戯れ



「申し訳ありませんが、当店閉店のお時間でして…」

そう店員が告げる。
目の前には酔いつぶれたプロデューサー。
…さて、どうしたもんかね。

雨彦は片肘をついて、短く息を吐いた。

○○○

ユニットでの仕事をつつがなく済ませた後、Legendersのプロデューサーであるなまえが「みんなでご飯に行きませんか?」と3人に声をかけた。
雨彦は珍しく掃除屋の仕事がなかったのでその誘いに乗ったが、想楽は大学のレポートがある、クリスは明日早朝から海に行くから、と言って帰っていったので、なまえと雨彦は2人で酒を飲むことになった。

それ自体は初めてのことではなく、何度か一緒に酒を飲んだ時のなまえは、顔を赤くさせ、多少饒舌になる程度の酔い方しかしていなかった。
しかし、今日は「このお酒初めて見た!頼んでみよう」と頼んだ酒がまずかったらしい。
「すっきりして飲みやすーい!」と言って飲み進めた十数分後には、べろべろに酔っぱらったなまえが雨彦の目の前に居た。

「わーこれおいしーですよぉ!雨彦さんもどぉぞ!」
「…お前さん、もしかして酔ってるか?」
「酔ってなーい!!」

わかっていて雨彦は確認したが、酔っ払いの常套句そのままで返されて、苦笑せざるを得なかった。

「お前さん、こんな酔い方するタイプだったのか」
「うぇーへへーそれほどでもぉ?」
「…とりあえずほら、水飲んどきな」
「えぇーさっきのお酒もっと飲みたぁい」
「あー…なくなったらしいから、これで我慢しな」
「ぶーぶー」

そうは言いながらも、なまえは素直に水を飲み、目の前のつまみをつまんでいく。
いつもの雨彦に対する敬語は崩れ、なぜかはわからないが、とても楽しそうだ。

「あめひこしゃんはぁ、どうしてそんなにかっこいーんですかぁー?」
「…それはお前さんが、俺のことを好きだからじゃないのかい?」
「なるほどぉ、たしかにぃ」

呂律のまわらない口調で、唐突な質問をぶつけるなまえ。
雨彦は動じることもなく、酔っ払いの戯言だろうと軽く受け流す。
それでもなまえは、ケラケラと笑いながら楽しそうに続けた。

「わたしぃ、あめひこしゃんのこと、だぁいすきですよぉ」
「…そいつはどーも」

とろんとした顔で言われるが、こんな酔っ払い相手では色気もへったくれもない。
雨彦は見たことのない酔い方だが、単に今まで見たことがなかっただけなのだろうか…
だとしたら、これからは気をつけないとな…と考えている間も、なまえは楽しそうにうふふーと笑っている。

かと思うと、突然正面から机に身を乗り出して、唇を尖らせて「あめひこしゃん、ちゅー」なんて言い出した。
それを手で制して、押し戻す。

「しらふの時に言うなら、考えてやる」
「えーあめひこしゃんがいぢわるするー…」

泣いたり怒ったり、愚痴を延々と吐き出したり、もしくは体調を崩すタイプの酔っ払いよりはマシかもしれないが…これはこれで厄介だ。
雨彦は、少しでも早く酔いを醒まさせようと、なまえに水を勧めるが「もう飲めにゃーい」と断られてしまった。

そしてしばらくすると、なまえは船を漕ぎだし、今に至る――

○○○

「お前さん、店を出るぞ」
「う…うぅー?」

会計を済ませ、酔っぱらったままのなまえを抱えて、雨彦は店を出た。
さて、この酔っ払いをどうやって帰したもんかね…と思案する。
タクシーで送り届けるにしても、家の場所を知らないのだ。

「お前さん、家の住所言えるか?」
「んー…○×県△◇市ぃ…」
「…それは実家のだな?」

遠く離れた地の住所を言われ、ふっと笑ってしまった。
しょうがない、家に連れて帰るか。と、雨彦はなまえを抱え直した。

それからタクシーを捕まえ、自宅へ着いても、なまえは夢うつつのままだった。
しかたないので、きちんと断りを入れてから上着を脱がせ、ボタンを最低限緩めてやり、寝床を譲って寝かせた。

「んふふー…」
「明日起きたら、いったいどんな顔をするのかねぇ」

未だ上機嫌のなまえに苦笑する。
自分より年下だが、そんなことは気にならないほど、雨彦はなまえをプロデューサーとして信頼していた。
なにせ、自分含め、クセ者ばかりの315プロダクションの面々の手綱を握っているのだ。
…その信頼は、今日の姿を見た程度で揺らぐことはないが。

「これからは、もうちょっと甘やかしてやろうか」

年下の女子であることを、多少は意識してもいいのかもしれない、と雨彦はなまえの頭をぽんと撫で、乱れた髪を整えてやった。

「だが…その場合は、こんな無防備な姿、俺以外の前で晒させないぜ?」

…なんてな、と小さく付け足して、雨彦は部屋の明かりを消し、自分も床に就いたのだった――




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