おわりとはじまり



「…終わっちゃったなー…」

私は、自分の机にくたりと突っ伏した。
教室の正面にある校庭から、歓声が上がった。
窓の外が明るくなった…後夜祭のキャンプファイヤー、はじまったみたい。


――今日は、うちの高校…城南第一高校の文化祭だった。
うちのクラスの出し物は『眠れる森の美女』の劇。
配役を男女逆転させたり、いばらの代わりに王子様にふりかかる難題の数々にネタが散りばめたりと、喜劇っぽく仕上げた結果、文化祭の全体投票では第3位と、なかなかの結果で幕を閉じることができた。

私の担当は、劇中の音楽係。
事前に脚本にあわせてBGMやSEを用意して、当日タイミングよく流すという、裏方のお仕事だった。
初めてのことだらけで大変だったけれど、すごく楽しくできた。


…楽しかったのは、冬美くんのおかげだ。
冬美くんは、クラスメイトで、アイドルで……私の、好きな人。
そんな冬美くんは、文化祭当日はアイドルとしての仕事があるから、クラスの出し物には参加できなかったけれど…
音楽に詳しいし、お仕事で演技もやっているから、と事前にBGMやSEを決めるのを手伝ってもらったのだった。

劇が終わってから観に行った、冬美くんたちのバンド、High×Jokerのライブは…すっごく、よかった。
冬美くんたちはまだ駆け出しのアイドルだけど、文化祭にいつもより多くのお客さんが来ていたのは、確実にHigh×Jokerのおかげだと思う。
もちろん、ライブもとても盛り上がっていた。

…だけど、同時に。
一緒に文化祭の準備をしていた冬美くんは、本当はすっごく遠い人なんだなぁ…って思ってしまって、胸が締め付けられて、ライブが終わるのと同時に、逃げるように教室に来てしまった。
後夜祭に参加する気には、なれなかった。


イベントごとは、準備の時が一番楽しい…って言う人がいるけれど。
今回の文化祭は、私にとって本当にそう言える文化祭だった。
始まってしまえば、あっという間に終わってしまって…何かが抜け落ちてしまったようで。
私は、がらんとした教室に、電気もつけずに一人で居るのだった。

校庭からは、楽しそうな音楽や歓声が聞こえる。
でも、なんだか遠い出来事のようだ。
キャンプファイヤーの点火からはじまって、色んな人のスピーチがあったりして、フォークダンスがあって、最後に花火が上がって…
そこで、文化祭の全部が終わる。


少女漫画でよくあるように…うちの高校の後夜祭にもジンクスがあった。
フォークダンスを一緒に踊って、花火を二人で見ると、幸せなカップルになれる、と言うベタなもの。

そんなジンクスに憧れもしたけど…
自分からフォークダンスに誘うなんて無理だし、そもそも冬美くんはさっきまでバンドで演奏をしていたんだから…きっとまだ、忙しくしてると思う。
もしかしたら、そのまま他のお仕事もあるかもしれない。


「…明日から、どうしたらいいんだろ」

昨日までたくさん冬美くんと話せていたのは、文化祭の役割があったおかげだ。
それがなければ、ただのクラスメイトで…話す機会なんて、激減してしまう。

はぁ、と重いため息がこぼれた。
後夜祭が終わったら、みんな打ち上げに行くんだろう。
朝は行くつもりだったけど、今はそんな気も起きないし…もう、帰っちゃおうかな。



そんなことを考えていると、突然ガラッと教室の扉が開いた。

「ひゃっ!?」
「お、驚かせてすみません。みょうじさん…ここに居たんですね」
「ふ、冬美くん…!?」

突然開いた扉。
その上、その扉を開けたのは、ずっと考えていた相手、本人で。
私の心臓はバクバクと音を立てていた。

「え、えと、どうしたの?忘れ物?」
「いえ…その…みょうじさんに、用事があって」
「用事…?」

思い当たる節がなくて、首をかしげる。
何か頼まれていたことあったっけ…

少しだけ、ほんの少しだけ、期待をしてしまうけれど、そんなことは万に一つもないのだから。
それ以外の、普通の用事を考えるけど…特に思いつかない。
冬美くんからも次の言葉が出なかったから、私は沈黙に耐えかねて口を開いた。

「何か頼まれていたっけ…ごめんなさい、覚えがなくて…き、きっとバンドの打ち上げとかあって、急いでるよね!用事ってなあに?すぐ済ませるよ!」

早口でまくし立てると、冬美くんは「違うんです」と首を振った。


「何から、話せばいいのか…その、今回のクラスの出し物、当日手伝えなくて、すみませんでした」
「えっ…ううん、気にしないで!今日は、音楽係はそんなに忙しくなかったし…冬美くんの意見、すごく参考になったし!」
「……先生に聞きました。僕がクラスの出し物に全くの不参加にならないよう、配慮してくれたんですよね」
「それは…」

先生、わざわざ本人に伝えなくていいのに…
クラスの劇の係を決める時、冬美くんはお仕事でお休みだった。
確かに私は「冬美くんに少しでも関わってもらえるように、音楽を決めてもらうのはどうか」と、勇気を振り絞って提案した。
でも、それはその場に冬美くんがいなかったからできたことで…そして何より、下心にまみれた提案だったので、感謝してもらえるようなことじゃなかった。
…そんなこと、言えないけど。

「ありがとうございました。みょうじさんのおかげで、クラスの出し物にも、貢献できました」
「う、ううん!こちらこそ、アドバイスありがとう。ほとんど冬美くんが決めてくれたし、音源も集めてくれたし…とっても助かりました」

頭を下げる冬美くんに、慌ててこちらも頭を下げると、ふっと冬美くんが笑った。
…教室が暗いのが、もったいない…と、思ってしまった。

「えっと…劇は、無事終わりましたか?」
「うん!おかげさまで…あ、動画も見れるよ。撮影係の子が、後でみんなにデータを共有してくれるって」
「そうですか。じゃあ、それを見させてもらいますね」


…そこでまた、沈黙が訪れた。
わざわざこれを伝えるために、冬美くんは来てくれたのかな…?
時間、大丈夫なのかな…

「…えと…バンドの片付けとか、大丈夫?」
「はい、それは…任せてきたので、大丈夫です」

校庭からは、フォークダンスの音楽が聞こえてきた。
後夜祭もいよいよ終盤みたいだ。
外から聞こえる音楽とは切り離された教室で、私はそわそわと、冬美くんの言葉を待った。


「その…こんなこと、突然言われて、迷惑かもしれないんですけど…」

うつむきがちに話していた冬美くんが、真剣な眼差しで顔を上げた。

「今からで、よければ…僕と、後夜祭のフォークダンス、踊ってもらえませんか」
「えっ――」

私は夢を見てるんだろうか。
バクバクと心臓が鳴って、顔が熱くなる。
そんな、まさか。

……ああそうか。きっと冬美くんはあのジンクスを知らないんだ。きっとそうだ。
自分のいいように、受け取っちゃダメだ。

「それ、は…どういう…」

でも口から出たのは、そんな言葉だった。
私を誘ってくれた理由を知りたい。でも知りたくない。
頭の中はぐちゃぐちゃで、気持ち悪いくらい自分の心臓の音が体中に響く。

「…僕だって…後夜祭のジンクス、知ってるんです。でも…そんな風に言うのは、卑怯…ですね」

冬美くんはすう、と息を吸うと、覚悟を決めたような視線で私を射抜いた。

「僕は、みょうじさんのことが、好きです」

普段クールな冬美くんが、暗い教室でもわかるくらい真っ赤になってる。
それで、私のことが、好き、って…言ってる…?

「いつも、僕が居なかった時のことを教えてくれたり、細かなフォローをしてくれて…文化祭で一緒に作業ができたことも嬉しくて…だから、もしかしたら、って期待…してしまいました。もし、それが僕の勘違いじゃないなら…」

脳の処理が追いつかない。
これは、夢なのかな?
指先が、唇が、震える。

「僕の手を、とってくれませんか」

そう手を伸ばした冬美くんの手をと………らずに、私は自分の頬をつねった。

「えっ!?」
「…いひゃい」
「な、何してるんですか…!?」
「痛いってことは夢じゃない…?」
「えぇ…?…何してるんですか、全くもう」

冬美くんは呆れたように、ぷっと噴出してそう言った。
…笑われて、しまった。

「夢じゃないですよ」
「そ…そうなんだね…」

冬美くんが笑ってくれたおかげで、なんだか緊張がほどけた気がする。
まだ心臓はドキドキしてるけど…
そっか、これは夢じゃなくて。本当、なんだ。

冬美くんが、私のことを、好きだって…
夢じゃない、本当のことだって言われても、まだ信じられないけれど。

…冬美くんの気持ちに、ちゃんと、応えなくっちゃ。


「あの…こんな、私でよければ………わ、私も、冬美くんのことが、好きです」

最後の方は消え入るような声になっちゃったけど。
精一杯そう伝えると、冬美くんはふっと笑って私の手をとった。

「…嬉しいです。ありがとうございます。みょうじさん、これからよろしくお願いします」
「こ、こちらこそ」
「…もう、ほとんど曲が終わりかけてますけど…踊りましょうか」
「うん!」

音楽は遠くて、最後の方だけど…そうして冬美くんと私は、暗い教室で2人きりでフォークダンスを踊って、そのまま並んで花火を見たのだった――




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