「なまえ、痛くない?」
「うん、大丈夫だよ」
事務所で作業中の私の髪を慎重にいじるのは、咲ちゃん。
なんでも、試してみたい髪型があるそうなんだけど、自分自身でする前に全体のイメージを掴みたいから試させて、とお願いをされた。
やらなきゃいけない仕事がある以外には、断る理由もないので、作業しながらでよければ…と言うと「もちろんだよ!ありがっとー!」と嬉しそうに咲ちゃんは笑って――今に至る。
「なまえの髪、アレンジしやすいね!」
「そう、かな…?」
頭は出来るだけ動かさないように、目線だけを動かして、カタカタとこの前のイベントの時のアンケートを集計する。
…うん、満足度は高かったみたいでよかった。
「うちの事務所、髪の毛のいじりがいがありそうな人、多いよね」
「そうそう!しょうまとけい、クリスはやりがいがあるし、協力的なんだよ〜!実際に、何回かいじらせてもらってるし…逆に、れんは全然させてくれないの!綺麗な髪なのに〜!」
「…そうだね、漣くんは、嫌がりそうだね」
翔真さんはともかく、圭さんは寝てる間に勝手にやっているような…と思わないでもないけど。
漣くんも寝てる時を狙えば…でも、怒るだろうしなぁ。
咲ちゃんの言葉に相槌を打ちながら、手元のアンケートと、PC上のデータを見比べる。
…ええと、この項目は…うん、これでよし、と。
「なまえは、誰にどんな髪型をしてほしい、っていうの、ある?」
「えー…そうだなぁ」
あんまり、男の人の髪型のパターンを知らないけど…
…ずっと思ってたのは。
「…プロデューサーさんの、色んな髪型見てみたいんだよね」
「うんうん、わかる!プロデューサーも、綺麗な髪してるよね!」
「そうだよねー羨ましい」
アイドルのみなさんは、お仕事で色んな髪型をすることもあって、ぱっとは思いつかないけど…
プロデューサーさんは、ずっとあの髪型だから、想像の余地があるというか。
…さらさらで羨ましくて、あわよくば、いじってみたいなぁ…なんて思ってずっと見てたのだ。
「プロデューサーは、どんな髪型が似合うかな〜?」
「うーん…オールバックは…ざっくりめだったらアリかな?緩く巻いてみたり…は、ちょっと違うかなぁ?」
「プロデューサーならありかも」
「…そうだね、プロデューサーさん、雰囲気が柔らかいから…」
そんな風に話しながらも、咲ちゃんは「んー」と考えながら、私の髪を結んだり、ほどいたり、編み込んでみたり。
なんだか色々されているけれど、完成形はどんなのなんだろう?
「あとは、なんだろう…アフロとかレゲエとかは…ギャグっぽくなっちゃうし」
「あはは、でも案外レゲエとかも似合っちゃうかもよー?」
「えー」
でもさすがに、レゲエでお仕事するのはどうなんだろう…芸能系なら大丈夫だったりするのかなぁ。
うーん、あと男性の髪型ってどんなのがあるっけ?
そんなに尖ってない、普通のやつ…
「…あとはパーマをかけて、アシメでセットしたり?あんまり短いのは想像つかないけど…思い切ってツーブロックとかも、見てみたいなぁ。よければ、実際に髪いじりながら、試させてもらいたいなぁ…なんて…」
「――だってよ、プロデューサー!」
「ふふ、いいですよ」
「えっ!?」
その声に驚いて顔を上げると、そこにはプロデューサーさんが居た。
咲ちゃんと2人で話していたはずなのに、本人がいたなんて…!
ど、どこから聞かれてたんだろう…いたたまれない…!!
「おっかえりー!プロデューサー!」
「お、おかえりなさい…」
「はい、ただいま戻りました」
にっこりと笑う、いつも通りのプロデューサーさんだ。
…別に、悪いことをしていたわけじゃないのに、とっても居心地が悪い。
「プロデューサーは、ずっとその髪型なの?」
「ええ、ここ数年は…そろそろ切りに行かないと、と思ってはいるんですけど、最近時間がとれなくて…」
「忙しいもんね、プロデューサー」
咲ちゃんとプロデューサーさんの会話に入れなくて、私は必死に目の前のアンケートに集中することにした。
つい言ってしまったけれど、まさか本人に聞かれるなんて…!
うう、呆れられちゃったかな…
しばらくすると、咲ちゃんが時計を見上げてハッとなった。
「いっけない!もうレッスンに行かないと!髪の毛いじらせてくれてありがっとー、なまえ!」
咲ちゃんはバタバタと道具を片付けると「がんばってね☆」と私の耳元で囁きウィンクをして、慌ただしく事務所を出ていった。
さ、咲ちゃん〜!
こんな状態で一人にしないで〜〜…
「い、いってらっしゃいー…」
「気をつけてくださいね」
うう、気まずいよぉ…
小さくなって作業を進めていると、プロデューサーさんから声をかけられた。
「…みょうじさんは」
「は、はい!」
「髪の短い僕も、見てみたいですか?」
「えっ、は……はい…」
「ふふ、そうですか。それじゃあ今度は、少し冒険してみてもいいかもしれませんね」
そう言って、プロデューサーさんは楽しげに笑っている。
え、えぇ…?
「いっそ、みょうじさんに切ってもらうのもいいかもしれません」
「や、そ、それはちょっと…失敗したら、大変ですし…!」
「そうですか?失敗しても髪は伸びますし、気にしませんよ」
「わ、私が気にするのでダメです!」
「そうなんですか。じゃあ、切るとはいかずとも、みょうじさんが好きなようにアレンジしてくださっても大丈夫ですよ」
そ、そんな、緊張して、無理です…!
私が両手と首をぶんぶん振って拒否すると、プロデューサーさんはまた楽しげに笑うのだった。
…もしかして、からかわれてる?
「………プロデューサーさん、私で遊んでませんか?」
「滅相もないです。ただ純粋に、みょうじさんの願いを叶えられるのであれば、と思ってるだけですよ」
そう言って、余裕たっぷりで笑うプロデューサーさん。
絶対、からかわれてるもん…!
そのあと、プロデューサーさん宛に電話がかかってきて、この話は終わったけれど。
プロデューサーさんに近づくのは、覚悟がいることだと思い知ったのでした――