Call me My Name !!



冬馬と付き合い始めてから、3ヶ月が経った。
プロデューサーとアイドルとしての付き合いは…もう何年目だっけ。
そちらの方が圧倒的に長い。それは事実だ。

けれど、冬馬は告白以降、私の名前を一度も呼んでくれていない。
一度、名前で呼んでほしいとお願いした時は、冬馬が照れている間に仕事の電話がきてしまい…うやむやになってしまったのだった。

たった3ヶ月、されど3ヶ月。
本来、気の長くない方の私にしては、頑張ったと思うんだよね…!



今日は、冬馬がうちに遊びに来てる。
夕飯に向けてカレーを作ってくれるというから、台所を貸しているのだけれど…

「プロデューサーは、あんまり辛くない方がいいんだったよな?」
「プロデューサー、おたま出してくれるか」
「なあ、味見してくれよ、プロデューサー」

…恋人として顔をあわせるよりも、アイドルとプロデューサーとして顔をあわせることの多い私達。
冬馬がそういうことを上手く切り替えられるタイプじゃないのも、甘い雰囲気が苦手なことも知っている。
けれど、こうも畳みかけられると…堪忍袋の緒、というものが、ですね。

「一旦火を止めて…よし、あとは食べる前に最終調整をしたら完成だぜ!」

ご満悦な冬馬。
調理が終われば危ないこともないので、怒ってもいいよね。
ダメと言われても今日は怒るけどね!

「…なんか今日大人しくねえか?何かあったのか、プロデューサー」
「はーい、イエローカード溜まりまくりに付き、天ヶ瀬選手退場でーす」
「…は?」

トドメにまた『プロデューサー』を重ねてきた冬馬を、にっこり笑ってぐいぐい押して、玄関の方に追いやる。
Wの2人に小道具のカード借りておけばよかったかなー、なんて。

「は?えっ、なんなんだよ!?」
「天ヶ瀬さんは私を怒らせました。ゆえに退場して欲しいです。理由は自分で考えてください」

笑みは絶やさずに腕を組めば、冬馬は私の迫力に負けたのか、わからないなりに正座をしはじめた。
さすがに本当に追い出したりはしないけど、自分で理由には気付いて欲しいな!

「…俺、何かしたか?」
「ええ、しまくりましたよ」
「言ってくれなきゃわかんねーんだけど!」
「それなら、私達の関係もここまでですかね」
「はぁっ!?」
「それくらい重大なことを、天ヶ瀬さんはなさったんですよ」

ニコニコと敬語で返すと、冬馬は青くなっていった。
あの告白の時の熱い勢いはどこへやら…
普段私は「冬馬」って呼んでるのをわざわざ変えてるんだから、わっかりやすいと思うんだけどなぁ。
…怒ってはいるんだけど、甘いなぁ、私も。

私の家に、カレーの匂いと気まずい沈黙が漂っている。
…そう考えてみると、なかなかにシュールな状況だ。

しばらくすると、正解をみつけたのか…冬馬がようやく口を開いた。

「……俺が、プロデューサーって呼ぶから、か」
「正解です。思ったより早く気付いてくれましたね」
「悪い」
「態度で示してくれないとわかりませーん」

子供っぽくツーンと返せば、冬馬はうっと呻いた後、覚悟を決めたように顔をあげた。

「…なまえ」
「そんな小さな声じゃ聞こえませーん」
「なまえ」
「もう1回」
「なまえ!」
「…とりあえず、今はそれで許してあげよう。だけど、恋人の名前はもっと甘く呼んでよね」
「わ、悪い」
「次プライベートでプロデューサーって呼んだら、おしおきね」
「き、気をつける…!…なまえに、敬語つかわれるのも、天ヶ瀬さんって呼ばれるのも、すげー嫌だし」

珍しくしゅんとする冬馬。
あらら…ちょっとやりすぎちゃったかな。
……本当は、私がもっと可愛くアピール出来れば、いいのかもしれないけれど。
こんなめんどくさい女に惚れた冬馬が悪いのだ!



さて…いつまでも玄関先に正座させているのも申し訳ないから、冬馬を引っ張り上げて、部屋に戻ろう。
なにしようかなー…とりあえず、ソファーに座ってテレビをつけてみる。

…あ、いいコト思いついた。

「冬馬、今からゲームしよう」
「ゲーム?」
「目を合わせて、お互いの名前を呼び合って、先に照れた方が負けのゲーム」
「んなっ!?圧倒的に俺が不利じゃねーか!」
「いやそこは、アイドルである冬馬が負けちゃダメだと思うんだけど」
「うっ…!」
「負けた人は、勝った人の言うことを何でも聞くってことで!はーい早速始めよー」

無理矢理冬馬の肩を掴んで、体の向きを変えさせて、視線を合わせる。
ゲームスタートだ。

「冬馬」
「…なまえ」
「冬馬」
「なまえ」
「とぉ〜まっ!」
「っ…なまえ」

緩急つけたり、すこし甘めに呼んでみたりすれば、面白いぐらいに反応する。
もう耳まで真っ赤だし…首も赤くなってきた。
だけど、負けず嫌いだから、なんとか耐えているようだった。

「と・う・ま」
「なまえ!」
「冬馬ー?」
「なまえ!」

だからー…恋人の名前は甘く呼べって言ったでしょ…
機械的に返すことで、耐えているらしい。
そうじゃないってばー…

「冬馬、あのねぇ。恋人の名前ですよ?そんな風に叫ばないでくれる?」
「なまえ!…そんなこと言われたってよ…!」
「とぉまぁ〜〜〜〜」

目を逸らさず、距離を詰めて頬に触れれば、湯気が出そうなくらいに真っ赤になる冬馬。

「くっ…なまえっ…だああああもうだめだ!!!」
「わーい、勝った」
「くっそー…!」

…別に、勝ちたかったわけじゃないんだけどなぁ。
恋人をときめかすことができずにして、何がアイドルだ!もう!

冬馬は世間の評価も「ウブ」だもんね。
それが売りではあるのだけれど…
恋愛ものに、深みが出辛いのだ。
もっと上を目指す為に、そして年齢的にも、そろそろそれを脱却させたいのだけれど…


「ちなみに、今日ってご飯食べたら帰るつもりだった?」
「?お、おう。明日も早いしな」

何の躊躇いもなくそう返されると、がっくりと気が抜けた。
も〜…それでこそ冬馬、というべきなのかもしれないけどさ〜…

「はー…冬馬は、北斗くんの爪の垢を煎じて飲むといいよ…」
「な、なんでだよ!?」
「ピュアピュアなところも、冬馬の魅力だけどさー」
「ピュアピュア!?」

そこまできてようやく、私が言わんとすることに気付いたようで、冬馬は再び耳まで真っ赤になった。

「うちに来てカレー作るっていうから多少なりともその気がある…なんて思った私が浅はかでした。こんなピュアボーイを相手に」
「ピュアとか言うなよ!!」
「知ってる?カレーに入ってるスパイスって、性欲を上げる効果があるものもあるんだよ、ナツメグとか、クミンとか」
「はあぁぁぁっ!?マ、マジかよ…!」
「あ、入れたんだ?」
「入れたけど、そんなつもりじゃ…!」
「あーうんうん、そうだねー冬馬だもんねー」
「ば、馬鹿にするなよ!」
「…私がおばーさんになる前に、手を出してくれると嬉しいなぁ」
「っっ!!!」

ふう、と大げさに嘆いてみれば、冬馬は言葉を詰まらせた。
道のりは長いなぁ。

「そういえば、罰ゲームどうしようか。大人の階段登る系がいいかなぁ、やっぱり」
「そ、そういうのを“罰”ゲームにするのは、どうかと思うぞ…!」
「真面目なんだからー…うーん…じゃあ私の好きな所10個言ってみるとかにする?」
「!?」
「それとも、少女マンガの告白台詞朗読とか。こっちの方が仕事にも役に立つかな」
「か、勘弁してくれ…!」
「ハードル高くないと罰ゲームになんないでしょー」

…とは言え、そろそろやめないと、本気で冬馬が拗ねそうだ。

「もーしょうがないなぁ。100万歩くらい譲って、私の名前をとびっきりあま〜く呼んでくれたら許してあげる」
「…そ、それくらい出来るに決まってんだろ…!」
「どうかなぁ。さ、じゃあどうぞ」

そう私が促すと、冬馬はしばらく顔を伏せて黙り込み…大きく深呼吸をしたあと、スイッチを切り替えて私を見た。
――これは、本気の時の顔だ。

「…普段、なかなか言えねーけど。ほんとに、好きだ。これからも、ずっとそばに居てほしい……なまえ」
「っ…」

言い終わると、ぼん!と音が聞こえるくらいの勢いで赤くなった顔を隠すためか、冬馬は勢いよく抱き着いてきた。
…アイドルスイッチを入れるのはずるいなぁ。
そんなの、ときめくに決まってるじゃん。

「冬馬、かっこよかった!もう一回言って?」
「そ、そんなに言えるかよ!安売りはしねーからな!!」
「なんで〜〜いっぱい名前呼んでよー!冬馬だって、名前呼ばれたら嬉しいでしょ?」
「そりゃあ…そう、だけど…」
「今までの分も、たっくさん呼んでよね!」
「……ああ」

大げさにぎゅうぎゅうと抱き着けば、冬馬も抱きしめ返してくれた。

今日は一歩前進できたぞー!
大人の階段…はまだまだ遠そうだけど、これからも2人で歩いて行こうね、冬馬!

……とは言え、私は気が長くないから!覚悟しててよね!




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