Crush on you!



「あーー今日はこれで営業終了ーーーー!!もーー無理!!!」

ばふっ!!

ある日の深夜。
仕事から帰ってきた私は、思いっきりベッドにダイブした。

化粧は落としたし。
コンタクトも外したし。
……あとはもう、明日で!!

いくらなりたくてなった職業でも、辛いこと、キツいことはたくさんある。
それが最近、ちょっとばかり割合が高かったのだ。
お疲れ様、私。

「うぅ、いつでもおふとんは優しい…」

もぞもぞと布団にもぐりこんで、私は丸くなった。

――本当は、もっと別に、欲しいぬくもりがあるけど。
そう思って、ぼんやりと恋人である道流くんの姿を思い浮かべる。
でも、アイドルである彼の方が忙しいし、もうこんな時間だし。
会ったときは、十分すぎるくらい、甘やかしてくれる人だし。
…今度会えた時は、いっぱい甘やかしてもらおう。うん。

今日は週末、明日は休み!
なので、起きたら頑張るので…今日はもう、寝させてください…

「はぁ…あいたいなぁー…」

眠さで呂律の回らない口が紡いだ言葉も、私の意識も、そのまま闇に溶けていった…


***


何時間寝たのかはわからないけれど、緩やかに目が覚めた。
外はすっかり明るくて、キッチンに誰かの気配。
そして、いい匂いと鼻歌が漏れてくる。

これ、は…!

思わずがばりと身を起こすけれど、今の私は、昨日帰ってきたままの格好で、髪もぐちゃぐちゃなままなことを思い出した。
ひどい姿だ…
…うわーーーん!どうしよう、愛想つかされちゃったら…!

でももう、どうしようもないので…
覚悟を決めて、シーツを被っておそるおそるキッチンに向かうと、予想通り、想い人の姿がそこにあった。

「おは、よう…」
「おお、おはよう、なまえ!キッチン借りてるぞ」
「う、うん。それは大丈夫、だけど…」
「今日は仕事が夜だけになったから、寄らせてもらったんだ」

ううっ、にかっと笑う道流くんの笑顔が眩しい!

「来てくれて、ありがと…でも、起こしてくれてよかったのに」
「はは、よく寝てたからなあ…疲れてるなまえを起こすのは、しのびなくて。あ、お風呂も沸かしておいたから入ってきたらどうだ?」

まさに、至れり尽くせり。
その心遣いは、さすがとしか言いようがない。
『嫁にしたい男性アイドルランキング』とかしたら絶対1番だよ。私が保証する。

「…お言葉に甘えます…」
「ごゆっくり」

笑う道流くんに送り出されて、私はお風呂に入ることにした。
あんな姿を見られてしまったけど、今からでも綺麗にしなくちゃ…!

…そう思って脱衣所に行ったら、洗濯まで回ってた。
洗濯の山が、なくなってる…もう、頭が上がらないです…




そして出来る限り身綺麗にして、再びキッチンに行くと、食卓には朝ご飯が並べられていた。

…私にとっては、朝ご飯だけど、道流くんはもうとっくに食べてるのでは…
そう思って道流くんを見ると「一緒に食べたかったから」と、少し照れて返された。
もう、そういうところー…ずるい!!

「「いただきます」」

小さなテーブルを囲んで、2人揃って道流くんのご飯を食べる。
ご飯にお味噌汁、焼き魚と、いくつかの小鉢。
…こんなしっかりした朝ご飯、いつ振りだろう。
もう、朝食と言うよりはブランチだけど。

「どれもおいしいよぅ…疲れた体にしみこむ感じ…」
「はは、よかった。その小鉢のおかずは、多めに作って冷蔵庫に入れておいたぞ。今週中に食べきってくれ」

…出来る男すぎる…!
あああ、なんて私にはもったいない人なんだろう…

「うう、自分が恥ずかしい…」
「ん?どうしてだ?」
「だって…道流くんはアイドルと、らーめん屋さんと、二足のわらじで頑張ってて、その上私にこんなに色々してくれて…ほんと、尊敬する。なのに、私は自分のことでいっぱいいっぱいで、昨日もあんな姿でぶっ倒れてて…」

情けなすぎて、自分で言ってて、鼻の奥がツンとしてきた。
やだな、道流くんのご飯は美味しく食べたいのに。

「こら、そんな風に自分を責めるもんじゃないぞ」
「でも」
「なまえはよく頑張ってるじゃないか。なまえの方が頑張ってない、なんてことないぞ。自分は、なまえより少しだけ体力があって、少しだけ手が大きいから、やれることが多いように見えるだけだ」

そう笑って言うと、道流くんは身を乗り出して、わしわしと私の頭を撫でてくれた。

「わ、わっ」
「それに、自分だってなまえのこと尊敬してるぞ」
「え?ど、どこに一体そんな要素が…」
「いつも仕事を責任感を持って、頑張ってるところ。困ってる人を迷わず助けられるところ。他人の成功を、素直に喜べるところ…」

道流くんはそうやって色々なところを挙げながら、指を折ってたり、開いたりしていった。

「…言い出したらきりがないが…なまえは好き嫌いも少ないし、何より、自分の作った料理を誰よりも美味しそうに食べてくれるから、嬉しいんだ。作り甲斐がある」

そんな風に思ってくれたなんて…ああ、私は果報者だ。
この人以外、何もいらない、って思うほどに。

「はは、こういうのは照れるな…ほら、冷めちゃう前に食べてくれ」
「…ん。ありがとう」

私はなんとか泣くのをこらえて、道流くんの料理をほおばった。
美味しい。しあわせ。
こうやって一緒に食べると、余計に。



ご飯を食べ終わると、洗い物までしてくれそうだったので、さすがにそれは強く止めた…んだけど。
結局2人でやることになった。

うう、私ももっと、もらったものを返していきたい。
料理じゃ勝てないし…掃除も無理だ。手芸も…
何だったら…うーん。
あー…そうか、1つだけ。自信を持って、勝てること。
でも、さすがに正面からは恥ずかしいから…


私は、洗い物を終えた道流くんの広い背中に思いきり抱き着いた。

「道流くん!」
「うぉっ!?ど、どうした、なまえ?」
「今日はありがとう!いっぱいいっぱい、色んな事してくれて、私に愛想を尽かさないでくれてありがとう!」
「…はは、どういたしまして」
「それからね、好き!大好き!だいだいだーーーい好き!!」
「っ!?」
「ほんとはいつも一緒にいたいよ!でも無理なのもわかってる!忙しいのに、こうやってきてくれて、すっごくすっごく嬉しい!すき!」

私が道流くんに勝てること――それは。
今の気持ちを、素直に言葉にすること!

……我ながらしょうもない、という気持ちがないでもないけど。
すぐできることで思いつくのが、これくらいだったから。
想いのままに、口を動かしていく。

「アイドルやってる時はもちろんかっこいいけど、らーめん屋さんの時の道流くんもかっこいい!狭いこの部屋にいても、どこに居ても、ちょうかっこいい!すき!!毎日道流くんのご飯食べたい!お味噌汁飲みたいよ!!あとあと…」
「す、ストップ!も、もうわかったから…!」

慌てた声に顔を上げると、道流くんの顔も耳も、首まで真っ赤だった。
私も少し恥ずかしかったけど、こんなに照れられると、余計恥ずかしくなってくる。

「少しは気持ち、伝わった…?」
「充分だよ、ありがとう」

苦笑しながら、道流くんは正面から私を抱きしめてくれた。

「は〜…なまえには敵わないなぁ」

…作戦は成功、だろうか。

「ほんと、ありがとうね。次に会えたらいっぱい私のこと甘やかしてほしい、って言おうと思ってたんだけど、言う前に甘やかしてもらっちゃった。いっぱい充電できたよ!」
「…それならよかった」
「だから今度は道流くんの番ね。私が出来ることなら、なんでも言って!」
「はは、ありがとう。でも難しいなあ…」

そうなんだよね。
道流くん、甘やかすのは上手いけど、甘えるの苦手だからなぁ…

「それじゃ、今日は道流くんがしてほしいこと探ししよ!決まったら、次までに準備しておくから!」

そうと決まれば!
私は道流くんの腕の中を抜け出して、雑誌を色々引っ張り出した。
そうだ、お茶も淹れよう。

「道流くんは座っててね!」

確か、頂き物の紅茶のパックが…あ、あったあった。

カップを2つ持って戻ると、道流くんが座っていたので、片方のカップを道流くんの前に置く。
そして向かいに座ろうと、カップを置くと「こっち」と道流くんとテーブルの間に引っ張り込まれた。

「…重くない?大丈夫?」
「全然!自分がこうしたいんだ。なまえが、嫌じゃなければだが…」
「嫌じゃないよ!嫌じゃないけど、これは私がまた甘やかされてるような…」
「そんなことないぞ。自分もこの方が嬉しいから」
「…そう?」

肩に道流くんの顔が乗ってる。
…近くて少し恥ずかしいけど、道流くんがいいならいいか!

さてさて。
雑誌を開いてっと。

「あ、この辺とか、どう?」
「へえ、こんなのがあるのか」
「あとねえ、こんなのとか。面白そうだよね」
「なるほどなあ」

他愛もないおしゃべりをしながら、2人で雑誌を眺めているだけ。
それなのに、なんでこんなに楽しいんだろう。

そう思って、ふと道流くんを見上げると、優しく微笑まれた。
同じ気持ちだったら嬉しいなあ…

道流くんには、お世話になってばっかりだから、少しでも道流くんを癒してあげられるようなことが見つかるといいんだけど。
そう思って雑誌に目を戻せば、道流くんの手がお腹にまわって、顔が私の肩に沈んだ。

「…どうかした?眠い?」
「いや…幸せだな、と思って」
「…私も」
「いつもありがとう、なまえ。なまえの存在が、自分の力になってる」
「ふふ、私も。一緒だね」
「ああ…そうだな。それから…その」
「んー?」

言い辛そうに口ごもる道流くん。
なんだろう、なんか思いついたけど言いにくいことかな?
そんな風に思っていたら。

「自分も…なまえが好きだ」

大好きないい声で耳元で囁かれて、背筋がぞくぞくした。
…ずるい、やっぱり道流くんはずるい。
そんなところも好きだけど!

道流くんに負けないくらい、道流くんをでっろでろに甘やかしてやるんだから!!
そう胸に誓って。
『道流くんを甘やかすためのリサーチ』という名の甘い時間は続いたのだった――




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