Anything for you



女優のみょうじなまえ。
幼い頃から子役として活躍しており、輝が学生の頃から知っていたほど、有名な女優だ。
演技力はもちろん、可憐な姿から清純派女優として人気も高い。

そんななまえと輝は、輝がアイドルとしてデビューしてすぐ、ドラマで共演して知り合った。
社会人経験がある成人男性…とは言え、アイドルとしてはほんのひよっこだった輝に、現場のことを色々教えてくれたのがなまえだった。
なまえは少し浮世離れしたところはあるものの、新人の輝にはもちろん、若いスタッフたちにも驕ることなく、女優の仕事に対してもとてもストイックで、年下ながら尊敬できる人物だった。

そのドラマのあとも、演技やバラエティの仕事で共演したり、共通の知り合い主催の食事会で顔を合わせたり、なまえが法曹界を描いたドラマに出演することになった際に、今度は輝がアドバイスをしたり…と、徐々に距離を縮め。
つい先日、付き合うことになったのだった。


そんななまえに突然「今夜会えないか」と言われ、浮足立った輝は、同じユニットのメンバーからの食事の誘いを断り、呼び出されたレストランへとやってきた。

可愛い恋人、しかも付き合いたて…ということで、上機嫌の輝が案内された個室に入ると…
そんな輝とは正反対に、神妙な面持ちをしたなまえが、そこに居た。
自分の浮かれっぷりを反省して、思わず輝は背筋を伸ばしつつ、なまえの正面に座った。

「こんばんは、輝さん。突然呼び出してしまってすみません」
「いや、空いてたし、なまえと会えるのは嬉しいから、何の問題もないけどさ…どうかしたのか?」
「えっと…その」

なまえが言い辛そうにしているので、輝は「先に飯済ませるか!」と素早く料理を注文し、邪魔が入らないタイミングを見計らった。
頼んだものが運ばれてきたものの、なまえは食が進まないようで…
しばらく店員が来ないことを確認してから、輝はもう一度、なまえに言葉を促した。
するとなまえは、しばらく視線を彷徨わせた後、覚悟を決めたように、重い口を開いた。

「その…公私混同も甚だしいし、本当はまだ、輝さんにも話してはいけないことなんですけど、輝さんしか、頼れる人がいなくて…」

まだ自分にも話してはいけない、というフレーズから、恐らく仕事のことだろう、と察する輝。
しかし、なまえよりもずっと芸歴が浅い自分に相談というのはなんだろう…と思いつつ、輝はなまえを安心させるように笑顔で言った。

「なんでも言ってくれよ!俺たち…付き合いはじめたばっかりだけど、恋人同士だろ」
「…ありがとうございます」

輝の笑顔に一瞬表情を柔らかくしつつも、なまえはまた神妙な面持ちに戻り、ぽつりぽつりと話をし始めた。

「…まだ、情報解禁前なので、具体的には言えないのですが…今度、とある小説が、映画化されることになって…有難いことに、その主役を、務めさせていただくことになりました」
「すげーな!おめでとう!!」
「ありがとうございます…とっても有難い話ですし、挑戦し甲斐のある役どころ、だと思うんですけど…」
「何か、問題があるのか?」

言葉を選びながら語るなまえに、プレッシャーを与えないように、料理をつまみながら、話しやすいように相槌を打つ輝。
なまえは、挙動不審になり、視線を輝から逸らし…じわじわと赤くなっていった。

「その作品が…その…とても、センセーショナル、というか…」
「なまえには、珍しい役だってことか?」

清純派のイメージが強いなまえだから…もしかしたら、とんでもない悪役がまわってきたのか?
それとも、がっつりアクションをする、戦うヒロイン…とか。
そんな風に想像をめぐらしていた輝の前で、なまえは意を決したように言い放った。

「……ぬ、濡れ場がとても多いんです…!」
「ぶっっっ」

輝は飲んでいたドリンクを吹き出してしまい、なまえは真っ赤な顔をしながらも「大丈夫ですか!?」と輝に綺麗なおしぼりを差し出した。

「わ、私の…『清純派女優』っていうイメージを、脱却するいいチャンスだと思うんです!でも…!」

ドリンクが変なところに入って涙目になってむせている輝と、視線を合わせないまま話を続けるなまえ。

「たぶん、薄々お気づきだと思うんですけどっ…私、ずっとこの世界で生きてきて、スキャンダルを避けてきた結果………け、経験が、なくて…!」

なまえは恥ずかしさのあまり、湯気が出そうなくらいに真っ赤だ。
輝はようやく呼吸を元通りに戻すことが出来たが、なまえの赤裸々な告白にどう口を挟むべきかわからず、ただただ話を聞くだけになっていた。

「だからきっと、そういうお芝居、できなくて…」

ぐっと、自分の手を握るなまえ。
女の子としてのなまえと、女優としてのなまえがせめぎ合っているのかもしれない…と輝は思った。

「…相手の男性役は、オーディションでこれから決めるそうで、そういうシーンが多いから、私の意見も反映していただける、ということになっていて…だから!輝さんに、そのオーディションを受けていただきたいんです!!」

ここでようやく、なまえは輝を見た。
真っ赤なままだったが、目は真剣そのものだ。

「そ、それから…こんなこと、私から言うなんて、はしたないと思うし、仕事のために輝さんを利用するみたいで、申し訳ないんですけど…!!わ、私を…!!」

抱いてくれませんか…

消え入るようなか細い声でなまえは言った。
その視線はまた、自らの手元に落とされていた。

「めちゃくちゃなこと言ってるって、自分でもわかってるんです…勝手なお願いだってことも。でも私、この役を逃がしたくはないし、輝さん以外の人と、肌を合わせるなんて、嫌なんです。他の人じゃいや。私には輝さんしかいないんです…!」

そう言って、涙声になっていくなまえ。
一瞬、ドッキリか、なんて思ってしまったが、ここまでの話をなまえにさせるような番組はないだろう。
輝は、真っ赤になって小さくなっているなまえを見つめた。

…本人も言うとおり、公私混同も甚だしいと思う。
しかし、可愛い恋人が、ここまでの覚悟を決めて伝えてくれたのだ。
それに応えられずして、何が彼氏だ。

――輝は、一度深呼吸をして…覚悟を決めた。

「その…ありがとな」
「え?」
「俺を頼ってくれて嬉しいよ」

輝は、そう言って手を伸ばすと、なまえの頭を優しく撫でた。

「そういうの、言い辛いよな。なまえは女の子だし…ましてや、はじめてなら、余計にさ」
「輝さん…引いて、ないですか?」
「引いてなんかないぞ!…なんだろうな…感動してる、かもしれない。俺の彼女はすごい人なんだなって思ってさ」
「輝さんを利用するみたいで、嫌じゃ、ないですか?」
「うーん…そうだなぁ。確かに利用って言葉は、あんまりいい感じがしないけど…誰かに何かを教えたり、教わったりすることは、利用する、される、って関係じゃないと思うんだ」

そう言いつつ、ふと頭の中に、同じ事務所の元教師ユニットが思い浮かぶ。
…今回の件は、教師が教えていいことではないとは思うが。

「なまえの中で、俺との経験が消化されて、それが仕事に繋がっていくっていうなら…嬉しいっていうか…光栄だな、って思うぜ。だから、俺が教えられることなら、俺が教えてやりたい…今回のことは、なおさらな」
「…輝、さん…」
「なまえが、それだけのために俺と付き合ってるってんなら、また話は変わってくるけど…そうじゃないだろ?」

コクコクと必死に頷くなまえ。
その様子に、輝はふっと笑った。
気付くとなまえの手が輝の手に添えられていたので、輝はその手を取った。

「とりあえず…そのオーディション、受けるよ。それで、絶対合格してみせる」

どんな役なのかはわかっていないが…なまえがこれほど求めてくれているのだ。
絶対に、その役をもぎ取らなければ。
どんな役だって、演じきってみせなければ。

まずは、原作の小説を読みこんで。
なまえには、オーディションの話が、315プロに来るように根回しをしてもらって…
それからプロデューサーに相談だな…と輝は算段をつけていく。
仕事の方は、そこまで慌てなくても大丈夫だろうと整理した輝は…目の前のなまえを見た。

安心させるように、ぎゅっとなまえの手を握る。
すると、なまえはほっとしたように表情を緩めた。
今日最初に出会った時よりは、いくらか緊張はとれたようだが…まだ1つ、もっと大きな問題が残っている。

輝は、するりとなまえの指に自身の指を絡めた。
一瞬びくりとするなまえに、輝は、経験がないと言うのは本当なんだな、なんて少し嬉しく感じてしまうのだった。

「…本当はもっと、そういうのはゆっくり時間をかけて、信頼関係が出来てから…いつか流れで、って思ってたけど」

経験がゼロだとは思っていなかったけれど、少なそうだなとは思っていたし、変にがっついて幻滅されるのも嫌だったから、余裕のある大人の振りをしていたけれど。
なまえが求めてくれるなら、もう遠慮なんてしない。

「…奪わせてもらうぜ?」

なまえの目を見ながら、手の甲にキスを落とすと、なまえは真っ赤な顔で瞼を震わせながら、ゆっくりと頷いたのだった――




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