「毎回思うんだけどさー…これ、私要る?」
とある戦の最中、真田軍の軍師であるなまえは頬杖をついて、隣に居た佐助に愚痴った。
彼らの主である真田幸村は、なまえの立てた策を忘れ、先陣を切って、敵軍を切り拓いている真っ最中である。
「大将にも悪気があるわけじゃないからさ」
「悪気があったら泣くわ…」
なまえは、仕えていた主君がこの戦国の世に耐え切れず自害し、無職になってしまったところ、運よく武田信玄に拾われ、幸村付きの軍師となった。
…そう。軍師にはなったものの。
幸村はなまえの立てた作戦を忘れて突っ走ることがほとんどで、その度に謝りはするものの、改善が見られないのが現状である。
今のところ、戦には勝てているものの…「私の立場って?」というのがなまえの目下の悩みだ。
「まあまあ。貰ってるお給金分くらいは頑張ってよ」
「それはもちろんだけどさー…頑張って考えた策がこうも無視されちゃうと…心折れちゃう…」
「あはは、まあそろそろ慣れてきたでしょ?」
「慣れたくはなかったなー…」
(まあ。あの人の下で働く限り、無関係な人間や、力を持たない民を無差別に殺す必要がないのは、とても幸せなことなのだけれど)
と、なまえは叫びながら戦場を駆け巡る幸村を見つめた。
「なんだかんだ言って、大将の動き方も全部計算に含めてるクセに、なまえちゃんって素直じゃないよね」
「…佐助にそれは言われたくないかなー」
「えーなんでー?」
とぼける佐助をジト目で睨むなまえ。
「ごめんごめん、冗談だって。なまえちゃんが来てくれたから、俺様もすっごい助かってるし!大将も楽しそうだよ!」
「楽しそうって…それ、軍師じゃなくてよくない…?」
「まあまあ…で、なまえちゃん。どうする?」
「…ん、そろそろお願いしようかな。いつも通り、よろしく、佐助」
「はいはいっと!」
…自分にはない、綺麗な魂を持った幸村には見せたくないものが、この世界にはたくさんあるから。
なまえはすっと目を細めて、佐助の後姿を見送った。
佐助となまえで、幸村の進む真っ直ぐな道の周りの雑草を刈り取る。
2人ははっきりとお互いの意思を確認しあったわけではないが…想いは同じだろうと、信じ合っていた。
以前の主のように、心の弱い人ではないけれど…同じように優しい人だから。
触れなくていい闇には、出来るだけ触れないで居てほしい。
これからもずっと、幸村様に前だけを向いて走っていて欲しい。
それが、私の道しるべでもあるのだから。
「さて。私もお仕事お仕事…」
そう言って立ち上がると、なまえは背後に迫る気配に向かって言った。
「主不在の本陣を狙うなんて、楽しいですか?まあ、私でよければお相手しますけど」
敵の気配に動じることなく、淡々となまえは続ける。
「私、あまり自分の戦っているところを、幸村様に見せたくないんですよ。破廉恥とか言われちゃうし。なので、みなさん、さくっと私の養分になっちゃってください」
そして胸元をくつろげ、その胸元にある痣を一撫ですると「さ、ご飯の時間だよ」と呟いた。
するとそこから、昏い蛇のような影が伸び、音もなく敵を飲み込んでいく。
持って生まれた力とは言え、眩しくてまっすぐな幸村様に、こんな昏い影見せたくないんですよねー。
そう息をついたなまえの周りからは、あっという間に敵の気配が消えた。
「ふう。さて、幸村様は…うん、あっちも終わったみたい」
帰ってくる幸村様を、何事もなく迎えることも仕事の一つと、なまえは襟元を直した。
周りを見回しても…幸村が出陣していった時と変わらない風景がそこにあった。
「…まずはいつも通り、私の策を無視したお説教からだけど」
口調は不満に満ちているものの、なまえは幸村を迎えるため、とっておいた団子を取り出し、お茶の準備をはじめるのだった――