君と紡いでいく夢



ある昼下がり。
自宅で仕事に追われていたなまえのスマホが震えた。

(担当さんかな……あ、違う、想楽くんだ!)

忙しい恋人からのメッセージに嬉しくなって、作業を中断してスマホに向き合うなまえ。

『今家にいるー?いるなら行ってもいいー?』

(やった!「大丈夫だよ」…っと!)

そうなまえが返すと、すぐに『じゃああと30分くらいで行くからー』と返ってきた。
なまえは、お気に入りのキャラクターが嬉しそうに踊っているスタンプを返し、できるだけ進めておこう!と作業に戻った。


そして宣言通り、30分ほどでインターホンが鳴った。
パタパタと玄関に向かうと、笑顔でドアを開くなまえ。

「想楽くん!久しぶり!」
「久しぶりー。お邪魔しますー。あ、これお土産だよー」
「わあ、ありがとうー!」

お土産のケーキの箱をなまえに手渡すと、勝手知ったる、といった風に想楽はなまえの部屋に入った。
すると、開かれたままのパソコンが想楽の目に留まる。

「…もしかして、仕事中だったー?」
「うん、明後日締切で」
「えっ、だったら断ってくれてよかったのにー」
「だって、久しぶりに想楽くんに会えるのに、断るなんてもったいないもん!」
「…そっかー」

なまえは、想楽と同じ大学に通いながら、小説家をしている。
高校の頃にデビューしたものの、学業と執筆業を両立しているため、まだ発売されている本は少ないが、デビュー作からファンの多い作家だった。
想楽ももちろん読んでいて、なまえの描く優しい世界のファンの一人だ。

「それに、あと少しで書きあがるから…想楽くんと休憩して、充電タイムってことで!」
「そういうことなら、お供しますよー、なまえ先生」
「あはは、ありがとう!お茶淹れるね」
「いいよ、僕がやるからー。なまえは休んでてー」
「え、お客様なのに」
「いいからいいからー」

なまえの家だが、何度も来ているし、自分の来訪を喜んでくれるなまえを甘やかしたい、という気持ちが勝って、想楽はなまえを制してやかんに水を入れ始めた。

「それじゃ、お言葉に甘えて…お願いします!」
「ケーキは今食べるー?」
「食べるー!」

元気に答えるなまえに笑みをもらして、想楽はケーキを取り分けるのだった。



向き合ってケーキとお茶を楽しみながら、2人は近況報告をし合う。
想楽は大学生とアイドル、なまえは大学生と小説家としてそれぞれ忙しいため、普通の大学生カップルのように過ごすことが出来ない分、会えた時にはこうして2人きりの時間を大切に過ごしていた。

「なまえは、今はどんな小説を書いてるのー?」
「ええとね、中高生の女の子向けの、異世界転生ラブコメだよ」
「…どういうことー?」

普段あまり嗜まないジャンルを言われ、想楽が首をかしげると、なまえは指をぴっと立てて説明をはじめた。

「異世界転生、はわかる?」
「まあ、一応ー。今の流行だよね」
「うん、そう。私が書こうとしてるものの王道パターンは、まず主人公であるヒロインは現代社会で地味に暮らしていたんだけど、なんらかの形で死んじゃう、または謎の光に包まれます。そして次に目覚めたら異世界…女の子向けも、だいたい洋風ファンタジーな世界な事が多いかな。ヒロインはそういう世界に、現代社会の姿のまま行ったり、生まれ変わったりして、そこで生きていくことになるのね」

うん、と想楽が相槌を打つとなまえは続けた。

「その世界でヒロインは、現代の知識を生かしたり、チートな能力を開花させたりして過ごしていくの。男性向けだと世界を救う流れになることが多いけど…女の子向けだと、手に職をつけつつ、イケメンに溺愛されちゃう感じのお話になるのです」
「…随分と、都合がいい話だねー」
「あはは、時代のニーズってやつだね。みんな、日常生活に疲れてるんじゃないかな…それで、変身願望だったり、愛されたいって気持ちがあるんだろうねー…変身願望で言えば、アイドル界に飛び込んだ想楽くんだって、近いものがあるんじゃない?」
「んー、まあ、そうかもねー…未知なるはー異世界だけに、あらずかなー」

するりと想楽がととのえると、なまえはお茶を飲んでいた手を止めて、パチパチと手を叩く。
そんな雑談をしていると、あっという間にケーキもお茶も空っぽになっていた。
なまえは「ごちそうさまでした!」と手を揃えて言うと、時計を見た。

「お茶もケーキも美味しかった!ありがとう、想楽くん」
「どういたしましてー」
「…せっかく来てくれたのに、申し訳ないんだけど…仕事に戻っても大丈夫かな」
「うんー。僕も勝手に過ごさせてもらうねー」
「もちろん!どうぞどうぞ!」

そう言うと、早速パソコンに向き合うなまえ。
それが気に食わない…なんて言うほど、子供ではないから、想楽は大人しく自分の課題をこなしたり、持ってきた台本に目を通したりして過ごした。



そしてそのまま2時間ほど経つと、なまえが「終わった!」と声をあげた。

「お疲れ様ー」
「ふふ、想楽くんが来てくれたから、いつもより早く書けたかも!」
「それは何よりだねー」
「あとはこれを送って…っと、よし、これで担当さんの返事待ち!」

んーーっと背を伸ばすなまえを労うため、想楽は再びキッチンに向かう。

「もうケーキはないけど、お茶淹れるねー」
「ありがと!」

自分用にはシンプルな紅茶を、なまえ用にはなまえ好みのミルクたっぷりな紅茶を淹れると、想楽は再びなまえと向かい合って座る。
そしてお茶を飲みながら、想楽はなまえと出会ったばかりの頃を思い出した。

――その頃の想楽は、今よりずっと、斜に構えていて。
大学で知り合ったなまえが、同じ学生という身分ながら小説家をやっていると知り、同時に担当編集から出されたテーマや、依頼のあった内容で小説を書いている、ということ聞き、つい「他人から言われたものを書いてて、楽しいのー?」なんて、余計なひと言を言ってしまったのだった。

言ってから「しまった」と思ったものの、気を悪くすることもなく、なまえは「私の原点って、弟と妹に頼まれて、語ってたお話でね」と話し始めた。

「うち、両親が共働きで、歳の離れた弟たちを寝かしつけるのは私の役目で…最初は、家にあった絵本を読み聞かせてたんだけど、2人ともすぐに飽きちゃって。しょうがないから、その場で即興で話を作って話してたんだけど、2人ともあーして、こーして、ってリクエストが激しくて。それに応えてたら、話は支離滅裂だし、ありえない展開だらけになっていったんだけど、弟も妹もすっごく喜んでくれて。それが私も嬉しくて…」

自分の嫌味をものともせず、キラキラと輝く瞳でそう語るなまえに、想楽は釘付けになった。

「だから私は、オーダーをもらって書くのは全然苦じゃないんだ。むしろ、その中で最大限、面白いものを書こう!って燃えちゃって、楽しいよ」

そう笑いかけてきたなまえに、その時は「ふーん」とそっけなく返した想楽だったが、内心では、自分の了見の狭さを恥じていたのだった。

そして、その会話をきっかけに、想楽はなまえのことを目で追うようになり、なまえの作品に触れて…なまえのことをもっと知りたいと思って――
気づけば想楽となまえは、恋人になっていた。



「そういえばね、私、最近新しい夢が出来たんだー」
「へえ、どんなー?」
「私の書いた本が実写化してもらえることになったら、主役を想楽くんにやってもらう夢!」
「…!」

そう笑うなまえに、想楽は目を丸くした。
実は、アイドルになろうと思った一因に、なまえの影響もあったのだ。
同い年で、恋人で…そんななまえが、ありのままの自分で、前を向いて生きていること。
それが、眩しくて…なまえに恥じない自分になりたいと思っていた。

そのなまえが、こんな風に言ってくれる日が来るなんて…
そして、2人の夢が交じり合う日が来るかもしれないなんて…そう思うと、柄にもなく胸が熱くなる。

「そんなチャンスが来たら…その時は、想楽くんを指名させてもらうから、よろしくね!」
「うんー。そうなれるように、お互い頑張らなきゃねー」
「うん!」
「…でも、なまえが書く小説って、恋愛ものが多くなかったっけー?」
「うっ…!……恋愛ものじゃない時に、お願いする…!」

唇と尖らせるなまえを笑いながら、想楽は「…やっぱり、敵わないなー」と呟いた。
なまえが「え?」と聞き返すのと同時に、なまえのスマホが鳴った。
「ごめんね」と言うなまえに「どうぞ」と想楽は返し、それ以上の追及がされないことに、ひっそりと胸を撫で下ろした。


「――はい、お疲れ様です!読んでいただけたんですね、ありがとうございます!」

どうやら電話の相手は、なまえの担当編集のようだ。
なまえはパソコンの前に戻って、先ほど送ったらしいファイルをスクロールしていく。

「はい…1つ、修正…はい、はい……え、ロマンティック、ですか?…でも、大人すぎない感じ、ですか…う、ううーん…わかりました、やってみます…はい…そこだけ、ですね。わかりました…はい、それでは」

通話を終えると、なまえは「うぅ〜〜〜ん」と唸って椅子をくるくると回転させた。

「どうしたのー?」
「1つ修正が入って…他はいいらしいんだけど…その、キスシーンが、さっぱりしすぎ、って言われちゃって…中高生向けだから、そんなにしっかり書くべきじゃないと思ってたんだけどなぁ…第一、そういう描写って…難しいし…」
「ふーん…」

あくまでラブコメであって、ティーンズラブじゃないし…ロマンティックってなんだろう…と悩むなまえを見て、少し考えた想楽は…良いことを思いついた、と笑った。

「…じゃあ、実際にしてみればいいんじゃないー?」
「え?」
「ちょうどいい相手が、目の前にいるでしょー?」
「え、え…」

想楽の言わんとすることに気付いたなまえは、少し考え込む。
有難い申し出ではあるが…それを書くことに生かせる自信が、あまりないのだ。
でも、1人で考え込むよりは…と、悩んでいた顔を想楽に向ける。

「…いいの?」
「なまえが他の人とするよりは全然いいかなー」
「ほっ、他の人となんてしないよ!?」
「ふふっ、じゃあほらー」

想楽は立ち上がり、なまえの手を引いてなまえのことも立たせた。
キスをするのは初めてではないのに、体を硬くするなまえに、ふっと想楽は笑う。
そのまま顔を近づけると、顔を赤くしながらも、目を開け続けようとするなまえに想楽は気付いた。

「…目、開けたままするのー?珍しいねー」

いつもすぐに閉じちゃうのに、と想楽が問いかけると、視線を外しながら、もごもごとなまえは返した。

「……せっかく、想楽くんが協力してくれるんだから、ちゃんと、見ておかなくちゃと思って」
「ふふっ、そっかー。じゃあ、はじめようかー」

……そうは言ったものの。
想楽の顔が近づき、一度唇が触れた途端、なまえはきつく目を閉じてしまった。

「あれー、目を開けて見ておくんじゃなかったのー?」
「や、やっぱり無理!!」
「ふぅん…でも、視覚が塞がれる分、触覚が研ぎ澄まされていいかもねー?」
「そんなこと言われたら、変に意識しちゃうよ…!!」
「ふふっ、してくれた方が嬉しいなー」

想楽はなまえを試すように、ゆっくりとなまえの頬に手を滑らせ、反対の手で腰を抱いた。
目を閉じているせいで、いつ唇が触れるかわからないなまえは、想楽の吐息が顔にかかる度にぎゅっと唇を結ぶ。
その様子が面白くて、想楽は焦らすように唇以外にキスを繰り返した。

「…物足りないー?」
「そ、そんなことないよ!?」
「そうー?」

くすくすと笑いながら、想楽がやっと唇に触れると、なまえの手がきゅっと想楽の服を掴んだ。
それが可愛くて、想楽はゆっくりと角度を変えながら、啄むようにキスが繰り返す。
なまえの頬に添えられていた想楽の手は、なまえの後頭部に移動していて、逃がさないと言わんばかりだった。

触れるだけのキスの次に、想楽はなまえの上唇を食んで、離して、わざと音を立てるようなキスを繰り返した。

キスをするのは初めてではないとは言え、こんなに長くしたことはないし、途中までは小説の参考のために、と神経を研ぎ澄ませていたなまえはすっかり真っ赤に茹で上がっていた。

「…耳も首も真っ赤になってるよー?」
「…い、言わなくていいから…!」
「そうー?主観だけじゃ足りないかなーと思ったんだけどー」
「う…」
「ふふっ、可愛い顔ー。目も潤んでるよー?」

小説の参考のためという口実で、想楽はなまえの様子を伝え続けようとしたが、なまえに「もういいから!」と言葉を遮られた。
そんななまえの様子を笑いながら、想楽は再びなまえとの距離を詰めて囁く。

「じゃあ次はー…唇、開けてー?」
「そ、そこまでのは書かないから!!大丈夫です!!!」
「そうなのー?…じゃあこの先は、なまえ先生の仕事のためのキスじゃなくて…なまえとのプライベートなキスってことでー。それでも嫌ー?」
「っ!!」

そんな風に言われて、断れるわけないじゃん…と文句めいた言葉を言いながらも、おずおずと薄く口を開くなまえに、想楽は笑って「素直な子は好きだよー」と言って、なまえの呼吸を奪った。



「…ごちそうさまー。どうー?書けそうー?」
「……書ける、わけがないよっ…!」
「あれー?じゃあもう1回するー?」

息を上げて、くたりと座り込んでしまったなまえを見下ろしてニコニコと笑う想楽を、心の中で「ドSめー!」と責めながら、ぶんぶんと首を振るなまえ。

「け、結構です…!」
「つれないなー。というか、別に初めてってわけじゃないのに、なまえはいつまで経っても慣れないねー」
「…好きな人とのキスに、ドキドキしないわけないでしょ…!」

心臓が破裂しそうと言わんばかりに自分の胸元を握りしめ、真っ赤な顔に潤んだ目、しかも上目遣いで言うなまえに、想楽はというと。

「……やっぱり、もう1回」
「えっ、ちょ…」
「なまえが可愛いのがいけないんだよー」
「んんーーーっ!!?」



――そして翌朝。

「…できた」
「書けたなら見せてー?」
「やだ!!!今回のは絶対見ないで!!」
「…なまえのペンネーム知ってるんだから、無理な話だけどねー?」
「やーめーてー!!」

「それより恥ずかしいこと、したと思うけどなー?」と囁く想楽に「想楽くんのドS!スケベ!へんたいっ!!」と真っ赤になってクッションを投げつけるなまえ。
それを「小説家にあるまじき語彙力だねー」と躱しながら、想楽は楽しそうに笑うのだった。




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