紙一重



故意ではなく、過失。
けれど、確認を怠ったのは自分の怠慢。

でも!わざとではなかったのだ!!
知らなかったのだ。

扉の向こうに、下着姿のプロデューサーが、いたなんて――!!


◆◇◆


その日英雄は、同じユニットのメンバーより遅れて、現場入りをした。
それはその前にソロの仕事があったからであり、予めわかっていたことだった。
しかし理由はどうあれ、自分だけが遅れて入ることに少しの焦燥感を覚えた英雄は、控室の扉をノックせずに開けてしまった。
それがいけなかった。

「悪い、遅れ――」

目の前に広がる光景に、英雄は言いかけた言葉を失い、ビシッ!と固まった。
扉を開けた先には、上半身に下着しか纏っていないプロデューサーの姿が、あった…

「きゃーーーっ!?…って!!!英雄さん!?」

あられもない姿を見られてしまい、叫び声をあげながらも、なまえはその相手を確認すると、慌てて着かけていたTシャツをしっかり着込んだ。

わざとじゃないんだ、知らなかったんだ。
英雄の脳内に、そんな言い訳がぐるぐると駆け巡る。
なんだそれ、痴漢の言い訳か。
そんなセルフ突っ込みも沸いてくる。

そのままぐるぐると固まっていると、見られた本人ですら心配して、英雄に声をかけた。

「ひ、英雄さん…?大丈夫、ですか…??」

すると、廊下からバタバタと駆けてくる音が聞こえてきた。

「今の叫び声、プロデューサーさん!?」
「プロデューサーさん、大丈夫か!?」
「うわっ!?」

先に走ってきた龍が、ドアノブを握りしめたまま固まっていた英雄にぶつかると、英雄はよろけてそのまま膝をついた。

「ひ、英雄さん??これは…」
「プロデューサーさん、状況を確認させてもらえるか」
「え、えーとですね…」

プロデューサーは、少し前まで記憶を遡った。


これからの仕事の段取り確認も終わり、スタッフが控室を出ていったところで、龍の不運が発動し、かつ今回はなまえの不運も重なったようで…
龍が転んでぶちまけた水を、なまえは頭から被ってしまったのだった。
慌てて誠司と龍は持っていたタオルを渡したものの、髪も服もしっかりと濡れていたため、なまえはたまたま持っていたTシャツに着替えることにして、龍はドライヤーを借りに、誠司は乾燥機やアイロンがないか尋ねるため、控室を出ていった。

そして、2人が出ていったところで、水を被ったのが自分でよかった、と思いながら、髪や体を拭いて、さあ着替えようと服を脱ぎ、下着姿になっていたところに…英雄が入ってきた、という流れである。

そう説明すると、誠司は他人事ながら顔を赤らめ、龍は唇を尖らせた。

「英雄さんなんてうらやまし…じゃなかった、破廉恥ですよ!元警察官なのに!」
「龍…余計な一言が漏れているぞ…」

普段突っ込む英雄がまだ固まっているため、珍しく誠司が突っ込む。

「って、まだ英雄さん固まってるんですか…?おーい、英雄さーん??」

龍が英雄の顔の前でひらひらと手を振ると、カッ!と目を見開き、そのまま土下座をしはじめた。

「え、ちょ…!」
「プロデューサー、本当にごめん!悪かった!!」
「わわわ、や、やめてください英雄さん!!こちらこそごめんなさい!!お見苦しいものをお見せして!!!」

お見苦しくなんてないと思うけど…とまた余計な一言をいいかけて、龍は口をつぐんだ。

「鍵をかけてなかった私が悪いんですから…!」
「それは確かに…気をつけてくれ、プロデューサーさん」
「は、はいー…」

誠司からの注意も入り、なまえは改めて自分の浅はかさを反省した。
…また同じことがあるとも思えない、不運の連鎖ではあったのだが。

「英雄さん、ほんと大丈夫ですから!喧嘩両成敗ってやつですから!!」

別に喧嘩じゃないけど!と、なまえは土下座をする英雄を起こそうとしたが、その力は強く、起こすことができなかった。

「そんなわけにはいかない!故意じゃないとは言え、俺は…プ、プロデューサーの…!」
「あーもー!反省はそこまででいいですから!もうすぐお仕事、はじまっちゃいますからー!」

しかし、頑として顔をあげようとしない英雄にしびれを切らしたなまえは、自分の荷物をまとめ始めた。

「誠司さん、段取りは先ほど打ち合わせした通りなので…ここはお任せしてもいいでしょうか」
「…ああ」
「私はいない方がよさそうなので、事務所に帰りますね。龍さんも、英雄さんのフォローお願いします!」
「任せてよ!」
「英雄さん、くれぐれも仕事には支障をきたさない様にお願いしますね!!それじゃ!」

そう言ってなまえは、忙しなく控室を出ていった。
それを見送った誠司は、膝をついて英雄の肩を叩いた。

「自分が英雄の立場だったら…もっとひどく動揺をしているとは思うが…プロデューサーさんは、あの通り怒っていないし、今は目の前の仕事に専念しよう。な?」
「そうですよ!プロデューサーさんへの借りは、仕事で返しましょう!…俺も、なんですけど」

英雄のあまりの狼狽ぶりに、そもそものきっかけを作ってしまった龍も、英雄の肩を掴んだ。


そうしてようやく、よろよろと英雄は起き上がり…その日の仕事を、なんとかこなしたのだった。




――ああいう時って、時間が止まるものなんだな。
そして、忘れようと思ってるのに、記憶にばっちり残ってしまうものなんだな。

英雄はしばらく、目を閉じるとあの時の光景がばっちりと浮かんでしまい、しかしそれを誰にも言うことができず、思春期の中学生のように悶々とする日々を過ごすこととなった――




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