眠れない夜の約束



熱気がまとわりつくような熱帯夜。
九郎は眠れずに、一人星空を見上げていた。
浮かんでは消える、様々な想い、将として、一人の人間として悩み。
少しずつ自分の中で整理してくと、大概のことが1人の少女へと繋がっていくのだ。
(どうしたというんだ、俺は…)

そんな悩める九郎に、とある人物が声をかけた――




「あれっ?九郎さんも眠れないんですか?」
「なまえっ!?」
「そんな、声を裏返して驚かなくても…あ、なんだか考え事してたみたいだし、もしかして変なことでも考えてたとか?」
「ち、違うっ!鎌倉殿の名代を任されている身として、戦や、兄上のためになることをだな…!」

もちろん、それは本当のことではなかった。
けれど、本当のこと――お前のことを考えていた、等とは口が裂けても言えず、九郎は慌てて取り繕ったが、不意打ち過ぎて、心臓が跳ね上がったままだ。

「あはは、冗談ですよー。九郎さんは真面目だから、考え事って言ったら、そんなところだろうなーって思ってました」

(俺には、それしかないと思われているのだろうか…それはそれで、微妙な気分になるんだが…)
なまえの言葉を少し不満には思ったものの、それ以上何か言うと余計なことまで言ってしまいそうな気がして、九郎は黙りこくった。


「はぁ〜…それにしても、あ〜つ〜い〜…」
「…今日はそればかりだな、お前は…」

九郎も暑くないわけではないが、なまえは暑がりすぎではないだろうか、と思う。
なまえの世界には、夏でも快適に過ごすことの出来る道具がたくさんあるそうだから、この暑さに不慣れなのも仕方のないことなのかもしれないが。

「だって、本当に暑いんですもん…寝れない…」

そう言って、パタパタと手で自分をあおぐなまえ。
大して効果がないのはわかっていても、そうせずにはいられないようだった。

「暑い暑いと言っているから、余計に暑くなるんだ」
「う〜…心頭滅却すれば〜ってやつですか〜…?」
「そうだ」
「ム〜リ〜…ていうか、九郎さんその髪暑くないんですか…」
「別に。慣れているしな」
「…なんでそんなに涼しげなんですか…氷でも仕込んでるとか?」

じとっ、と九郎を睨むように見るなまえ。

「なんでそうなる…何もしていないぞ」
「む〜…九郎さんの涼しげな顔の秘密はどこに…」

そう言うと、なまえは九郎に近寄って、その手を取った。
その不意打ちに慌てる九郎。

「お、おいっ!」
「あー手がつめたーい!気持ちいい〜!」
「なまえっ、やめろっ!」

九郎の手を、自分の頬まで持っていくと、九郎は真っ赤になって手を引っ込めた。
名残惜しそうに、九郎の袖を掴むなまえ。

「あーぁ。…でも、手の冷たい人は心があったかい、っていうけど、その通りですね」

ふふ、と笑って九郎を見上げると、九郎は顔を真っ赤にして、視線を思い切り外した。

「〜〜〜っっ!!そ、そんなにひっつくな、暑苦しいっ!!」
「あ、ひどい!」
「暑い暑いと言っていたのはお前だろうっ!」

離れろっ!という九郎に、不満そうになまえは頬を膨らます。

「そうですけど!そんなに言わなくてもいいじゃないですかー…いじわる」
「どこがだ!」

そう言いながらなまえに向き直ると、ぷーとむくれるなまえが目に入った。
その様子があまりに子供っぽくて、九郎は怒る気も消え失せ、ふき出してしまった。

「…まったく。しょうのないやつだな。明日、何か冷たいものを食べに連れて行ってやるから、今日はもう大人しく寝ろ」

ぽんぽん、と頭を撫でてあやすように言うと、がばっ!となまえは顔をあげた。

「ほんとですかっ!?」
「あぁ」
「わーい、約束ですよ!じゃあ、頑張って寝ますね!おやすみなさいっ!」

そう言うと、なまえはあっという間に自分の部屋に戻っていってしまった。
その様子に、九郎は苦笑した。

「…現金なやつだな。頑張って寝る、というのはどうやったら出来るんだ?」

そう言いつつも、九郎は笑みを深くした。

「さて、俺も寝るとするか…約束を違う訳にはいかないからな」

そう言って、九郎は立ち上がった。
なまえのせいで寝れなかったというのに、そのなまえとの約束のために寝ようとするのだから、自分もなまえのことは言えないな。
と、自身に呆れながら。

でも、そんな自分も悪くないと…そう思ってしまうのは――

(いや…今日はもう、考えるのはやめにしよう)
九郎は頭を振って、そこで思考を止めた。


今、答えが必要なわけじゃない。
明日もまた、なまえは隣で笑っているだろうから。


「おやすみ、なまえ…また明日、な」




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