夢かうつつか



今日は私の27歳の誕生日。
そして同時に、年貢の納め時、だ。

25歳までに自力で結婚できなかったら、地元に戻り、婿を取り、家業を継ぐこと。
それが、幼いころから私に課せられてきた約束だった。

あーだこーだと理由をつけて、2年間の延長は認められたものの、それも今日で終わり。
誕生日の夜に、こうして家で1人飲んだくれているんだから、結果はお察し、というやつである。

「――あ」

飲んでたチューハイの缶が空になっちゃったから次のを出そうと視線を上げると、つけっぱなしだったTVに幼馴染である桜庭薫が映っていた。

薫は、小さいころからお医者さんを目指していて、それを実現させたのに、突然アイドルになった。
最初に知った時は「あんな性格の薫がアイドル!?」と、まさに青天の霹靂というやつで…
本人にも「なんで!?」と聞いたけど「金のためだ」とさらりと返された。
…伊達に二十数年間幼馴染をやってきていないので『薫がお金でしたいこと』の察しはついたから「そっか」としか返せなかったんだけど…
最初は同じユニットの2人に文句を言いまくっていた薫も、なんだかんだうまくやっていて、歌はもちろん、CMやらグラビアやらで引っ張りだこの人気アイドルになっていっている。

「…くそぅ、イケメンめー…」

愛想はないけど、顔はいいし、歌も上手い。
そして負けず嫌いの努力家だから、ダンスとかも頑張ってるんだと思う。
今もこうして、TVの中でトーク番組に出て、若い女の子たちにキャーキャー言われてる。

「…私と結婚の約束してたのに、アイドルになんかになっちゃってさー…」

プシュッと次のビールを開けて、私は100%八つ当たりな言葉を零した。


家業を継ぐことが嫌だった私は、一方的に「お互いに25歳までに結婚してなかったら結婚しよう!」なんて薫に言っていた。
最初はただの軽口だったけど…それはそのうち、素直になれない私なりの、精一杯の告白になっていった。
…薫が頷いてくれたことなんて、一度もなかったけど。

最後に言ったのは…大学を卒業するあたりだったかな…
これが最後、と思って言った台詞は、いつも通り冷やかに流されてしまった。
薫にとって「またか」程度だったのは、仕方ないことなんだけど。

――そうして初恋をこじらせたままここまで来てしまった私は、こうして一人寂しく誕生日を迎えているのである。



…こんな日だからだろうか、すごくセンチメンタルな気分だ。

せっかく、今の仕事に慣れて、楽しくなってきたところなのに。
こっちで友達と呼べる人もできた。
けど、私はもう、地元に戻らなきゃいけない。
……薫の出る番組、あっちでも見れるのかなー…

「薫に会いたいなぁ…」

薫がアイドルになってから、薫と会える機会はぐんと減った。
それまでは、たまにご飯に行ったり、お互いの実家から届いたものをおすそ分けしたり…なんてしてたけど。
薫はそれまでにも増して忙しくなったし、私の方も、アイドルに軽い気持ちで会いに行ったり、連絡をとったりしてはいけないんだろうな、と思って遠慮してしまって…
この前会ったのは、数ヵ月前、だっけな…

…いっそ、思いっきり振られてればよかったのかな。
そしたら、恋心は断ち切られて、次に目を向けられていたのかもしれない。
でも、そうしたらきっと、薫との縁も切れてしまっていただろう。
そんなの、嫌だった。

……でももう、それも終わりだ。
私は親の決めた相手と結婚して、家を継ぐ。
薫はトップアイドルになって、私のことなんか忘れて、若くて可愛い子と電撃結婚とかしちゃうに違いない。きっとそうだ。
そうして、私たちの歩く道は、どんどん遠ざかって行くんだ。

「ううううー…そんなのやだよー…」

アルコールのせいか、情緒が不安定だ。涙が止まらない。
でも、次の缶を開ける手も止まらない。
お酒に溺れてしまえば、辛い現実から少しの間は逃げられるはずだから。
そう思って、さっきより強いお酒を胃に流し込んだ。

「はっぴばーすでーとぅーみーー」

さっきまで泣いてたくせに、自暴自棄になって1人で歌ってケラケラと笑っていると、真夜中だというのにインターホンが鳴った。

「こんな時間に何よぉ…」

お隣さんからの苦情とか?ごめんなさい、今日だけは許して…んー寝たふりしようかなぁ…
…とりあえず、誰なのかの確認だけでもしとこ…

「あれー…薫ぅ…?」

幻覚かなー…そこまで酔うほど飲んだっけ…
ふわふわしながら、玄関を開けると、本物らしき薫が居た。

「あれー…本物だ…」

さっきのTVの時とは、服装も、表情も違うけど。
アイドルらしからぬ、すごいしかめっ面。

「酒臭い」
「飲んでたから、当たり前ですぅー売れっ子アイドルの薫さまはぁ、こんな時間に何のご用ですかぁ?」
「自分でも、こんな時間に非常識だとは思ったが…しばらくまとまった時間がとれないんだ」
「ふーん?」

へらりと返すと、薫は部屋に入ってきた。
「アイドルって大変だねえ」と言って、迎え入れてはみたものの、なんの用事だろう。

「そんなに急ぎの用事ぃ〜?電車なくなっちゃった〜?」

イマイチまわりきらない頭で、薫っぽい理由を探してみるけど…明日の現場がうちからの方が近いのかな〜?
当の本人は、私の飲み散らかした空き缶を見つけて、さらに眉を寄せた。

「なんだこれは」
「うるさいなー1人で飲みたい時もあるんですよぉーだ」
「…こんな酔っ払いに言うのか、僕は」
「なんだよぉー文句言うなら帰りなさいよー」

ぼそりと呟いた後、はあ、とため息をつく薫。

「…君も、今日で27歳だろう」
「そーだけど、なによぉーお説教なら勘弁なんだから!」
「…君が君の親と交わした約束は知っている。だが、今の僕に君と結婚している余裕なんてない。だから…予約をしにきた」
「はぁ〜?」

薫の言うことはまどろっこしくて、何言いたいのか、わかんない。
…何言ってんだこいつ、という顔に出てたんだろうか。
薫は、またため息をついた。幸せが逃げちゃうぞ〜?

「実家から…君のご両親が、急いでいると聞いた……約束と言っていたのは、君だろう」
「んんー?」

…なんだろう、夢かな?
薫が、私に都合のいい話をしている気がする。
…そっかぁ、夢なら、いっかぁ。

「じゃあ、私と結婚してくれるってことぉ?」
「…すぐにではないが」
「あは、やったぁ、じゃあ私はここにまだ居ていいんだー?」
「ああ」
「薫のことが好きって言っても、薫は逃げないんだ〜」
「……そういうことは、もっと早く言え」
「ふふ、私ねぇ、ずぅーーっと薫のこと、しゅきだったんらぁ…」

夢なら、くっついてもいいかなーあはは。
おお、この薫はくっついても嫌がらないぞぉ?
いつも態度は冷たいくせに、あったかいなー

…わ。「誕生日おめでとう」だって!
ありがとーうれしーー!
薫が祝ってくれるなら、うれしーよ!

そうだ、どーせならちゅーしてもいいかなー?ふふふ。
……あーこのまま、醒めないで…


***


――翌日。

目覚めると、なんでか全く覚えがないが、薫が私の隣で寝ていた。
…しかも、なんとあの薫に抱きしめられている。

な、なんで!?
私何やらかしたの!?寂しさのあまり、酔った勢いで連絡しちゃったとか?!
……ふ、服は着てる…身体に違和感は…多少あるけど、これはお酒のせいだよね!?
薫がそんなことするとも思えないしね!?

パニックになるけど、薫の貴重な寝顔を至近距離で見れていること、そして薫から離れるのが惜しくて、なんとか声は出さずに脳をフル回転させた。
……とりあえず、1人でぐずぐず泣いてた以降のことは思い出せないので、薫が起きたら土下座だな、うん。
すごく良い夢を見ていた気はするんだけど…

…それにしても、かっこいいなぁもう!
過程は覚えてないけれど、グッジョブ記憶がない間の自分!



そして。
薫が目を覚ましたので、土下座で「何をしたか覚えてませんがごめんなさい!」と謝ると、冷たい声で「今から実家に電話をかけろ」と言われた。
意味が分からないけど今の薫に逆らってはいけない、と幼馴染の勘が言うので、言われた通り電話をかけたら、お母さんが出た。

お互いよくわからないまま話していると、目の前にカンペを出され、薫にそれを読みあげるように言われたので、その通りにする。

「『私、薫と結婚することになったから、婿はいらないです』……えっ!?そうなの!!?」
「代われ」

え?え??
私は何を言わされたんだ??

私が混乱してる間に、薫は私からスマホを奪い「申し訳ありません、こんな急に…近いうちに、御挨拶に伺いますので…はい」とかなんとか言って、通話を切った。

「みっちり説教をしてやりたいところだが…僕はこれから仕事がある。とりあえず…明日の夜は酒を飲まずに待ってろ、いいな」
「は、はい…」

薫の勢いに気圧されて、こくこくと頷いてしまったけれど…ほんと、どういう状況なの、これ…
何したんだ、昨日の私…

明日の夜までに、少しでも記憶を取り戻せるといいけど…
朝の薫の行動を読み解こうとしても…どうにも私に都合がよすぎて、信じられないし。
私は夢を見てるんだろうか。



………とりあえず、ガラガラと足元に転がる空き缶は現実らしい。
片付けよ…




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