セイレーンちゃんは練習台になる



「なまえアネさん、突然ですまねぇんだが、頼みがあってな…ちょっと時間をもらいてぇんだが」

事務仕事を黙々とこなしていたら、玄武くんが話しかけてきた。
その後ろに朱雀くんもいるけど…なんだか、朱雀くんが大人しい気がする。
どうしたんだろう?

「はーい、大丈夫だよー。なんでしょう?」
「実は…」

神妙な面持ちの玄武くんからのお願いはと言うと。
『もうすぐ開催される、神速一魂のお渡し会のために、女性が苦手な朱雀くんの練習に付き合ってほしい』と言うものだった。

…確かに、未だに私ともなかなか目を合わせてくれないし、朱雀くんの女性への耐性は…接触イベントをやるには、厳しいものがある、と思う。
神速一魂のファンは男性が多いけど…接触イベントに来るファンは、女性の割合高そうな気もするしなあ。
朱雀くんは今も「ほ、ほんとにやるのかよ…?」なんて弱気なこと言ってるし。

ともあれ、私の方は何の問題もないから、二つ返事で了承した。

「おっけー、任せて!」
「迅速果断。さすがなまえアネさんだぜ」
「今すぐ始める?」
「ああ、なまえアネさんさえよければ」
「うん、1時間くらいでよければ大丈夫だよ!」
「恩に着るぜ…おい朱雀、なまえアネさんが貴重な時間を使ってくれるって言ってんだ、気合い入れろよ」
「お、おう!よろしく頼むぜ、なまえさんよぉ…!」


今日はそんなに忙しくなくてよかった!
というわけで、早速、実際のお渡し会っぽく、会議室の机をセッティングした。
朱雀くんは机の奥側にスタンバイして…玄武くんはスタッフ役兼、監督をするそうだ。

朱雀くんは緊張した様子で「いつでも来い!!」とか「漢・紅井朱雀は逃げも隠れもしねえ!!」とか、自分を叱咤激励するような勢いで叫んでいる。
…別に噛みついたりしないんだけどな。今から何を始める気なんだろう。


さてと…どういうキャラで行こうかな。
私の地のキャラだとあんまり練習にならない気もするし…ちょっと、テンション高めで行ってみようか。

そんなことを考えながら、私は早速スタートした。
少し離れたところから、朱雀くんの前で立ち止まり「わー本物の朱雀くんだー!」なんてことを言いながら、手を差し出し、朱雀くんの顔を見る…と。
朱雀くんは真っ赤な顔をして、ババッ!!と音がするくらい後ずさり、距離を取られてしまった。

「…おーい。帰ってきてー。それじゃあ渡せないよー?」
「わ、わかってるけどよぉ…!」
「…さっきの言葉はどうしたんだ」
「だ、だってよぉ…!」

自分の髪の毛と同じくらい真っ赤になってしまった朱雀くんが、変に顔を隠して叫ぶと「動けないように、もっと壁際に机をセッティングしておいた方がよかったか…」なんて言う玄武くん。
その様子が面白くて、ちょっと笑ってしまった。


「大丈夫、何にも怖くないから、ほら…ね、もうちょっと近くに来てみて?」

野生の動物を手なづけるような気持ちで、出来るだけ優しく言ってみる。
朱雀くんは、真っ赤な顔をしたまま、じりじり、と近付いてきた。
…それでも、まだ遠いけど。

「…うーんと。じゃあ、距離はそのままでいいから、目を合わせるところから始めようか」
「無理だ!!」
「無理じゃねーよ」

ズバっと切り込む玄武くんに苦笑して、朱雀くんに出来そうなことを、色々模索してみる。

「まずはメンチ切る感じでもいいから、とにかく私の顔を見て?」
「ぐっ…こうかっ!?」

いいから、と言ったものの…顔怖っ。真っ赤だし。
視線も、ふよふよと彷徨ったままだ。

今は練習だからいいけど、いくらなんでもファンにメンチ切るわけにはいかないし、せっかくのお渡し会なんだから、アイドルらしいスマイルも欲しいところ…だよね。
それは課題として積んでおくとして、まずは第一関門クリアしてもらわないと。

「そのまま目をあわせて」
「ぐ…ぐぐ……だぁーーーー!!」

強引に目線の方に身体ごと移動すると、一瞬。
一瞬だけ、目が合った気がする。
そのまま朱雀くんは大げさに座り込んで、顔を逸らしてしまった。

これは……なかなかに厳しい状況みたい。
これほどまでとは…

「…色んなタイプの人が来るだろうから、接し方も色々と変えてみようかなって思ってたけど。そこに行くのはまだまだ先だね」
「すまねぇ…!」
「ううん、大丈夫。まだ時間はあるから、頑張って練習しよ!」

そう言って、座り込んだ朱雀くんに手を差し伸べると、やっぱり大きく逃げられてしまった。
うーん、難しい。

「まずは30秒間…ううん、10秒間、視線を合わせるところからかなー…」

お渡し会の持ち時間って、1人どのくらいなんだろう?
プロデューサーさんに確認してみよう。



――こうして、朱雀くんの特訓ははじまった。
視線をなんとか合わせられるようになってからは、握手をしながら同じことができるように練習したり。
視線をあわせながら話すのが難しいから、玄武くんとも相談して、想定問答集を作ったり。
あとは、その道のプロであるみのりさんにもアドバイスをもらったり…と、朱雀くんは、顔を赤くしたり、青くしたり、倒れ込んだり、大汗かいていたり…色々と、大変だったけど。

握手会の当日は、なんとか乗り切ったらしく、良い顔をして事務所に帰ってきた。

「なまえさんのおかげで、やりきったぜ!!」
「ありがとよ、なまえアネさん」
「役に立ててよかった。これからも、練習が必要だったら言ってね。いつか、朱雀くんにも恋愛ドラマのオファーとかも来るかもしれないんだし」
「れっ、恋愛ドラマッ!!!??」
「フ…道のりは険しいな」

声を裏返して、想像しただけでゆでだこになってる朱雀くんが面白くて、私と玄武くんは笑いあった。

「これからいっぱい色んなお仕事が来るだろうから、私に出来ることだったら、なんでもお手伝いするからね!もちろん玄武くんもだからね!」

そう言って私が笑うと、2人は顔を見合わせて頷き合ったあと、私に向き直って笑ってくれた。

「…報恩謝徳。オレたちは未熟者だが…なまえアネさんも、何か困ったことがあったら、遠慮なくオレたちに言ってくれよ。なあ朱雀」
「おうよ!受けた恩はゼッテェ忘れねぇからなっ!…まだまだ、なまえさんには頼むことが多いと思うけどよ…どうかよろしく頼むぜッ!」

朱雀くんはがばっと頭を下げて、照れたように頬をかき、玄武くんはそれを見て、フッと笑ってた。


…私は、アイドルのみんなの役に立てることがあるってだけでも、本当に嬉しいのに…頼りにしてくれ、なんて言ってもらえちゃった。
じんわりと、心が温かくなる。

もっともっと、色んなサポートができるように、色んな勉強していきたいな。
まずは…頑張った朱雀くんに、ご褒美のパンケーキ屋さんを探してみようかな。
玄武くんには…面白眼鏡グッズ屋さんとか、あったりしないかな?
そんなことを考えながら、私は2人と笑いあったのだった――




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