前夜



※数年後のお話


「独身最後の夜、楽しんでこなくてよかったの?」
「最後の夜だからこそ、一緒に居たいんっすー!」

寝る支度をしながら軽口を叩くと、四季がぎゅーっと抱き着いてきた。

――そう。
明日は私と四季の結婚式なのだ。
アイドル、そしてそれを支える裏方として、忙しい毎日を過ごす私たち、そして仲間。
ありがたいことに、みんながなんとかスケジュールをあわせて祝ってくれることになったので、主役が寝坊するわけにはいかない。

そんなわけで、いつもよりかなり早い時間だけど、2人でベッドに潜り込む。
明日のスケジュールを改めて確認し終わると、トレードマークのメガネを外した四季が、珍しく真面目な顔をして言った。

「プロデューサーちゃん…オレを見つけてアイドルにしてくれて…恋人にしてくれて、そんでもって、ダンナさんにしてくれて、ありがとう」

四季は真っ直ぐな目をしたまま、私の手を取り、ぎゅっと握った。

「プロデューサーちゃんのおかげでオレ、世界がハイパー広がったっす。アイドルにならなきゃ経験できない、色んなことをさせてもらえて…例えば、みんなで行った合宿!学年の違うハヤトっちたちと、ああやって合宿できて、メガメガうれしかったっす!それから、お芝居とか、バラエティとかもいっぱいやらせてもらえたし、サイッコーのステージにもたくさん立たせてもらって…ほんと、感謝してもしきれないっす」
「…うん」

内緒話をするように、ベッドの中で囁き合う。
四季の声が、とても優しく響いて、心地がいい。

「だから、その恩返しも込めて、プロデューサーちゃん…ううん、なまえっちには、今まで経験したことないコト、これからいーっぱいしてもらうんで、覚悟しててね!2人じゃないとできないことを、いーーっぱいするんすから!!!」

そう言って笑う笑顔は、出会った時のまま。
でも、四季はずっと大人になって、出会った時よりももっと素敵になった。

「ふふ、素敵な口説き文句だね」
「何度だって、オレに惚れ直していいんっすよ!」
「あはは。そうだね、何度目かなー」

こんな夜だからだろうか、四季と出会ってからの事を色々と思い出す。
例えば…出会って割とすぐの頃から、顔を合わせるたび、私のことが好きだと四季は言っていた。
その時は立場も、年齢差もあったから、軽くあしらっていたけれど、本当は嬉しくて、ドキドキしてた。
けれど…

「…いっとき、私の事を好き好き言わなくなった時期があったでしょ?あの頃は軽くあしらってたけど…本当は、すっごいさみしかったんだよ」
「ええー!?そうだったんっすか!?…あの時、オレ人生でいっちばん考えて考えて、脳みそ煮えちゃうくらい考えて、悩んで、ハヤトっちたちにもいっぱい相談して…高校卒業するまでは我慢しよう、って決めたんっす!…そうじゃないと、プロデューサーちゃんが高校生に手を出してるなんて思われちゃうかもしれない、迷惑になっちゃう、って思って…」

その時を思い出したように、しゅんとする四季。

「…そうだったんだね」
「だから、ハタチになるまでガマンしたんっすよ!最初は高校卒業したら告白するつもりだったのに、社会的責任がどーのこーの、ってジュンっちに言われて…」

今度は不満げに唇を尖らせる。
ふふ、かわいいなぁ。ほんと、見てて飽きないよ。

「その間、プロデューサーちゃんが誰かのものになっちゃわないか、気が気じゃなかったんっすからね!」
「はは、なーんにもなかったけどね?」
「そんなことないの、オレ知ってるんすから!事務所のみんなが、なまえっちの知らないところで、ケンセーしあってたんっすからね!」
「ええー…そんなことないと思うけどなぁ…」
「だから、ハタチになってすぐ告白して、OKもらえて、マジでうれしかったっす!!あの時ほど、誕生日が早くて感謝したことないっす!!」

握った反対の手が、するりと頬に伸びてくる。
私もそっと、四季の頬に触れた。

「…ねえ。なまえっちは、いつからオレのこと好きだった?」
「んー…覚えてないなぁ…」
「えぇぇ〜…でも、それはそれで、ロマンチックってやつっすかね?気付いたら恋に落ちてた、みたいな!」

へへへ、とはにかみながら、四季は言った。

だけど、覚えてないなんて、ウソ。忘れるワケないよ。
……一目惚れだったんだから。

実は、式の最中に読む手紙にそれについて書いてるので、まだナイショなのだ。
手紙にはいっぱい、私の想いを詰め込んである。
あの時はまさか、こんな未来が待っているなんて思わなかったけど…
ふふ、あれを読んだら、四季はどんな顔するのかな。


「さ、そろそろ寝よう?明日朝早いんだから」
「そうなんすけどぉ…なんかもったいない…」

思い出話が尽きないのは、私も同じだけど…
駄々っ子のような四季と額を合わせて、そっと宥める。

「…これから、いくらでもこうやって一緒に過ごすんだから。ね?」
「…そうっすね!」

ぱあっと笑った四季の手を一度解いて、身を起こして部屋の明かりを消す。
するとまた、四季に手を絡ませられた。

「明日の今頃には、なまえっちは『みょうじなまえ』じゃなくて『伊瀬谷なまえ』になってるんっすねー…」
「そうだね、なんだか不思議」
「へへ、なまえっちがオレのお嫁さんなんて、夢みたい…」

そんな、ふにゃふにゃとした顔で言われたら、嬉しくて、違うスイッチが入ってしまいそう。
…だめだめ、明日は朝早いんだから!

「おやすみ、四季」
「おやすみっす、なまえっち」

そういうと私の額にキスを落として、笑う四季。
嬉しくて手を繋いだまま、私は目を閉じた。


ああ、幸せだなぁ。
今が一番幸せ。
でもきっと、四季と一緒なら、そんな“今”がずーっと続くんだろう。
私こそ、ありがとう、四季。
私をプロデューサーにしてくれて、私を恋人に、お嫁さんに選んでくれて。
…これからも、よろしくね。




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