月が照らす2人の帰り道



「ふう〜…終わったぁ〜〜…」

気付けばこんな時間かぁ…もちろん外は真っ暗だ。
企画書も出来上がったし、今日はもう帰らないと。
作っていた企画書がちゃんと保存されたのを確認してから、私はノートパソコンを閉じて大きく伸びをした。
――すると、1人だと思っていたのに、後ろから明るい声がかけられた。

「お疲れさま、プロデューサーちゃん!」
「へっ!?ま、舞田さん!朝早かったのに、なんでこんな遅くに…ていうか、現場から直帰だったんじゃ」

驚いて振り返ると、舞田さんがにっこり笑って立っていた。
彼らのプロデュースをしているのは私だから、スケジュールは把握している。
他ユニットの仕事と、別件の打ち合わせがあったから、私は付いて行かなかったけれど、今日のS.E.Mは早朝から夕方まで、みっちり撮影が入っていたはずだ。
それに、今日の現場から帰るなら、事務所は逆方向だし…

「“こんな遅く”だからだよ、なまえちゃん。きっとまだ残ってると思ったからね」
「ちょ、事務所では…」

実は舞田さん…類は、私の恋人でもある。
付き合っていることを隠してはいないけれど、仕事とプライベートの分別をつけるため、事務所の中や仕事中は、お互いに名前で呼ばないことにしているのに。

「Don't Worry!みんな帰っちゃったよ!」
「ダメです。私はそんなに器用じゃないので、事務所ではこちらで行かせていただきます」
「真面目だなぁ、なまえちゃんは。そんななまえちゃんも大好きだけどね♪」
「…それはどうも」

…きっぱりと返す可愛げのない私を好きだという類の笑顔に、心は揺れるけれど。
私は不器用だから、こういうのはきっちりしておかなきゃ。



「お仕事は終わったんだよね?もう帰るかい?」
「はい」
「じゃ、let's go home together!!」

類の誘いに頷き、戸締まりをして事務所のビルを出ると、さも当然のように手を差し出された。
事務所を出たとは言え、目の前なんだけど…と迷いつつも、私がその手をとると、類は満足そうに笑って歩き出した。

「なまえちゃん、dinnerは食べた?」
「え。あー…すっかり忘れてた」
「I knew it!そう思って、俺もまだ食べてないから、帰って一緒に食べよう!」
「ごめん…」
「俺がなまえちゃんと一緒に食べたいだけだから、気にしないで!」

そう言う類に言葉を返す前に、私のお腹の虫が「ぐぅ」と返事をした。
ばっちり聞こえていたらしい類があはっ、と笑う。
は、恥ずかしい……

「うう…ところで、冷蔵庫にまだ何か入ってたっけ…コンビニで何か買っていく?」
「週末に作って冷凍してくれてた、煮物と梅しそのつくね、あとご飯もまだ食べきってないよ。今日の分はあると思うな☆」
「そうだったっけ。じゃあそれ食べよ。汁物だけ、ぱぱっと作るね」
「Yeah,thanks♪」


角を曲がって、路地から拓けた道に出ると、目の前に大きなお月様が見えた。
真っ白で、見事にまんまるな満月だ。

「わぁ、月が綺麗だね…」
「ふふ、I love you too!!」
「え?……あ、あぁ!今のはそういう意味じゃなくて、ただの景色への感想で…って私も好きだけど、そうじゃなくて…」
「あはは!」

突然の類の返しを理解するのに、一瞬間があいてしまった。
その上、しどろもどろになって返すと、類は楽しそうに声を上げた。
ううー…私も修行が足りないな…

類は、そんな私の様子が面白いのか、ご機嫌な様子で繋いだ手を振りながら鼻歌を歌い出した。
この間カバーした、DRAMATIC STARSの曲らしい。
…月夜だから、かな?

「楽しそうだね」
「ふふっ、なまえちゃんと一緒の帰り道は楽しいよ!家でなまえちゃんの帰りを待つのも嫌いじゃないし、なまえちゃんが先に帰ってて俺を迎えてくれるのも好きだけど、やっぱり一緒が一番!」
「そっか…うん、私もそうかも」

そう言って笑いかけると、類も笑って、繋いだ手にきゅっと力がこもる。
私もそっと握り返すと、視線もあわさって、2人で顔を見合わせて笑った。


…それにしても、本当に綺麗なお月様だなぁ。
涼しくなってきて、空気も澄んできている気がするからか、よりはっきり見える感じというか。

そんなことを考えながら歩いてると、類が噛み締めるように話し出した。

「…俺、本当にidolになってよかったな。Idolの仕事はvery excitingだし、何より、こうしてなまえちゃんに出会うことができたんだから!」
「私も、類がアイドルを目指してくれてよかったな…硲さんに、感謝しなくっちゃね」
「Precisely!」

私の言葉にうんうん、と頷いたものの、少し間をあけて「あーいやでも」と言った感じで、類は顎に手を置いた。

「…Ah,although,idolにならなくても、きっと俺たちは出会ってたと思うな!」
「えー、アイドルのプロデューサーと高校の先生の接点って、なかなかなくない?」

仕事で関わる機会なんてまずないし、プライベートでっていうと…私はどちらかと言うとインドア派だし、行動範囲が類と重ならないんだよね。
合コン…も、行ったことがないし。
でも共通の友人か…そうだなぁ、類はとにかく交友関係が広いから、探せばいるかも?

「だって、なまえちゃんはmy destinyだからね☆絶対に、どこかで出会ってたよ!」

そう言う類は、ステージの上にいる時と同じくらい、キラキラと瞳を輝かせていた。
…私の心はとっくに類のものなのに、おかしいな。
また奪われてしまったみたい。
顔に熱が集まる。
私、嬉しくて、変な顔してそう。

「…うん、そうだね。そうだと嬉しいなぁ」
「ねえ、なまえちゃん」
「んー?」
「これからもずーっと!末永く!俺のことをヨロシクね!もちろん、俺もなまえちゃんのこと、幸せにするからネ!大好きだよ!」


特別なことがあったわけじゃない。
だけど類と一緒にいられるだけで、類が私の事を好きだって言ってくれるだけで、すごくすごく幸せ。
そんな、月が輝く夜の、2人きりの帰り道だった――




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