最強大天才のお気に入り



とある休日。
漣が街を歩いていると、知っている声に呼び止められた。

「漣っちー!こんなところで何してるっすか?」
「こんにちは、牙崎さん」

漣を呼び止めたのは、同じ事務所に所属している伊瀬谷四季だった。
その隣には、同じく神楽麗も居た。
対照的な2人だが、違うユニットにも関わらず、よく漣に絡んでくる2人だった。

「アァ?オレ様の勝手だろうが」
「あ、もしかして、例のタイヤキ屋さんに行く途中っすか?最近お気に入りのお店があるって、道流っちに聞いたっすよ!」

漣の物言いを気にすることなく、四季は漣に賑やかに問いかけた。
その言葉に「らーめん屋、余計なこと言いやがって」と漣は眉根を寄せる。

「そんなお店があるのだな」
「漣っちがお気に入りのお店ってことは、きっとメガ美味しいんっすよね!オレたちも連れて行って欲しいっす!」
「イヤだ」
「えー!!なんでっすか!!」
「チッ、うるせーな」

そう言うと、2人を置いて漣は駆けだした。

「あっ、漣っちーー!!」

後ろから抗議の声が聞こえるが、漣は無視してその場を去った。
あっという間に見えなくなる漣の姿に、四季はがっくりと肩を落とした。

「…漣っちに本気出されたら、追いつけるわけないっす…!」
「内緒にしておきたいのだろうか…よっぽど気に入っているのだな」
「うー、残念っす…こうなったら、2人で漣っちのお気に入りのお店に負けないくらい、ハイパー美味しいお店見つけるっすよ、麗っち!」
「…ああ」

リベンジと言わんばかりに意気込む四季に、麗は苦笑しながら、2人は漣が走っていた方向とは逆向きに歩き出した。


×××


「ったく、めんどくせーヤツらだぜ…」

走って2人を撒いた漣は、そのまま住宅街の片隅にある店にやってきた。
時代を感じさせるこじんまりとした店。
そこで店番をしていた女性は、漣に気付くとぱっと明るく笑った。

「漣くん!今日も来てくれたんだね」
「たまたまヒマだったからな」
「ふふ、来てくれてありがとう」

この店こそ、漣のお気に入りのタイヤキ屋だった。
店番をしている女性…なまえの祖父が細々とやっており、漣が行くと、店にいるのはなまえだけのことが多かった。

漣は最近、自分でタイヤキを買う時は、いつもこの店に訪れていた。
店頭で買ってそのまま帰る日もあれば、小さな店の中で食べていく日もある。
今日は、面倒だがプロデューサーに呼び出されていたので、買って帰るつもりだった。

なまえは事務所のメンバー以外で、漣の不遜な態度を気に留めない稀有な存在だ。
何かを口うるさく言われることもなければ、キャーキャーと騒がれることもない。
おまけにタイヤキも美味しいので、自覚はないが、漣はなまえのことを気に入っていた。

そんななまえは、店に入る様子のない漣を見て「今日はお持ち帰りなんだな」と判断し、店の中から漣に声をかけた。

「今日はどれにする?」
「いつもの」
「はーい、焼きたてだから気をつけてね」

なまえは手際よくタイヤキを袋に詰めて、漣に手渡す。
漣は受け取ると同時に1つ目を咥えて、なまえにじゃらりと代金を手渡した。

「まいどどーも!ねえねえ、漣くん。もし時間があったら、明日も来てくれないかな?」
「ハァ?なんでだよ」
「えーっと…漣くんにスペシャルなものを用意しようと思ってて!」
「今じゃダメなのかよ?…別に、来てやってもいいけどよ」

もぐもぐ、とタイヤキを頬張りながら漣が了承すると、なまえは嬉しそうに笑った。

「わーありがとう!今はまだ用意できてないし、明日じゃなきゃダメなんだ!お手間かけさせちゃうけど、よろしくね」
「フン、わざわざ来てやるんだからな、最強大天才のオレ様にふさわしいミツギモノを用意しておきやがれ!」
「ふふ、任せてー!」


×××


そして次の日。
漣が店に現れると、なまえはテンション高く店に招き入れた。

「あっ、漣くんきてくれた!よかったー入って入って!」
「オレ様がわざわざ来てやったことに感謝しろよ!」
「うん、わざわざありがとうね、忙しいのに」

連絡先を知らないどころか、時間の約束もしていなかったので、なまえは少し不安になりながら漣を待っていたのだった。
けれど、約束通り漣が来てくれたので、なまえは嬉々として漣をテーブルに通してお茶を出した。

「…というわけで。誕生日おめでとう、漣くん!」
「ハァ?」
「……え、あれ、今日が誕生日じゃなかった…?」

漣が訝しげに返すと、なまえはおろおろと視線を彷徨わせた。

「そうじゃねーよ、オレ様の誕生日は今日だ」
「なんだ、よかった。ずっとお祝いしたいなって思ってて…」
「くはは!オマエ、わかってんじゃねーか!」

なまえはほっと息をつくと、店の奥からトレーに乗せた何かを取り出してきた。
漣が上機嫌でそちらに目を向けると、なまえは言葉を続ける。

「あ、漣くんの誕生日はね、この前漣くんのこと調べたから知ってるんだよ。漣くんがアイドルでよかったー。えっと、それでね。色々考えたんだけど…やっぱり、私にしか出来ないことしたかったから…」

なまえはニッと笑って、トレーに被っていた布を得意げにめくった。

「じゃじゃーん!漣くんのためのタイヤキ祭りだよ!もちろん今日はお代は必要ないからね!この辺りは、冷やした方が美味しいやつで…チョコバナナとか、りんごとか入ってるよ。甘いのが多いかな。熱い方が美味しいのは今から作るね!」

変わり種の1つ1つの味を説明し終わると、なまえは腕まくりをしてタイヤキを焼く台の前に立ち、生地を流し始めた。

「ツナコーン、ハムエッグ、焼きそば、ジャーマンポテト、エビチリ、カレー…とか、色々用意してみたんだけど…漣くん、好き嫌いある?何がいい?」
「オレ様に好き嫌いなんかねーし!全部寄越せ!」
「やったー、用意した甲斐があるなあ!じゃあ、全部作るね!!」

ちゃんと実験はしてみたし、意外なやつも、案外いけるから安心してねーと説明しながら、なまえは手際よくタイヤキを作っていく。
そんななまえを見ながら、漣は予め用意されていたタイヤキを堪能しつつ、なまえに話しかけた。

「…いっつもこんなことしてんのかァ?」
「え?こんなこと…って、お祝いのこと?ううん、常連の漣くんだけの特別だよ!他のお客さんにはナイショね」
「オレ様だけの特別ってか!くはは!ユーシューな下僕だぜェ!!」
「ふふ、気に入ってくれたなら嬉しいなあ。これからも、うちのお店をよろしくね」
「フン、しかたねェなァ?これからもオレ様を満足させろよ!」
「うん、もちろん!」

振り返ってニコリと笑うなまえに、漣はよくわからない感情が湧きあがってくる。
何故だか、頬が熱い。
わからないが…少なくとも不快なものではないようだ、と漣はとりあえずそれを放っておくことにして、用意されていた分の最後のタイヤキを口に放り込んだ。




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