「あ、おはよう、ヒノエくん」
ある日の朝。
なまえは、朝一番に会った相手にいつも通りに挨拶をした――つもりだった。
しかし、何故か微妙な顔で挨拶を返されてしまった。
「おはよう、姫君……できれば、朝の挨拶は笑顔で言ってもらえると嬉しいんだけど、ね」
「えぇっ?…変な顔してた?」
ぺたぺた、と自分の顔を確かめるように触るなまえ。
その仕草にヒノエは笑みを浮かべる。
「ふふ、神子姫様は可愛いね。変な顔、なんてことはないけれど…もしかして、具合でも悪いのかい?」
「えっ?う、うーん……ちょっとだけ、頭が痛い…ような気がするけど。このくらい、なんでもないよー。言われて気づいたくらいだし、大丈夫だよ」
さ、朝ご飯朝ご飯!と歩き出そうとするなまえの手を、ヒノエは掴んだ。
「全然大丈夫って顔じゃないよ?」
「え〜…そんなことないって…」
誰にでもわかるほど、なまえの具合は悪そうなのに、自覚症状がないらしい。
無意識に作られているであろうなまえの眉間の皺に、すっと指を置くヒノエ。
「急いてはことを仕損じる、って言うだろ?頑張る姫君の姿も、とても魅力的だけど…無理は禁物、だよ。それとも、倒れてオレに介抱されたいから、ギリギリまで頑張るつもりかな?言ってくれれば、いつだって手厚く介抱してやるのに…」
「ち、ちがっ…」
「他のやつらには、オレから言っておいてやるから。ほら、部屋に戻って」
ヒノエはそう言って、くるりとなまえを部屋に戻らせるよう反転させた。
「う〜…そんな大したことじゃないのに〜…」
「姫君の御身を守るのが、オレの仕事。そのために姫君の無茶を止めるのも、オレの仕事だからね。それとも、そんなにオレに心配させたい?」
部屋の前まで連れて行っても、まだ不服そうななまえにトドメを刺すように、ヒノエはなまえの正面に回って顔を近づけた。
「そうだ、早く元気になれるおまじないをしてあげるよ」
「え?」
なまえがすっかり油断して顔をあげると、その額に暖かな感触が降って来た。
その感触は一瞬で離れたが、なまえを動揺させるには充分だった。
「これで大丈夫だよ」
額へのキスにおまけして、悪戯っぽいウィンクをなまえに送るヒノエ。
なまえは額を押さえて、ヒノエから間合いをとるように後ずさった。
「なっ…!い、今の、どこがおまじないなのっ…!?」
「あれ、今のじゃ足りない?じゃあもっと――」
「け、結構です!ちゃんと休ませてもらいますーっっ!!」
これ以上何かされたらもたないっっ!!と、なまえは部屋にドタバタと入り、さらに大げさに布団を被った。
「おや、残念。朔ちゃんを呼んで来るから、なまえはちゃんといい子にしてるんだよ」
「…はぁい」
なんだかんだ言いつつも返事を返してくるのが可愛らしい、と思ってヒノエは笑うと、障子を閉めた。
「明日にはまた元気な笑顔を見せてくれよ、俺の神子姫様」