セイレーンちゃんは付き添う



事務所に届いた郵便物を仕分けしていると、プロデューサーさんに声をかけられた。

「なまえさん」
「はい、なんでしょう?」
「すみませんが、志狼くんとカラオケに行って来てもらえないでしょうか…?」

いつもはプロデューサーさんが付き添っているが、今日は別の仕事が入っていてついて行いけなくて、かと言って小学生1人では行かせられないから…ということで、私は志狼の付き添いとしてカラオケにやってきた。

次のライブでソロを披露することになった志狼くんは、気合十分だ。
…むしろ「気合が入りすぎているから、適度に力を抜かせてあげてください」とプロデューサーさんからお願いされた。
それが、今日の私のミッションだ。

…実は、誰かとカラオケに来るのは初めて。
自分1人ではよく来るけど…どうしても、カラオケに誰かと行くと歌わざるを得なくなりそうなので、避けていたのだった。
今日は、志狼くんの練習のために来ていて、私が歌う必要はない。
歌うのは好きだから、歌いたい気持ちはあるけれど…がまんがまん。


部屋に案内されて、荷物を置くと、志狼くんは早速デンモクとマイクを取りに行った。
私は、メニューを広げて志狼くんに尋ねる。

「志狼くん、何頼む?」
「えっと、あったかい紅茶と…なあなあ、食い物も頼んでいい?」
「うん、プロデューサーさんには許可貰ってきたよ」
「やった!じゃあオレ、からあげ食べたい!」
「おっけー。頼んでおくね」

カラオケの中でも、喉によさげなチョイスだ。
志狼くんも来慣れてるんだなぁ。

そんな風に関心しながら、自分の分のワンドリンクもあわせて注文している間に、志狼くんは慣れた手つきで自分の曲を入れていた。
番号も覚えてるみたい。
きっと、何度も練習に来てるんだろうな。



店員さんが入ってきても気にすることなく、志狼くんは2回、3回、と自分の曲を歌っていくが…
私は、3回目が終わったところでストップをかけた。

「志狼くん、ずっと歌ってたら、喉潰しちゃうから、ちょっと休憩しよ。ほら、からあげ。あーん」
「じ、自分で食べるからいいってば!!」
「そう?」

あらら、照れちゃったみたい。可愛い。
でも素直に、志狼くんはもぐもぐとからあげを頬張るのだった。

「あのね、気合入れるのはいいことなんだけど、顔が怖くなっちゃってるよ」
「えっ」

からあげを飲みこむと、眉を寄せて自分の顔を確認する志狼くん。
ちゃんと食べ終わったのを確認してから…

「…というわけでー。えい!」
「わわわ!?や、やめろよー…わっっ…や、やめ…あはは…!!」

私は、志狼くんの顔をむにむにと揉んだ。
くすぐり攻撃も追加だ。
志狼くんは、激しく抵抗して、ぜーはーと肩で息をしながら逃げて行った。
…うん、体の力は抜けたかな。よしよし。

「なにするんだよ!?」
「んー?強制リラックス法、みたいな。とりあえず、ソロのことは一旦忘れて、それ以外で好きな曲、なんでもいいから歌ってみて」
「で、でも」
「志狼くんの色んな歌、私も聞いてみたいから、ね?」
「…そういうことなら仕方ないなー!」

私がダメ押しの一言を添えると、志狼くんはまんざらでもない顔で、今学校で流行ってるらしいアニメの曲や、315プロの他のユニットの曲を歌ってくれた。

「ふふ、そうそう、それだよ」
「え?」

曲終わりに私がニコニコと言うと、志狼くんはきょとんとした顔をした。

「今の志狼くん、楽しそうだよ。さっきは、気合入りすぎちゃって、怖い顔になっちゃってたけど、いい笑顔」
「そ、そうなのか?」
「あのね。私の考えなんだけど…志狼くんのライブを見に来た人たちは、アイドルの志狼くんを見に来ているのであって、完璧な歌を歌う、音楽家の志狼くんを求めているわけじゃないと思うの」
「アイドルの、オレ…」

私の考えだけど…もちろん、プロデューサーさんには確認済みだ。
プロデューサーさんと違うことを言って、混乱させたらいけないもんね。
…もちろん、この考えは薫さんあたりには一蹴されそうだし、全員が全員にあてはまるとは思ってないけれど。

「うん。キラキラして、ステージの上を楽しそうに走り回って、歌って踊る志狼くんが見たいんだと思うんだ。だから、歌を間違えない様に!って怖い顔して歌うよりも、少しくらい間違っても、楽しそうに笑って歌ってる志狼くんがいいよ」
「…そっか…!」

私の言葉は、志狼くんに響いたようで。
志狼くんの表情がぱっと明るくなった。

「それじゃ、もう1回ソロ曲行ってみる?」
「うん!」


――そうして歌われた志狼くんのソロ曲は、聞いていて、見ていて、とっても楽しいものだった。
多少、音を外してしまうのはご愛嬌…だろう。
まだライブまでは時間があるから、練習を重ねて完成度は高めていけばいいと思う。
志狼くんの良さが潰れてしまわないように、じっくりと。

「サイコーだよ、志狼くん!」
「へへ。さっすが未来のビッグスター!だろ?」
「うんうん!」
「…今日はありがとな、なまえ!」


こうしてまた1つ、私の中の、誰かとカラオケに行くことに対してのネガティブな感情も、楽しい思い出に変わったのだった。




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