dolcemente



「翔太〜〜〜〜!!それ、私のプリンじゃん!!」
「あっ、見つかちゃった!」
「こらーーーー!!!」

夏のとある昼下り。
315プロには珍しい、女子の怒鳴り声が響き渡った。

「痛い痛い!!ギブだって、なまえさん!ごめんってば!」
「プリンの恨み思い知れーーー!!」
「ぎゃーーー!!」

事務員であるなまえのプリンを食べてしまった翔太は、なまえにヘッドロックをかけられていた。
バンバンとなまえの腕を叩いてギブアップの意思を表すも、なまえの怒りは収まらず、ぎゅうぎゅうと腕を締めつける。
そんな様子を、事務所に帰ってきて早々に目撃した北斗は、苦笑してなまえに声をかけた。

「なまえさん」
「ん?…あ、北斗くん」
「翔太がすみません。これ、買ってきたので、どうぞ。プリンの代わりにはならないかもしれませんが…」
「あっ、それ!有名店のマカロンじゃん!」

北斗が掲げた紙袋に、目ざとく反応する翔太。
それに毒気を抜かれて、なまえは腕を緩め、翔太を開放した。
なまえの腕から抜け出した翔太が、我先にとマカロンの袋を覗こうとすると、北斗がたしなめた。

「こら、なまえさんが先だよ」
「ちぇー」
「なまえさん、お先にどうぞ」

レディーファーストです☆とウィンクつきで、北斗はなまえにマカロンの箱を差し出した。



――男兄弟に囲まれ、男勝りに育ってきたなまえにとって、この315プロダクションは居心地が良いバイト先だった。
もちろん、自分の兄弟たちに比べて、315プロの男性陣は紳士だし、気を遣ってくれるが、同性に囲まれると変に気を遣ってしまうなまえにとっては、有難い環境だった。

しかし、この伊集院北斗という人間は、少し苦手だった。
女扱いされることに不慣れななまえにとっては、その対応がこそばゆくて仕方なく、無駄にそわそわする…という、可愛らしい問題だったが。

例えばこうやって、スイーツを買ってきてくれた上に、事務員であるなまえに真っ先に選ばせてくれたり。
(実家ではありえない。弱肉強食なのだから)
細かな作業も「丁寧ですね」と褒めてくれたり。
体調が悪い時に、真っ先に気付いて心配してくれたり。
髪を少しだけ切った時も、新しい服を着てきた時も、真っ先に気付いて「可愛いですね」と言ってくれたり。
夜遅くなると、遠回りになるのにわざわざ家まで送ってくれたり…
とにかく、枚挙にいとまがないほど、北斗はなまえを甘やかしてくるので、なまえはその度、照れたり、恐縮したり、喜んだり、と北斗に振り回されていたのだった――



その北斗から差し出された箱を見て(マカロンって「THE 女子!」って感じで、あんまり食べたことないんだよなー…)となまえが戸惑っていると、北斗は「オススメは季節限定の…このマンゴー味のです」と勧めた。
特に反論もないので「じゃあそれで…」となまえが北斗の提案を受け入れると、北斗は「ふふ、俺のオススメを選んでくれて嬉しいです」と笑った。

その笑顔にどう反応したらわからず、なまえは曖昧な笑いを浮かべると、北斗から視線を逸らして、急いでマカロンを手に取った。

「い、いただきます」

そう言って、なまえはおずおずとオレンジ色をしたマカロンを口に放り込んだ。
パリっとした外側の生地の中に、ふんわりとした中身を感じ、噛むたびにマンゴーの香りと味がしっかりと口の中に広がる。

「美味しい…」

思わず出た感嘆の言葉に、北斗は嬉しそうに微笑んだ。

「なまえさんに気に入ってもらえてよかったです。よければ、もう1つどうぞ」
「いやいや、みんなの分を減らしたら悪いので…これで十分です。ありがとうございます、ごちそうさまでした」
「ねえねえ北斗君、僕にもちょうだーい」
「はいはい」

翔太が割り込んできたことに感謝をしつつ、なまえは軽く頭を下げて仕事に戻った。


****


「北斗君ってさ」
「ん?」
「ホントなまえさんのこと好きだよねー。本人にはイマイチ伝わってないっぽいけど」

北斗と翔太が会議室に移動して2人きりでいると、翔太がそう口を開いた。
そんなにバレバレだったかな?と、北斗は苦笑する。

「あはは…まあ気長にやっていくよ」
「そんな悠長にしてていいのー?なまえさんはさー…」

2人がそんな会話をしていると、ガチャリと扉が開いた。
入ってきたのは冬馬だった。

「悪ィ、遅くなった!…って、2人で何の話してんだ?」
「うーん、冬馬君にはまだ早い話かなー」
「はぁっ!?なんだよそれ!なんで翔太にそんなこと言われなきゃなんねーんだよ!」
「だって、冬馬君、僕よりよっぽどお子ちゃまだと思うよ。女心の話だもん」
「ぐっ…!?」

年下の翔太に言われ、反論する気満々だったものの、内容を聞いて反論ができるわけもなく、言葉に詰まった冬馬の様子を北斗は笑った。
そして、翔太に向き直り、会話の続きを返した。

「俺の言動に戸惑ったり、慌てたり…そんななまえさんも魅力的だから、もう少しこのままでいたいんだよ」
「…よくわかんねーけど、悪趣味だな」
「北斗君も好きな子は案外いじめたいタイプなのー?」
「そういうわけじゃないんだけど…今はまだ、俺の手の中にいるよりも、自由に飛び回るなまえさんを見ていたい…という感じかな。翔太とじゃれあってるなまえさんや、冬馬とゲームで白熱してるなまえさんだって、とても可愛らしいからね」

そのセリフに、冬馬は理解不能、翔太はわかるような、わからないような…と言った感じで北斗を見やる。
そしてようやくプロデューサーがやってきたので、Jupiterにしては珍しい内容の男子トークは、そこで終了した。


****


2人から離れてしばらく集中して作業していたなまえだったが、ふとまだ口の中に残っていた甘さに気付き、はあ、となまえは息をついた。

(美味しかったけど…すごくあまーい…まるで誰かさんみたい………なーんて、少女漫画じゃあるまいし)

なまえはそう自嘲して、そんなの自分には似合わない、と頭を振った。
多くの“エンジェルちゃん”を愛する北斗にとってはきっと普通のことで、ましてや、アイドル相手にプロレス技をかけてしまうような自分が、特別なわけがないのだから。

勘違いしちゃ、いけない。
自分の中に何かモヤモヤしたものがあることも事実だが、それがなんなのはわからないまま、なまえは残る甘さを消すため、コーヒーを淹れに席を立ったのだった。




Main TOPへ

サイトTOPへ