私だけの宝物



※冬馬の学年を高校2年生として書いてます。



私には、好きな人がいます。
生まれて初めて、人を好きになったので、初恋の人…ということになります。

その人は、クラスメイトであると同時に、今をときめく、アイドルです。

お仕事が忙しいらしくて、学校にはあまり来ないけれど、とても気さくで多くの友達に囲まれていて、休み時間には、サッカーをしたりもしています。
グラウンドまで出て行って応援していたりする女子もいるけれど…私は、遠くから見ているだけ。
休み時間には、教室の隅で本読んでいる私とは、クラスの中だけであっても、住む世界の違う人です。


けれど、彼がアイドルであるおかげで、いいことはいっぱいあります。

中でも、一番よかったと思うことは、プレゼントを直接手渡さずに贈れることです。
うちの学校の下駄箱は、プレゼントを入れられるようなものではないし、机の中に入れるのも憚られます。
その点、アイドルの彼に対してプレゼントを贈るのであれば、所属事務所宛に送ればいいだけ。
それにも多少の勇気はいるけれど、クラスメイトに渡すよりは、ずっと気が楽です。
手紙だって、アイドルとしての彼へのファンレターであれば、いくらでも「好き」を伝えられます。

――気付けば、3月に入り。
今日は、彼の誕生日です。
これも彼がアイドルだからこそ、知り得たことです。
クラスメイトの男子に誕生日を聞いたりなんて、出来ませんから。

誕生日プレゼントは、既に事務所宛に送りました。
クリスマスと、バレンタインにも送ったけれど…誕生日は、彼だけのものだから、ちょっと奮発しちゃいました。
あと手紙も、気合を入れたら、いつもより長文になってしまって…引かれないと、いいんですけど。

そんな3月は、彼の誕生月であると同時に…この学年が、終わる月です。
つまりは、クラス替えが行われてしまうということ。
クラスが変わったら、いよいよただのアイドルとファンになってしまいます。
せめて、来年も、同じクラスになれるといいのだけれど…


そんなことを考えながら、私は息をついて視線を上げました。
今は、図書委員の当番中です。
期末テストが終わったばかりの図書室は、人も少なくて、いつにも増して静かです。

黙々と仕事をこなして、当番の時間も半分くらい過ぎたころ、図書室のドアがガラリと開きました。

…あ、天ヶ瀬くんだ…!!

さっきまで考えてた相手が目の前に現れて、妙に慌ててしまいます。
天ヶ瀬くんは、なんだか難しい顔して、本棚の方に向かって行きました。
あまりじっと見るのも失礼かなと思い、私は貸し出し用のPCを見るフリをして、そっと天ヶ瀬くんの様子を伺いました。

調べもの…でしょうか。
図書室の端から、全部の棚を見ていって…何かを探しているようです。

しばらくすると、天ヶ瀬くんはカウンターにやってきました。
わわわ…!

「今日の当番、みょうじさんだったのか」
「は、はい!」

に、認識されてる…!
名前覚えてくれてたんだ…って、今は感動してる場合じゃありませんでした。

「今、余裕があったら、ちょっと本を探すの手伝って欲しいんだけど…いいか?」
「も、もちろんです。えと、なんていうタイトルの本ですか?」
「あー…何っていうか…特定の本を探したいんじゃなくて、調べたいジャンルがあって、資料になりそうな本があれば…って感じなんだよな」
「なるほど…」

もしかして、お仕事の参考資料…でしょうか。
話を聞くと、天ヶ瀬くんから言われたジャンルは、私でもすぐにわかるものだったので、そのコーナーに案内しました。

「何冊まで借りられるんだっけ?」
「1人10冊まで、期限は2週間です」
「そっか、サンキュ!」

そう言って笑ってくれた天ヶ瀬くんは、すぐに真剣な顔になって資料を探し始めました。

…あ。
このコーナーには置いてないけど、あそこにある本も、もしかしたら参考になるかも…
そう思いついた私は、別の場所に置いてある本をいくつかピックアップして、天ヶ瀬くんのところに持って行ってみました。

「あの…別の場所に置いてある本、なんですけど…もしかしたら、参考になるかもしれないので、よければどうぞ」
「お、マジか!わざわざありがとな。さすが図書委員だな」
「い、いえ、参考になるといいんですけど」

早速天ヶ瀬くんは、自分の選んだ本と、私の選んだ本をぱらぱらと目を通していきました。
参考になりそうな本と、そうでない本を取捨選択していっているようです。
邪魔になるといけないので、私はそっとその場を離れました。


しばらくすると、天ヶ瀬くんはカウンターに本を持ってきました。

「こっちが借りたい本で…これは、戻したいんだけど、どこに返せばいい?」
「あ、それは私が戻しておくので、預かります」
「いいのか?」
「はい。返却された本を戻すのも図書委員の仕事なので、遠慮しないでください」
「そっか。じゃあ頼むぜ。えーっと…学生証がいるんだったよな」
「はい、お願いします」

天ヶ瀬くんは、生徒手帳から学生証を取り出して、私に差し出しました。
私はそれを受け取って、本の貸し出し作業を進めます。
最後に、貸出期限の紙をつけて完了です。

…そう言えば。
学生証には、誕生日が書いてあるのでした。
これを見て気付いたふりをすれば、直接お祝いを言っても、許される…でしょうか。
でも、それはとっても勇気がいることで…ああ、どうしよう。
恥ずかしいけれど、こんな機会、もう絶対にないです。

「…お待たせしました。全部で10冊、3月17日までに返却をお願いします」
「おう。今日はありがとな、みょうじさん」
「い、いえ。どういたしまして」

図書委員として、当たり前のことをしただけですけど…
天ヶ瀬くんのお役に立てたのなら、嬉しいです。

そして天ヶ瀬くんは、借りた本をバッグに詰めていきます。
どうしよう。言うなら今しか…!
そんな風に悩んでいるうちに、自然に口から言葉が出てしまいました。

「あ、あのっ!」
「ん?」
「今日、その…お誕生日、なんですね!おめでとう、ございます」
「あ、ああ…えっと…サンキュな!」

天ヶ瀬くんは、少し驚いたあと、はにかみながら笑ってくれました。
…か、可愛い…!!
あああ、勇気を出してよかったです!!!



天ヶ瀬くんは、本を詰め終わると「げ…思ってたより重いな…」なんて呟いてました。
バッグの紐は千切れないでしょうか…少し心配です。

それにしても…1対1でこんなに話したのは初めてかもしれない。
今日のことは、大事な思い出にしよう…!となんて考えながら、天ヶ瀬くんを見ていると。

「じゃ、またな!」

そう言って、天ヶ瀬くんは図書室を出て行きました。
「またな」…かぁ。
そんな一言だけで嬉しくなってしまって、絶対来年も図書委員をやろう…!なんて思ってしまう私は、とても単純なんでしょう。
もし、また次の機会があったら…その時のために、もっと色んなジャンルの本に挑戦してみようという、新しい目標ができました。


じんわりと広がる、甘い気持ち。
それを伝えることはきっとないけれど…この気持ちは、私だけの宝物ですから。
そっと大事にしていきたいと思います――




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