とある日。
Beitは、ユニットでの仕事を無事に終えた。
遅い時間になってしまったため、その場で解散して恭二とピエールはそのまま帰路に着いた。
みのりはというと、他の仕事の都合で付き添いが出来なかったプロデューサーに報告をするために、事務所に戻ったのだった。
「ただいま〜…って、あれ?誰もいない…?」
遅い時間だけど、ドアは開いていたから、誰かしらはいるはずだけど…と、みのりは事務所の中を見回した。
少なくとも、プロデューサーには戻るって連絡を入れたし…
…お手洗いかも?
とりあえず、喉かわいたし、お茶を淹れようかな。
そう思い立ってキッチンに向かうと、みのりは片隅でうずくまっているプロデューサーを見つけたのだった。
「…プロデューサー、なんでそんなところに…」
「みのりさぁぁぁん!!!」
「ど、どうしたの?!」
みのりが声をかけると、プロデューサーはゆるゆると振り返り、ぼろぼろの顔でみのりに泣きついた。
「…っく…その様子だと…ニュース、まだ見てないんですね…」
「…ニュース?確かに、プロデューサーに連絡を入れてからスマホに触ってないから、見てないけど…」
そう言って、みのりがポケットからスマホをを取り出し、ニュースサイトを開くと…
なまえの最推しアイドルが年内で引退する、というタイトルの記事が目に飛び込んできた。
――それでみのりは、全てを察した。
アイドル好きが高じてアイドルになったのが、みのりなら。
アイドル好きが高じてアイドルのプロデューサーになったのが、なまえだった。
2人は、推しは違えど、同じ“アイドル”という存在を愛する同志なのであった。
もちろん、今のなまえはプロデューサーとして、Beitを一番に応援しているが、そのなまえがプロデューサーになったきっかけ、そして純粋にファンとしてなまえが人生のほとんどを捧げてきたアイドル。
そのアイドルの引退とあっては…ぼろぼろになるまで泣くプロデューサーの気持ちが、みのりには痛いほどよくわかった。
…それと同時に、嫉妬めいた感情も沸き上がることを、否定はできないのだけれど。
そんな気持ちに蓋をして、とにかく、今はなまえをフォローしようと思ったみのりは、座り込んで泣いているなまえに視線を合わせるべく、しゃがみこんだ。
そして、そっとその背をさする。
「うぅっ…ひっく…噂では、聞いてたんですけど…っ…まさか…ほんとに…」
「よしよし…泣きたいだけ泣いていいからね」
「わぁぁぁぁん!」
同じ趣味を持つ同志として、夜通し萌え語りもし合ったことのある2人。
引退するアイドルは、みのりも好きなアイドルの1人だし、お手本にしたいアイドルの1人でもあった。
そしてみのりは、どれだけなまえがそのアイドルを好きなのかも十分に知っていたから、なまえを好きなだけ泣かせることにした。
とは言え、床にそのまま座り込んでいたのでは体が冷えてしまう、とみのりはソファになまえを移動させ、ブランケットをそっと肩にかけたのだった。
――そうして、しばらくして。
「少し落ち着いた?」
「う…はい…」
未だに真っ赤な顔のまま、鼻をぐずぐず言わせながらも、なまえはようやく泣き止んだ。
みのりは、なまえの目に残った涙を優しく拭いながら笑った。
「ふふ、ヒドイ顔してる」
「うう…お恥ずかしいところをお見せしてすみませんー…」
「それは全然構わないんだけど…たくさん泣いたら喉乾いたでしょう?飲み物淹れるね」
みのりは冷蔵庫に向かうと、入っていたスポーツドリンクを取り出し、お湯で割ってなまえに差し出した。
「キンキンに冷えてると、体冷やしちゃうし、喉にもよくないからね」と言うみのりに、なまえは「何から何まですみません…」と恐縮しながらも、それを受け取って、喉を潤すのだった。
「顔、洗っておいで?そしたら、ぱーっと飲みに行こう!なまえ、明日はオフでしょ?今日はめいいっぱい付き合うよ!」
「確かに、私はオフですけど、みのりさんは仕事が…」
「大丈夫!明日は撮影じゃないし、そんなにヤワじゃないよ!それに今のなまえを1人にしたくないからね」
そう言って優しく笑って頭を撫でてくるみのりに、なまえは先ほどとは違う理由で頬を染めた。
呼び方も、いつもの「プロデューサー」ではなく「なまえ」と呼んでくるあたり、アイドルとプロデューサーではなく、アイドル好きの同志として接してくれている…ということに気づき、なまえはその優しさにすら泣きそうになる。
「…そう言ってもらえるの、すごく有難いです…1人じゃどつぼにはまっていくだけというか…申し訳ないんですけど、今夜だけは、甘えさせてもらってもいいですか…」
「もちろん!推しへの想い、聞くからね!思う存分吐きだして!」
「うう、ありがとうございます…!」
そうして2人は、夜の街に繰り出した。
酒を飲んで酔っ払い、推しへの愛と思い出を語り、そしてまた泣いて介抱され。
カラオケではみのりに推しの曲をリクエストしておいてまた泣く…という非常に厄介な行為を繰り返したにも関わらず、みのりは最後までなまえに付き合ってくれたのだった。
――始発の電車が動き出した頃、語りすぎと泣きすぎですっかり喉をやられたなまえに、みのりはのど飴を差し出した。
「迷惑かけてばっかりですみません…でも、おかげさまで、もう泣き尽くした気がします…」
「それならよかった。今日はゆっくりしてね。もしまた泣きたくなったら、俺を呼んでね。1人で泣いちゃダメだよ」
「ありがとうございます…さすがにもう、今日は…出がらしです…」
カスカスの声で、力なく「帰ったらよく寝れそうです…」と苦笑するなまえの頭を、みのりは笑ってぽんぽんと優しく撫でた。
「ねぇ、なまえ」
「はい、なんでしょう?」
「こんな時に、言うべきじゃないのかもしれないけど…こんな時だからこそ伝えなきゃって思って」
そう前置きをすると、みのりは真剣なまなざしをなまえに向けた。
「彼が引退したら…俺に推し変しない?公私ともに、さ。俺は、なまえがプロデューサーとしてプロデュースしてくれる限り、そしてなまえがファンとして応援してくれる限り、アイドルを続けていくつもりだし…ずっと、一緒にいるよ」
そう言って、どうかな?と微笑むみのり。
そして。
「彼はなまえの最初の推しで、たくさんの思い出があるだろうけど…これからは、俺と一緒に思い出を増やしていって…俺を、なまえの最後の推しにして欲しいな」
トドメの一言に、なまえは低い呻き声をあげて口元を抑え、へにゃへにゃと腰を砕けさせたのだった――