ、うん…いいけど」

そう言って龍はお店を出て、黙々と歩き出した。
…え、ど、どうしよう。
どうせフラれるなら、さらっとフってほしかったんだけど。
なんて、そんなことは言えないから、私も黙って龍の後をついて行った。

途中で自販機でココアを買ってくれた龍がやってきたのは、私たちがいつも遊んでいた公園だった。
一緒に来たのは、とっても久しぶりだけど。
あと、こんなに暗くなってから来たのも初めてかも。

とりあえず、2人してブランコに座って…私はココアを開けて、龍が口を開くのを待った。
龍がこんなに静かなのは、珍しい…
これから来るであろう失恋の宣告に、私の心臓は潰れそうだ。
早く、一思いにやってほしい。

「この公園、懐かしいよなー」
「…よく遊んでたよね。龍は、よく転んでた」
「ははっ。それでなまえがいっつも、しょうがないなーって、砂払って、水で洗って、仕上げに絆創膏貼ってくれてたよな」
「龍は水で洗うとき、いっつも涙目だったよね」
「しみるんだからしょうがないだろー!?」
「あはは、そうだね…」

ずっとずっと、私と龍は一緒だった。
龍のために、と私は今でも大きな絆創膏を持ち歩いてるけど…これも必要なくなっちゃうのかな。

「そういえば、近所のガキ大将となまえが大ゲンカしたのも、ここだったっけ」
「そっ、それを掘り返す!?」
「ボロボロになってたけど、結局、なまえが勝ったしなーあれにはびっくりしたよ!あ、なまえに逆らっちゃいけない、って思ったし」
「う、うるさいなー!!さっさと忘れて!!」

あれは、あいつが龍のことバカにしてたから…!
…しばらく『女ジャイアン』とか言われるし、親には怒られるし、散々だったけど!

「…って、思い出話がしたいんじゃなくて…思い出話も楽しいんだけど!そうじゃなくて、俺が言いたいのは…」

龍が唸って言葉を探している。
私は何も言えなくて、夜空を見上げた。
星がきれいだなぁ、なんてココアを飲みながら現実逃避をしていると、隣のブランコが、がしゃんと音を立てた。

「…俺!あの曲…なまえのこと、想って歌ったんだ!」
「…え?」

思わず、聞き返して龍を見る。
龍は頬を赤くして視線を宙に泳がせて、言葉を続けた。

「なまえが言ったように、俺、そんなに器用じゃないし、恋愛経験だってないから…あの曲をもらった時、途方に暮れたんだけど。プロデューサーさんにアドバイスもらって、俺がこの歌を贈るとしたら、なまえしかいないってことに気付いて…」

覚悟を決めたように、ぐるんとこちらを向いた龍の視線に射抜かれる。
いつも真っ直ぐ前を見据える視線が、私に向いている。
…目を、逸らせない。

「いっつも俺のことを引っ張ってくれて…不運体質の俺を見捨てないで、手を差し伸べてくれて。消防士を辞めることなった時は、誰よりも怒ってくれて…ほんと俺って、恵まれてるんだなって思ったんだ」

龍はブランコからすたっと立ち上がると、私の正面に移動してきた。

「だから、なまえさえよければ…俺の、恋人に…なってください!」

そう言って、龍はその強い視線で、私のことを射抜いた。
…こんな、都合のいいことが、起きていいんだろうか。

私が困惑していると、おそるおそる、と言った感じで龍が口を開く。

「…なまえ?嫌、だった?」
「ちが…信じ、られなく、て…」
「嘘じゃないぞ!?」
「そ、そうじゃなくて…私、何もないくせに、龍にエラそんなことばっかり言ってるけど、嫌じゃないの?」
「エラそう…?そんな風に思ったことないよ。なまえは、俺の事を心配して言ってくれてるんだろ?」
「っ…そ、それは…もちろんそのつもり、だけど…」
「それに、なまえには何もなくなんてないよ!」
「そんなことないよ…龍みたいに、目標も持ってないし、キラキラもしてないし…」
「なんでだよ?なまえがいっつも誰かのために頑張ってるの、俺は知ってる!さっきも言ったけど…俺のために怒って、泣いて、笑ってくれる女の子は、なまえくらいだよ」

おんなの、こ…!?
そんな風に、想ってもらえてたなんて…
それじゃ、龍があんな風に大人なラブソングを向けてた相手は、想っていた人は、私…なんだ…
ようやく、龍の告白に実感が沸いてきて、頬に熱が集まる。

「りゅ、龍の隣に、私が居てもいいの?」
「いいとか悪いとかじゃなくて…俺が居て欲しいんだ!むしろ、なまえの方が、俺に呆れてたり、しなければだけど…」
「呆れたりしないよ!…わ、私も…私の隣には、これからも、龍が居てほしい…です」

恥ずかしくって、尻すぼみになってしまった言葉も、龍には届いていたようで。

「ありがとう!!なまえ!!俺、なまえのこと大事にする!!!」
「わあっ!?ココアこぼれ…!!」

勢いよく抱き着かれ、持っていたココアが手から滑り落ちた。
そして、そのココアは、龍のズボンにかかってしまった。

「うわぁ!?」
「あーあ……ぷっ…あはははは」

まったく、私達らしいというか、なんというか。
その状況に耐えられなくなって吹き出して、私が笑っていると、龍も笑い出して、2人で顔を見合わせた。

「ほら、早く帰ろ!ズボン洗わなきゃ!」

私が手を差し出すと、龍が手を握り返してくれた。
こうして手を繋ぐのは、何年振りだろう。
その時とは意味合いが違っていて、少し照れるけど…やっぱり龍とこうしていられるのは、安心できる。

「へへっ」

同じ気持ちだったのか、龍に笑いかけられて、私も笑い返し、そのまま家路を歩いた。


――その姿をお互いの母親に見られ、「やっとくっついたのね!!」と口を揃えて言われたのは、また別のお話…





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