待てば海路の日和あり?



外に一歩出れば、さんさんとした日差しが身を刺すような、夏の日。
315プロダクションの事務員であるなまえは、アイドルたちの予定が書かれたホワイトボードを確認した。

(今日はLegendersが、事務所で打ち合わせ、その後そのまま撮影に移動…)

そこで表情が緩みそうになる自分に気づき、ぐっとこらえて眉に力を入れ、なまえは硬い表情で作業に戻ったのだった。


そして、しばらくすると、Legendersのメンバーがバラバラと集まり始めた。
最初に来たのは、想楽だった。

「おはようー、なまえさん」
「おはようございます」
「ふーん…」

なまえの姿を見るなり、意味ありげな視線を送ってくる想楽。

「な、なんですか」
「んー?別にー?」

その視線に心当たりはあるものの、それに触れて欲しくなくて、想楽に刺々しく返すなまえ。
しかし、想楽は気にする風でもなく、なまえの言葉を流したのだった。
想楽の言外の視線に、なまえが居心地の悪さを感じていると、2人目のメンバーがやってきた。

「おはよう」
「雨彦さんー、おはよー」
「…おはようございます、雨彦さん」
「ああ…今日も頑張ってるな」

想楽と同く、なまえを見た雨彦が、すれ違いざまにぽすり、となまえの頭を撫でる。

「そうだねー健気だよねーなまえさんはー」

そんな雨彦に、想楽が楽しげに続く。

「…なんなんですか!2人して!!」

そうは言うものの、自覚のあるなまえは、真っ赤になって自分がつけているバレッタを隠した。

「お前さんの態度、わかりやすすぎると思うんだがな」
「髪飾りー言の葉よりも、雄弁にー」
「うっ、うるさいです〜〜!!」

ニヤニヤと笑う2人になまえがムキになって返していると、3人目の声が事務所に響いた。

「おはようございます!」

その声になまえの身が跳ねる。
そのあまりにもバレバレな様子に、ますます2人の笑いは深くなっていくばかりだ。

「はは、噂をすれば」
「おはようー、クリスさん」
「おはようございます、雨彦、想楽!それに、みょうじさんも!」

外の暑さを感じさせない清々しい挨拶をしてくるクリスに、なまえもなんとか平静を装いながら挨拶を返す。

「お、おはよう、ございます…って、クリスさんまた髪にワカメつけてる…!今日は撮影があるんですから、ちゃんとしてください!」
「おや、気付きませんでした。みょうじさんは、私のことをよく見てくれているのですね」

ワカメを髪につけていてもなお綺麗な顔で、にこりと笑うクリスに、真っ赤になるなまえ。

「ち、違います!!こんなの、誰だって気づきますから…!」
「おや!?そういうみょうじさんの髪には、可愛らしい貝の飾りが…!ホタテ貝と…マヒトデがモチーフでしょうか?とてもお似合いですよ!ふふ、海のものをつけているなんて、私とお揃いですね!」

マイペースに一気に捲し立てるクリスに、なまえは誤魔化すように言葉を返した。

「べ、別にそういうつもりじゃ…!!」

2人のやりとりにぶふっ!と吹き出した想楽を、なまえは思いきり睨みつけた。
雨彦も楽しそうに笑っている。

「2人とも、なんだか楽しそうですね。何かあったのでしょうか?」
「えー、それ聞いちゃうー?」
「ふ、実はな…」
「うわああああ!!!あーあーあー!!もう時間ですよ!!ほら、さっさと準備してください!!」

2人を遮るようになまえが叫ぶと、その挙動不審な様子に、クリスは首をかしげた。

「どうしたんですか、みょうじさん。まだそれほど慌てる時間でもないかと…」
「ク、クリスさんは、そのままの髪じゃ撮影に行けないでしょう?!早くシャワー浴びないと!」
「なるほど、それはそうですね。急いで流してきます」

クリスは納得した様子で、シャワー室へと向かって行った。
残されたなまえは、かなり強引だったが、話が逸らせたことにほっと胸を撫で下ろした。
そして、バレッタにクリスが気付いてくれたことが嬉しくて、そっとバレッタを触れる。

「…素直じゃないねー」
「古論も罪な男だな。ここまでわかりやすいのに」
「ほっといて下さい!!」

真っ赤になって可愛らしく眉を吊り上げるなまえに、2人は笑って今日はここまでにしておこう、と引き下がった。


ここ最近、なまえの事務所の机には、少しずつ海関連のグッズが増えていた。
それを、クリスは海の同志!と喜んでいるが、なまえが好きなのは海…というわけではなく。

(素直に言えたら、苦労なんてしませんよ…!)

クリスを目で追うようになってからと言うもの、気付けば魚や貝のモチーフのものを買ってしまうようになり、今では事務所の机だけでなく、家中が海関連のグッズで溢れている。
でも、グッズと気持ちが積み重なっていったところで、クリスへ告白する勇気など、出るはずもなく…
イルカでも、クラゲでも、魚でも、貝でも…なまえにとって、海に関わるものは全て、クリスに繋がるもの。
季節柄多く出回っている海関連のグッズだけが、目に見えて増えていくばかりだった。


はあ、と深いため息をつくなまえを、横目で見ていた雨彦と想楽の2人は、こっそりと会話を交わした。

「なまえさんもだけど、クリスさんも大概だよねー。クリスさんだって、絶対なまえさんのこと好きでしょー」
「まあ、こういうことは外野が口を出すことでもないだろうさ」
「…知らぬは当人たちばかりなりー、ってねー。面白いけどさー、僕、そのうち勢いで言っちゃいそうだよー」

「その時はその時、さ」と言いながら、楽しげに笑う雨彦。
想楽は「溢るるはー、どちらが先かー、物と情ー」と、なまえの机を見て呆れつつ、さらりと一句ととのえたのだった。




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