あなたの隣にいるために



――これでカンペキっす…!

オレの手には、少し背伸びをした大人の香りがするフレグランス。
プロデューサーちゃんに、少しでも意識してもらいたくて…フンパツして買っちゃったっす!

つけすぎないように気を付けて、ふんふんと自分で確認…しても、よくわかんないっすけど!

とにかく、いつもと違う大人の香りをまとったオレは、なんだか自分のレベルが上がったような気持ちになって、うきうきと事務所にやってきた。

「おはよーっすー!」
「おはようございます、四季くん」

事務所に入ると、賢っちがあいさつを返してくれた。
きょろきょろと周りを見渡しても、お目当てのプロデューサーちゃんは見当たらなかった。
確か今日の午後は、事務所にずっといるって言ってたはずっすけど…

「おはよっす!ねぇねぇ賢っち、プロデューサーちゃんがどこにいるか知ってるっすか?」
「プロデューサーさんなら、倉庫にいるはずですよ」
「サンキューっす!」

賢っちに居場所を教えてもらうと、オレは荷物をテキトーに置いて、まっすぐ倉庫に向かった。
早くプロデューサーちゃんに会いたいっすもん!


倉庫に着くと、プロデューサーちゃんは、入り口に背を向けて、荷物の整理をしていた。
オレは、半開きだった扉を開けて「プロデューサーちゃん!」と呼びかけようとしたところで…プロデューサーちゃんは、すごい勢いで振り返った。


――今まで見たことのない顔をして、小さく、誰かの名前を呼びかけて。


オレの言葉じゃ…なんて表したらいいのか、全然わからないけど。
とにかく、もう二度と、プロデューサーちゃんのそんな顔、見たくないと、させちゃいけないと思うような…
そんな、苦しさとか悲しさとか切なさとか、でもそれだけじゃなくて、期待のような…色々な感情が混ざったような表情だった。

プロデューサーちゃんの勢いと表情に、どうしたらいいかわからなくなってしまったオレと、浮かべた表情とこぼれた言葉に、自分でも動揺したように固まってしまったプロデューサーちゃんは、お互いに、言葉を失ってしまった。



しばらくして、その静けさを破ったのは、プロデューサーちゃんが片付けていたらしい、荷物だった。
バランスを崩して、大きな音を立てて崩れていって…そこでようやく、我に返ったプロデューサーちゃんが、慌ててその荷物を拾い集めはじめた。
少し遅れて、オレも拾うのを手伝うと、すぐに片付いたけれど…また、沈黙がやってきた。


「四季…えと、な、何か用だった?」

無理に笑って、絞り出すような声でそう言ったプロデューサーちゃんに、オレはカラカラになった喉で、なんとか返事をした。

「え、ええっと……わ、忘れちゃったっす!へへ!思い出したら、また言うっす!」
「あ…そうなの?」
「う、うん、ごめんなさいっす、プロデューサーちゃん!えーっと、この荷物、どこに置いたらいいっすか?」

この空気を変えようと、明るく振る舞ってみるものの、プロデューサーちゃんはやっぱり引きつった顔で笑った。

「その箱に入れて、そのまま置いておいてくれれば大丈夫だよ。ありがとね……とりあえず、ここまでにして、休憩…してこようかな。ごめん、ちょっと、外の空気吸ってくるね」

そう言って、プロデューサーちゃんはその場を逃げるように立ち去っていった。



1人、その場に残されたオレは、どうしたらいいかわからずに、その場にずるずるとしゃがみこんだ。

…たぶん、きっと。
オレは、プロデューサーちゃんの心の入ってほしくないところに…入り込んでしまったんだと思う。

どうしよう、プロデューサーちゃんに嫌われたら。
オレ、何しちゃったんだろう。

ぐるぐると、テストの時よりもずっと必死に考える。
昨日会ったときは、何もなかったから…今日、プロデューサーちゃんに会ってからの何かだろう。
でも、今日は…連絡も特にしてなかったし、会ってすぐ、だったし…
なんだろう。どうしよう。



…そして。
頭から湯気が出るんじゃないかってくらい、必死に考えて…オレなりの予想に、たどり着いた。

プロデューサーちゃんが、オレが声をかけるより前に気付いて振り返ったこと。
外の空気を吸ってくると言って、ここから立ち去ったこと。

…原因は、このフレグランスなんじゃないか。
それ以外に、思いつかなかった。

きっと、この香りに詰まった思い出は、プロデューサーちゃんにあんな顔をさせるようなこと…なんだろう。
これは、男性用のフレグランスで…それは、つまり…言いかけた名前の…オレの知らない、誰か。
オレの知らない、プロデューサーちゃんの、思い出…

オレは、どうしようもなく胸が苦しくなって、ぎゅっとシャツを握った。



×××××



「……はぁっ…」

私は、倉庫から逃げるようにして、屋上まで駆け上がってきた。
荒くなった呼吸を整えるため、そして、肺の空気を入れ替えるために。
私は、何度か大きく息を吸って、吐いた。


……まさか、まだこんなにも揺らぐなんて、思っていなかった。

あの人は…もう手の届かないところに、いってしまったのに。
思い出も、顔すらも思い出すことが少なくなって、声も忘れかけていたはずなのに、さっきの香りに、一瞬で全てを引きずり出されたような感覚。
それは、私の心の弱さをむき出しにしてしまった。

…私は、壁に背をつけてずるずると座り込んだ。
忘れたと、乗り越えたと、思っていたのに。
あの香りを嗅いだだけで、自分の弱さをあらわにしてしまったことに、戸惑いを隠せずに、思わず逃げてしまった。
じんわりと視界がにじんでいくのを、必死にこらえる。
頭の中がぐしゃぐしゃだ。


何度目かわからない深呼吸を繰り返す。
どのくらい時間が経ったかわからないけれど…ようやく、頭が冷えてきた。

四季には、申し訳ないことをしてしまった。

いい年をした大人が、こんなに取り乱して…自分のことでいっぱいいっぱいになって、四季をほうって逃げてきてしまった。
四季も、きっととても混乱しただろう。
あんなに戸惑わせて、気を遣わせて…四季は何も悪くないのに。
プロデューサー失格だ。

…ちゃんと、立て直さなくちゃ。
今の私は、思い出に捕らわれてる場合じゃ、ないんだから――


×××××


「おはよーっす…」
「はよー四季」
「おー…って、なんか元気ないな」
「珍しいこともあるもんだな。変なもんでも食べたのか?」

翌朝。
教室に入ると、クラスメイトに心配されてるんだかされてないんだかわからない声をかけられた。

「むー…オレにだって、色々あるんすー…これ、あげるっす」
「へ?…あれ、これ…」
「奮発して買った、って言ってた香水じゃねーの?」
「そうだけど…オレには、もういらないんすー…」

昨日、戻ってきたプロデューサーちゃんは、いつも通りに…振る舞おうと、していた。
少し気まずそうに「心配かけてごめんね」と謝られたけど、事情はさすがに語ってくれなかった。
オレもそれ以上は聞けなかったけれど、明らかに無理をしているのがわかったから、オレは事務所からすぐに帰ったのだった。

問題のこのフラグランスは…もう二度と、使わないと決めた。
プロデューサーちゃんにあんな顔をさせるもの、オレはいらない。
…さすがに、捨てるのは気がひけたから、プロデューサーちゃんに関わらないところで、使ってもらえたらいいと思う。

「…ほんとにもらうぞ?」
「遠慮なくどーぞっすー」

オレは机に突っ伏したまま、手をひらひらと振った。
そしてすぐに担任の先生が入ってきて、いつも通りの日常がはじまった。

こうやって、制服を着て、学校で授業を受けているようなオレにはまだ…プロデューサーちゃんの隣に立つ資格は、きっと、ないんだろう。
何かに頼るんじゃなくて、オレ自身の力で…プロデューサーちゃんにずっと笑っていてもらえるように。
もう二度と、あんな顔させないように。
そんな思い出を作らせないように。
プロデューサーちゃんを支えられるような、男になれるように。

そんな願いを、叶えるためにも…オレは、ぐっと黒板に向き直ったのだった――




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