至福の時間



――私は、道夫さんに髪の毛を乾かしてもらうのが好き。

「なまえさん…また君は、髪を濡らしたままで風呂を出てきたのか。こちらに来なさい」
「へへ〜お願いしますっ!」

だから、こうして道夫さんと一緒に居られる時には、私は髪の毛を最低限しか拭かないでお風呂から出てくる。
それを咎めながらも、道夫さんはしっかりと私の髪の毛を乾かしてくれるのだ。

私の行動パターンをわかってる道夫さんは、その口ぶりとは裏腹に、既にドライヤーとトリートメントなんかを用意してくれている。
それに気づいて、ニヤけるのを我慢しながらソファに座ると、道夫さんは慣れた様子で私の後ろに回り、肩にかけていたタオルで、髪を拭き始めてくれた。

タオルドライが済むと、道夫さんはトリートメントをつけてくれる。
私がやるよりも、ずっとしっかりしてくれるんだよねー。
さすが、真面目な道夫さん。

道夫さんは、髪の毛を乾かすのが上手いと思う。
道夫さんに乾かしてもらった翌日の朝は、すっごくスタイリングがしやすいんだもん。

道夫さんの髪は長くないから…年の離れた妹さんの髪を乾かしてあげてたのかなぁ?
ちょっと妬けちゃう。
……なんて、ね。
妹じゃ、恋人にはなれないもんね!


トリートメントが済むと、ドライヤーのスイッチがカチリと鳴らされる。
ブォーーー…っと、温風が私の頭を撫で、道夫さんの手が、優しく私の髪を梳いていく。

前髪、根本、それから毛先。
いつか道夫さんが調べてくれた手順通りに、私の髪は乾かされていくのだ。

こうやって乾かしてくれてる間は、ドライヤーの音がうるさくてよく聞こえないから、私と道夫さんの間に会話はないけれど。
とっても心地いい、幸せな時間だ。
…うっかり、眠くなってくるくらいに。

道夫さんの手に身を委ねてしばらく経つと、ドライヤーの風が冷風に切り替わった。
残念ながら、この至福の時間がもうすぐ終わる合図。
仕上げに冷風を当てたら、髪の毛ツヤツヤの私の出来上がりだ。


ドライヤーが止まると、髪を梳いていた道夫さんの手も止まる。
名残り惜しくて、その手を捕まえてすり寄ると、道夫さんがふっと笑って尋ねてきた。

「…どうした?」
「んー…幸せだなって思って。いつもありがとう、道夫さん」

ふにゃっと笑うと、道夫さんは隣に座り私の頬をするりと撫でる。
くすぐったくて身をよじると、道夫さんは笑みを深めた。

「君は甘えん坊さんだな」
「へへ、道夫さんにだけだもーん」
「そうか…私は、上手くなまえさんを甘やかせているだろうか」
「ばっちりだよ!『私甘やかし検定』1級だよ!!」
「なかなか特殊な検定だな」

ふ、と道夫さんは苦笑して、また私の頭を撫でてくれた。
恋人同士の『甘いやりとり』的なものがわからない、とよく言う道夫さん。
そんなこと、ないんだけどなぁ。

こんな風に私を甘やかしてくれて、こんな風に穏やかな時間を一緒に過ごせるのは、世界中を探しても、道夫さんだけだっていう自信があるよ。
そう思いながら、私は道夫さんの手を取って繋いだ。

「…あ、でも、私ばっかり甘えてたんじゃダメだから!道夫さんも甘えてね!」
「ふむ…私はそう言ったたぐいのことがあまり得意ではない。よければ、具体的な案を挙げてもらえないだろうか」

ふふ、道夫さんは真面目だなぁ。
そうだなぁ…甘える…「あーん」とか?
…でも、もうご飯食べちゃったし。
うーーーん……あ、そうだ!

「膝枕します!」

ぺしぺしと自分の膝を叩いて道夫さんを迎えようとすると、道夫さんは少し固まって「…他には、ないのだろうか」とメガネを直しながら言った。

「えー…嫌ですか?」
「…君の、今の格好は膝枕にはふさわしくないのではないだろうか」
「へ?…大丈夫ですよ〜!」

今の私は、ふわもこの部屋着を着ている。
下はショートパンツだ。
道夫さんは、私の生足の上に寝転がるのが気になるらしい。
そもそも、この格好を最初に見た時に、難色を示されたくらいだもんね…
でも、私は気にしない!

「ささ、どうぞどうぞ!」

ソファの端に寄って、強引に道夫さんの腕を引くと、渋々といった感じで、道夫さんは私の膝の上に寝転んだ。
なんだかんだ言いつつも、やっぱり道夫さんは私に弱い。

「…失礼する」
「はーい、どうぞ!」

重みは感じる…けど。
道夫さんの体が、硬い気がする。

「変に力まないでくださいよー。体重かけて大丈夫ですから!」
「…了解した」

覚悟を決めたように、道夫さんが全体重をかけてきたことによって、もう一段階重くなった道夫さんの頭を、ゆるゆると撫でる。
ふふ、道夫さんの髪の毛、ふわふわだぁ。

「なんだか新鮮ですね」
「そう…だな」

こんな距離と角度で道夫さんを見つめることなんてないし、身長差もあって、道夫さんの頭を撫でることもなかなかないから、なんだか楽しくなってきちゃった!

「道夫さん、肌綺麗ですよね。規則正しい生活のなせるわざなのかな…」
「ふむ…女性である君にそう言ってもらえるのは、心強いな。確かに生活には気を遣っている。アイドルとして人前に立つようになってから、教師時代より身なりに気を遣うようになったことも、大きいとは思うが」

そう言う道夫さんのほっぺ、すべすべ〜〜!
すべすべなほっぺを、撫でたり、つついたり、優しくむにむにとしてみたり。
私がご機嫌でされるがままの道夫さんを触りまくっていると、道夫さんが不可解そうな顔をした。

「…楽しいのか?」
「はい!…道夫さんは、楽しくないですか?」
「『楽しい』と形容するのは違う気がするな。心地良い…とは思う」
「それならよかったです!」

道夫さんに甘えてほしいんだもん。
私ばっかり楽しかったら意味ないもんね。
…撫でまわすのは、私が楽しいだけだね。やめます、ハイ。


態度を改めて、ゆるゆると頭を撫でていると、道夫さんの目が細くなっていく。

「寝てもいいですよ」
「…それは遠慮しておこう。なまえさんの体に負担をかけてしまう」

んーまぁ確かに、一晩中はちょっと辛いかもだけど…幸せな重さだし。
まだしばらく、この時間を堪能したいなぁ。

…なんて思っていたら、空いていた左手を道夫さんに絡め取られた。
きゅっと手を握れば、道夫さんも握り返してくれた。えへへ。

身体を折って、道夫さんに軽いキスを落とすと、道夫さんの表情が緩んだ。

「今度は耳掃除もしましょうか」
「…検討しておこう」

道夫さんの反対の手が私の頭に伸びてきて、柔らかく引き寄せられる。
私はそれに素直に従って、再び道夫さんとキスをした。

はー…しあわせ。
ニヤニヤがおさまらない。
道夫さんのことが、大好き。
道夫さんのことをもっと甘やかしたいし…
…髪を乾かしてもらうのも、愛想を尽かされない程度に、これからも続けていく所存です!


――こんな時間が、ずっと続きますように。
そう祈りながら、私は3度目のキスを道夫さんに落とした。




Main TOPへ

サイトTOPへ