Live for you!!



なまえちゃんは、俺と同じ「アイドルオタクのアイドル」だ。
でも、アイドルとしての在り方は俺とは違っていて、なまえちゃんは「完璧なアイドルを体現するためにアイドルになった」そうだ。
所属しているのがセルフプロデュースを課している事務所なこともあって、自ら日々努力を怠らず、理想を追い求める姿は、年下ながら尊敬に値する人物だった。

さらに…俺はたまたま知ってしまったけれど、なまえちゃんは、アイドルオタクであることは公言しておらず、その秘密を知っているのは、ごく少数の人だけ。
そのうえ、なまえちゃんの考えるアイドル像とはかけ離れているから、という理由で、私生活を完全に隠して生きている。
その姿がミステリアスだということも、アイドルとしてのなまえちゃんの売りの1つなんだけれど…
たまに、生き辛くないのか、心配になってしまう。

でも俺の事を、数少ない理解者として認識してくれているみたいで、一緒にアイドルについて語り合ったり、アイドル縛りカラオケなんかもしているから、少しはガス抜きの手伝いは出来ているのかもしれない。
俺としても、なまえちゃんと過ごすのは楽しいし、刺激ももらえるから、数少ない共通の趣味を持つ友人として、付き合いを続けていた。


そんなある日。
なまえちゃんから、見せたいものがある、と誘いを受けた。
提示された日程は、3月の…うん、ちょうど空いてる。
アイドルのレアものの映像とかかな?と思い、二つ返事でOKを返すと、よく行くカラオケを指定された。

――そして、今日がその当日。
指定されたカラオケ店に着くと「先に入ってます」というメッセージと共に、部屋番号を教えられた。
店員さんに声をかけて、部屋に向かい、扉を開けると…

パン!!
クラッカーらしきものの音が響き、目の前にカラフルなテープと紙吹雪が舞う。
あっけにとられてみれば、なまえちゃんの悪戯っぽい顔があった。

「少し早いんですが…お誕生日おめでとうございます、みのりさん!!」
「あ…ありがとう」

お礼を言って、なまえちゃんをよく見ると…いつもここで会う姿とは違う、アイドルモードのなまえちゃんだった。

「え?どうしたの、その格好…」

よくよく部屋を見れば、いつもと違うのはなまえちゃんだけじゃなかった。
テーブルは最低限のみを残して片付けられていて、ソファの上には複数のペンライトや、タオルが置かれていた。
…これはどういうことなんだろう?

「え…っと…?」
「ふっふっふ!!今日は!私の考える完璧なアイドルライブを!みのりさんのためだけに!ここでやります!!」
「え、え?」
「ほんとはライブハウスとか借りられたらよかったんですけど、ちょっと難しかったので…あ、店員さんにはちゃんと許可貰ってます!私なりの、お誕生日プレゼントです!!早速行きますよ!ついて来てくださいね!!」


――そこからは、記憶が定かじゃない。
事務所も、性別も、年代も関係なく、俺の好きな曲ばかりをなまえちゃんが歌って踊ってくれたことは覚えてる。
本家の再現というだけでなく、なまえちゃんなりのアレンジを加えたうえで。

同じアイドルで、同じファンだから、わかる。
なまえちゃんがこれのために、どれだけ練習してくれたのか。
なまえちゃんはどんな時も全力だから、きっと妥協せず、練習してくれたに違いない。
嬉しすぎてどうにかなりそうだ。

とにかく、1秒たりとも目が離せなくて…必死でペンライトを振って、タオルを回して、喉を枯らすほどにコールをして、汗を流して、時には涙も流して。
2時間ほどの、俺だけのためライブは、あっという間に終わってしまった――


「…っは…これでっ…以上となります!改めて、みのりさん、お誕生日おめでとうございますっ!!」

息を切らせたなまえちゃんがぺこりと頭を下げる。
駆け寄って抱きしめたい衝動に駆られるけど、これは“アイドル”のライブだ。
そんなレギュ違反は出来ない。


「アンコール!アンコール!!」

夢中になって、思わず言ってしまったけど。

「…って、アンコールお願いしても大丈夫?」
「はい、もちろんです。みのりさんのためのライブなので、曲も指定してもらって大丈夫です!もちろん、曲によりますが…うちの事務所と、みのりさんのところの曲なら大抵は大丈夫ですし、今歌ったものからでも…」
「…俺のソロ曲、なまえちゃんに歌ってほしいな」
「えっ…う、歌えはしますけど、振り付け知らないですし…」
「なまえちゃんに歌ってほしいんだ。なんなら振り付けも教えるよ」
「いえ、それはダメです!仕事で見るならともかく、公開前に見るなんて、アイドルファンとしてルール違反です!!」

俺は、ソロ曲をまだ人前で歌ったことがないから、生真面目ななまえちゃんがそう返してくる。
…可愛いなぁ。

「はは、そう言うと思った。振りは冗談だけど…歌ってくれる?」
「…はい。ダメなところがあったら、遠慮なく言ってくださいね」

そう言うと、なまえちゃんはとても大事に、俺のソロ曲を歌ってくれた。
こんな風に泣くような歌じゃないのに…ボロボロ泣けてきて、コールがマトモにできなかった。
けれど、なまえちゃんが歌ってくれて、客観的に見ることができて…この曲を大事にしたい、という気持ちが強くなった。

「…うぅっ…ありがとう…!」
「いえ、お耳汚しでなかったならいいんですが…」
「最高だったよ…ありがとう。おかげさまで、この曲の大事なところが改めて見えたって言うか…今度のライブでも、気持ちを込めて歌えそうだよ」
「…そんな風に言ってもらえてうれしいです」

額に汗を光らせて、なまえちゃんはそっとはにかんだ。
……すごく写真撮りたい。でも今は、我慢だ。


「今日は、本当にありがとう」
「楽しんでもらえましたか…?」
「もちろんだよ!なんならアンコールで、最初からもう1回お願いしたいくらいだよ!!」
「…えっ!?す、すみません、部屋の時間がもうあまりなくて…」

真面目に返されてしまった。
時間さえあれば、やってくれそうな勢いだ。
本当に、なまえちゃんは真面目で、可愛い。

「ごめん、冗談だよ。それで…ここまでで、“アイドルのなまえちゃん”との時間はおしまい、でいいかな?」
「え?は、はい」

俺がそう言うと、なまえちゃんはふう…と長めに息をついた。
…どうやら、スイッチは切り替わったらしい。
なまえちゃんの纏っていた空気が、柔らかくなった。

「…それでね」
「はい」

なまえちゃんの手をとって、膝をつく。
今から告げるつもりの想いに、柄にもなく、手が震えそうだ。

「アイドルとしてのなまえちゃんのことも、もちろん大好きだけど…こんな風に、俺のために頑張ってくれるなまえちゃんを、1人の女の子として好きです」
「えっ!?」

なまえちゃんが真っ赤になって、目を丸くしている。
気持ちがちゃんと伝わるように、目をそらさずに俺は続けた。

「なまえちゃんの理想としているアイドル像は十分に理解しているつもりだから…もし付き合ったとしても、なまえちゃんの邪魔にならないようにするよ。“アイドルのなまえちゃん”は、ファンのために居てほしい。俺だって同じだしね。でも“1人の女の子としてのなまえちゃん”は、俺だけのものにしたいです。だから…俺とお付き合いを、してもらえませんか?」

声が震えてしまったけれど、なんとか噛まずに気持ちを伝えられた。
ずっと、俺の心の中にしまっていた想い…なまえちゃんは、前だけを向いてストイックにアイドルをしているから、伝えられずにいた。
でも今日、こんな風に、俺だけのためのライブをしてくれたのを見たら…もしかして、という想いが生まれて、どうしても止められなくなってしまった。

「……私の、理想のアイドルは、歌を愛して、ダンスを愛して…色々な事を、笑顔で乗り越えていって、それを見た人にも笑顔を広めて…そして、ファンの事を第一に考える、アイドルです」
「うん」
「けど…みのりさんと出会ってから…理想のアイドルを突き詰めていく一方で…みのりさんの笑顔がもっと見たい、って思う自分が出てきて、アイドルとファン、っていう関係性も、わからなくなっちゃって…」

俺から目線を逸らして、なまえちゃんは続けた。

「今日も、みのりさんのため、って言いましたけど…本当は自分のためなんです。アイドルとして、個人的にこんなことをするのは、許されないのに…私が、みのりさんの笑顔が見たくて、やりました。こんな私が、アイドルを続けていいのかなって思うことも、あって…でも、ファンも、みのりさんも私にとっては大切なんです…ごめんなさい、なんか、ぐちゃぐちゃしてて…」

ぎゅ、となまえちゃんは手を握った。
悩んでいるなまえちゃんには申し訳ないけれど…その言葉たちは、俺を嬉しくさせるものばかりだった。

「…これは俺の自論だけど…“理想のアイドル”も変わっていくものじゃないかな。自分自身が色々経験を重ねていくと、共感できる部分とか、目指したいものって、変わってくると思うんだ。だから、なまえちゃんが最初に思い描いていた“理想のアイドル”から、今なりたいと思うアイドルが変わってしまったとしても…それは間違いじゃないと思う」

なまえちゃんの真摯な姿勢に応えられるように、俺なりの言葉を返す。
真剣に聞いてくれるなまえちゃんは、やっぱり可愛らしかった。

「あとね。なまえちゃんの人生は、あくまでなまえちゃんのものだから…ファンのためにって、無理に選択肢を狭める必要はないと思うよ。それと…恋をすることで、なまえちゃんの世界が広がって、より表現の幅が広がるとんじゃないかな……なんて、俺に都合のいいことばっかり言っちゃってるけれど」

必死さが出ないように、精一杯の茶目っ気を出して笑えば、なまえちゃんも表情を緩めてくれた。

「…私、仕事とみのりさんを選べって言われたら、悩んで、悩んだ末に…きっと、仕事をとってしまいます」
「うん、いいよ。俺もアイドルだから…きっとそうしてしまうし、お互い様だよ」
「でも、みのりさんが他の女の子とくっついてたら、たとえお仕事でも、きっとヤキモチ焼いてしまいます」
「ふふ、それもお互い様だし…ヤキモチを焼いてくれるなんて、むしろ嬉しいよ」
「そんな、私でもよければ……よろしく…お願いします」
「…ありがとう」

そっととっていた手を引き寄せて、なまえちゃんを抱きしめる。
驚いて少し身を硬くする様子にすら、愛おしさが溢れて、止まらない。

「あ、の…」
「ごめんね、嬉しくて…もう少しこのままでいてもいい?」
「う……はい…」

アイドル同士の恋愛は、大変なことばかりだろう。
でも、なまえちゃんとならきっと大丈夫。
アイドル同士だからこそできる恋愛の形も、きっとあると思うから。

「…そうだ。今日の記念に、一緒に写真撮ってもらってもいい?」
「いいですよ。1回1000円です…って!本当に財布出さないでください!冗談ですってば!!」

なまえちゃんからそんな冗談が聞けるなんて。
…はぁ、今日は幸せなことだらけだ。
幸せすぎて、怖いくらいかもしれない。

「それと…この後も時間ある?」
「はい、今日は一日オフです」
「じゃ、一緒にご飯食べに行こう。もっとなまえちゃんと一緒に居たいからね」
「え、う、あ、ありがとうございます…」

そう言って頬を赤くするなまえちゃんは、今まで見たことのない破壊力抜群の可愛さだった。
………俺、ダメかもしれない。




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