夢と胃袋は大きく欲張りに!



「なまえさん!」
「はい?…柏木さんでしたか。何かご用でしょうか?」

事務所内を歩いていたところを呼び止められた、この315プロダクションの事務員であるなまえ。
ゆるりと振り向くと、声の主である翼が、緊張した面持ちで立っていた。
なまえがこてん、と首をかしげて翼を見ると、翼は勢いよく口を開いた。

「あの!この間のお礼に今度、一緒にご飯に行きませんか!」
「…この間の…?あ、もしかして、忘れ物を届けた時のでしょうか」
「そうです!」
「そんな、大したことではないので、気になさらなくても…」

なまえは一瞬何のことだったかわからなかったが、そういえば…と、この間翼の忘れ物をスタジオまで届けに行ったことを思い出した。
けれど、事務所からそう遠くなく、重たいものでもなかったし、事務員として当然のことをしたまでで。
それに、翼がいつもなまえのことを気遣ったり、手伝ってくれることに比べたら、些細なことですし…となまえが遠慮しようとすると、翼は食って掛かるかのように被せてきた。

「それじゃ、オレの気が済まないんです!だから…!」
「……そこまで仰っていただけるなら…お言葉に甘えさせていただきますね」

翼の勢いに押されて、そしてそれがなんだか可愛くて、ふんわりとなまえが笑って返すと、翼はぱぁあっと表情を輝かせる。
まるで大型犬が喜びで大きな尻尾を振っているみたい…なんて思ったら失礼かしら、となまえは翼を見て思うのだった。

「やったー!!…そうだ、なまえさん、好きな食べ物ってなんですか?」
「ええと…」

なまえが好物をいくつか伝えると、うんうん、と真剣に翼は頷いた。

「…あと、その。大食いって、どう思いますか…?」

上目遣いで、おそるおそるなまえの出方を探るような様子の翼に、なまえは(桜庭さんに食生活を注意されたりしたのかしら)と苦笑した。

ライブの打ち上げ等で見ていると、翼に限らず、315プロの面々の食欲には、度々驚かされる。
小食ななまえからすると、信じられない量があっという間になくなっていくのだ。
その様子は、驚きと、爽快感があり…それを思い出しながら、なまえは翼に微笑みかけた。

「柏木さんの食べっぷりは、見ていて気持ちがいいので、好きですよ」
「…ホントですか!?」
「はい、本当です。私は、すぐにお腹いっぱいになってしまうので…ちょっぴり羨ましいです。柏木さんみたいに美味しそうに、しかもたくさん食べてくださると、作ってる人もすごく嬉しいだろうし、作りがいもあると思います。もちろん、暴飲暴食で健康を害するようなことがなければ、ですけど」

最後に釘を刺しつつも、なまえがそう言うと、翼は嬉しそうに頬を染めるのだった。

ふと時計を見ると、そろそろ翼は事務所を出なくてはいけない時間だったはず、ということになまえは気付いた。

「そろそろ、レッスンに向かわなくて大丈夫ですか?」
「えっ、あっ、ホントだ!」

名残惜しそうだったが、慌てて荷物をまとめていく翼。

「それじゃあ、いってきます!」
「いってらっしゃい。怪我に気をつけて、頑張ってくださいね」
「はい!!!ご飯のこと、また連絡しますから!」

そう言うとぶんぶんと手を振り、翼は元気よく事務所を出ていった。
その様子にふふっと笑みを漏らすと、なまえもまた、仕事に戻ったのだった。


****


――DRAMATIC STARSのレッスン終了後。

「輝さん、薫さん!!ファミレス行きましょう!!」
「お、おう、いいけどよ」
「今日は柏木が暑苦しいな…」

異様なほど前のめりな翼に引きずられるように、輝と薫はいつものファミレスにやってきた。
…が。

「………いつもより、だいぶ多くないか…?」

注文を聞きに来たウェイトレスさんが思わず「…ええと、あとから何名様かいらっしゃる予定でしょうか?」と聞き返したほど多くの料理が、次々とテーブルの上に置かれていく。
それを端から、すごい勢いで平らげていく翼。
その様子を見ているうちに、輝も薫も自分の箸が止まってしまっていた。

食べながらも、興奮気味にレッスン前の出来事を2人に話した翼は、ご機嫌で箸を進めていった。

「なまえさんが!オレの食べっぷりを好きって!!」
「…ものには限度と言うものがあるだろう!!」

それまで勢いに圧倒されていた薫が、ようやくツッコミを入れる。

「翼の大食いっぷりには、慣れてきたつもりだったのに…見てるだけで胃が重くなってきた…」
「今日ばかりは僕も同意見だ…」

2人は自分の胃を押さえながら、目の前の翼を見た。

「別に『柏木のことが好き』ではなく『食べっぷりが』と言っていただけだろう」
「いいんです、今はそれでも!!」

薫の鋭い言葉を気にすることもなく、翼の勢いは止まらず、もう何皿目かわからない料理に手を付けた。

「嬉しいなーー!!!オレ、いつかなまえさんが作ってくれたご飯を、お腹いーーっぱい食べるのが夢なんです!!」
「…みょうじさんを腱鞘炎にさせるつもりか。いや過労か」
「…今日はほんと、珍しく気があうな。俺もそう思う…」

2人の呆れもなんのその。
翼はいつもよりもかなり多くの料理を平らげ、満足気に帰路へとついて行った――


「なまえさんとのご飯、楽しみだなー!!」




Main TOPへ

サイトTOPへ