――こうして、布団でうだうだと過ごしてどれだけ経つだろう。
だるくて、起き上がれない…
頭も痛いし、気持ち悪い。
昨日突然入った飲み会が、最悪だった。
お世話になってるTV局の人に呼ばれて行ったら、他社の偉い人がたくさんいて、古臭い飲み会テンションで…浴びるように飲まされた。
もう一軒、というその場をなんとか切り抜けて、家まで帰ってきたところまでは覚えてるけど、そこからどうやってベッドに入ったか思い出せない。
…自分の格好から察するに、家に帰ってきてそのままベッドに倒れ込んだようだけれど。
起き上がるのが億劫で仕方ない〜〜〜………
でも、キッチンの方から人の気配がするから、きっと春名が来てる…
せっかく来てくれたのに、一応、恋人である人間が、酒臭いまま明るくなっても寝てるとか…申し訳なさすぎる…
なんとかベッドから起き上がって、本当に最低限の身支度だけして、私はキッチンに顔を出した。
「おはよ…」
「おっ、起きれたんだな。おはよう」
まあもうおはようの時間じゃないけどな、と春名は笑った。
言われて時計を見れば、確かに朝ご飯はおろか、昼ご飯の時間も過ぎて、おやつの時間が近い。
「あたまいたい…」
「大丈夫か?ほら、水と薬」
「ありがと…」
私がこんな状態になっているのは、残念ながら初めてじゃない。
春名は全て見越した上で、机の上に薬を準備しておいてくれていたらしい。
出来た子だよ…本当に…
「朝一でしじみ買ってきて味噌汁作ったから、落ち着いたら食べてくれよな」
「…ありがとう…ほんとたすかる…お風呂入ってきたら食べさせてもらうね…」
よろよろと風呂場へ向かおうとすると、春名はぎゅっと抱き着いてきた。
「…臭いよ?」
「まあ確かに」
「うっ…」
お酒臭いだけじゃなくて、飲み会特有のタバコやらなんやらの臭い…自分でも臭いんだもん。
シーツにも移っちゃってるよなぁ…なんて思っていたら。
「ははっ、風呂入ってる間に、シーツも洗っておくよ。あ、風呂は沸かしてあるぜ」
…顔に出てたろうか。
気遣いNO LIMIT………なんちゃって。
あーーーなんかもう、色々恥ずかしい。年上とは。女子力とは。
でも、甘やかしてくれるのは……正直、とても嬉しくて…頬が緩んでしまう。
お風呂から上がると、春名はちょうどシーツを干し終わったところだった。
エプロン姿が眩しい。
「ちょっとは落ち着いた?」
「うん」
「じゃ、味噌汁あっためるよ」
「お願いします」
そう言って甲斐甲斐しく私の世話をしてくれる様子は、さながら新妻だ。
立場逆転にもほどがあるが、適材適所…ということにしておこう。うん。
「そういえば、前にもアサリのお味噌汁作ってくれたよねー事務所で」
「ん?ああ、覚えててくれたんだな」
「…アサリとシジミって、何が違うんだろ?」
「オレもそう思ってさ、買った時に魚屋のおっちゃんに聞いてみたんだよ。そしたら、生息地域が違うから、砂抜きの時の水の塩分濃度を変えなきゃいけないんだぞ、って教えてくれた」
「へー」
「アサリは海水、シジミは淡水か、海水が薄めのところにいるんだってさ。だから、シジミは薄めの塩水で砂抜きするんだって。おかげで、1つ賢くなったぜ!」
そう言って笑う春名は、なんとも頼もしい。
勉強は苦手だけれど、こういうことはどんどん吸収していくんだよなぁ…
勉強に関しては、苦手意識が勝ちすぎてるのかも。
そんな春名を眺めながらテーブルに座ってお水を飲んでいると、春名は温めたお味噌汁を出してくれた。
「ほい。お代わりもあるぜ」
「ありがとう」
お味噌汁のいい匂いがする。
ゆっくりと飲むと、じんわりと優しさが体にしみこんで広がっていく気がする。
ありがとう、春名としじみ。
「おいしい…」
「へへ、よかった」
素直な感想を述べると、春名は嬉しそうにふにゃりと笑った。
今でこそ、恋人という関係ではあるけれど…
春名がうちに来るようになったのは、最初はそんな甘い理由ではなかった。
私は元から家事全般が苦手で、その上仕事が忙しすぎて、この家は酷い有り様だった。
そんな時、数々のバイトに勤しむ春名が、得意ではないにしろ、一通り家事ができることを知り、バイト代わりに家事をやってくれないか…と持ちかけたのがはじまり。
年下の学生、しかも担当アイドルに、自分の弱み…と言うよりむしろ負の部分…それを晒すのはどうかとも思ったけど。
春名の負担を減らしたいという気持ちはあったし、何より本当に家の状態がひどくて、藁にもすがる気持ちが強かった。
そして…いい年した社会人、さらには女としても酷い状態をさらけ出してたのにも関わらず、春名が私のことが好きだと言い出した時には、びっくりしたけれど。
家事をしてくれて、気付けば私のこともすっかり甘やかしてくれていた春名の言葉に、私は頷く以外の選択肢を持っていなかった。
今は、アイドルとしても軌道に乗り、バイトはしなくて済むようになったからと言われ、お金は渡してはいないけれど、こうしてうちにやってきては、家事をしてくれている。
かかる食費なんかは、もちろん私持ちだし、たまに高級なお取り寄せをしたりして、1人じゃ食べきれないから、と理由をつけて家に持ち帰らせたりして、私なりにお返しはしている、つもり…
そんなことを思い返しながら、洗い物をしてくれている背中を眺めていたら、なんだかいろんな感情が湧いてきて…
その勢いでぼすっと抱き着くと、春名は流していた水を止めた。
「ダメな大人でごめんねえ…ほんとありがとう」
ぐりぐりと頭を押し付けると、ふっと春名が笑ったのがわかった。
そんな春名は手を拭いて、ぐるりとこちらに向き直った。
「全然!なまえさんはダメな大人なんかじゃないよ」
「…二日酔いでこんな状態でも?」
「それだって、仕事なんだろ?」
「まあそうだけど…」
「それに、甘えてくれるの嬉しいし。オレだけだってわかってるから、余計に」
そんな風に笑われたら、何も言えなくなってしまう。
春名に甘やかされるのは、私だって嬉しいし、大好きだ。
「あー早く大人になりてーな。そしたら、なまえさんがこんな無茶な飲み方しないように見張れるのに」
「はは…ありがと」
そうは言っても、アイドル抜きで、関係者だけの飲み会が多いからなぁ。
…なんて、つまんないことは口に出さない。
気持ちが嬉しいのだから。
「とりあえず、いつでも迎えに行けるように、車の免許とりたいな」
「それは有難いけど…免許とるためのペーパーテスト、結構難しいからね…?」
「うっ…そうなのか…」
「まずは卒業、ね」
「…はい」
大げさにしょんぼりと肩を落とす春名が可愛くて笑っていると、じわり、と春名の目の色が変わった。
腕を引かれ、身体がぴったりとくっついて、鼻先すらくっつきそうな距離まで近づく。
「な、キスしていい?」
「まだ私、お酒臭いと思うんだけど…」
「いいよ。今から酒の練習、ってことで」
「なにそれ」
くすくすと笑うと、春名は遠慮なく私の顎を引いて、唇を重ねた。
「なんとなくだけど、春名はお酒強そうだよね」
「そうなのか?うちの母ちゃんは強いみたいだけど」
「じゃあ強いかも。いつかHigh×Jokerのみんなとも、飲める日が来るんだねー楽しみ」
「シキが飲めるようになるまでは、みんなで飲むのは待っててやんねーと、拗ねそうだよな」
「ふふ、確かに」
そんな雑談をしながらも、春名はついばむようにキスを繰り返す。
くすぐったくって身をよじると、春名の唇が首筋に移動した。
…春名の言わんとすることはわかる、けど。
「…っ…いま、そんな元気、ない…ん…だけどっ…!」
「…ダメ?」
「まだしんどい…ごめん」
「そっか、残念」
春名はぱっと離れると、さっきまでの艶っぽさを引っ込めて明るく笑った。
…申し訳ないけど、春名の攻めに耐える気力は、今はない。
こうして、スイッチが入りきる前であれば退いてくれるけれど、スイッチが入ってしまうと、私の意識が飛ぶまで解放してもらえないから…ちょっと、今は無理です。
「代わりに…じゃないけど。今度のお休みは、春名のために使うね。やりたいこと考えておいて」
「わ、マジ?やったぜ!」
なにしよう、なんて楽しそうに笑う顔は、まだまだ子供だ。
そんな子に寄りかかってしまうのは、申し訳ない気持ちもあるけど…もう私は、春名なしでは生きていけなくなってしまったから。
前に冗談めかしてそう伝えたら「そうなってくれるように頑張ったもん、オレ」なんて言われてしまったので…
最後まで責任をとってもらう覚悟を決めたのだ。
「今日は夜まで居る?」
「あー…母ちゃん夜勤だから、朝まで居たいんだけど…いい?」
「ん、わかった。じゃあ夕飯はどっか行こうか」
「オレ、なまえさんのご飯が食べたい」
「えー…美味しいもの食べようよー…」
「オレも手伝うからさー。家の方がいっぱいくっついていられるし。な?」
「…しょうがないなぁ、もー」
私は料理だって得意じゃないのに…こんな風に言われたら、頑張るしかないじゃないか。
…真面目に練習しようかなぁ…せめて、料理くらいは…!
そんな小さな誓いを胸に秘め、今日のお礼のドーナツは何にしよう、なんてことも考えながら、私は買い物に出かける準備を始めるのだった――