…また帰りが遅くなってしまった。
今日も、もうなまえさんは寝ているだろうな…そう思いながら、静かに家に入ると、案の定、家の中の明かりは消えていた。
そのまま、出来るだけ音がしないように、僕はそっとバスルームへ直行した。
なまえさんと一緒に暮らし始める時に決めたルールの1つが「お互いに仕事が忙しいのだから、無理にお互いの帰宅を待たないようにしよう」というものだった。
お互いを待っていたい気持ちはあるけれど…待たせる側としては申し訳ないし、生活時間を無理矢理あわせようとして身体を壊しては、2人で住む意味がないから…と、決めたものだった。
その代わり、ベッドルームは1つにした。
お互いに、寝つきが良い方でよかったと思う。
…そんなルールを決めたのだから、出迎えがないからといって、なまえさんを冷たい人だなんて思うことは、もちろんない。
けれど…ここのところ、なまえさんも忙しいらしく、すれ違ってばかりで、少し寂しい。
それでも、なまえさんは毎日朝飯を用意してくれて、可愛い手紙も添えてくれている。
簡単な一言ではあるけれど…それを見ると、今日も一日頑張ろうと思える。
ちなみに、その手紙を全部とってあることは、なまえさんには内緒だ。
言ったらきっと、照れてもう書いてくれなくなってしまうだろうから。
なまえさんと僕を繋いでくれる大事なものだから、それがなくなってしまうのは嫌だった。
ようやく寝床に入る準備が終わって、寝室に入ると…
「んんー…」
と目をこすりながらも、なまえさんが目を覚ました。
「すみません、起こしちゃいましたか」
「んーん…だいじょうぶ。おかえり。今日も遅くまでお疲れさまー」
寝起きで舌ったらずななまえさんは、起こされたことに少しも気を悪くせず、ふにゃっと笑って腕を広げた。
「ありがとうございます。ただいま」
そう返しながら、腕を広げるなまえさんを抱きしめると、抱きしめ返してくれた。
なまえさんの、優しい匂いがする…こうしていると、疲れが溶けていくような気になるし…すごく、落ち着くな。
起こしてしまった罪悪感も、なまえさんと話せる嬉しさには勝てないのだ。
「ごはんはちゃんと食べたー?」
「はい、テレビ局の人たちとの会食でしたから」
「へえ〜、美味しかった?」
「はい、美味しかったし、雰囲気もいいお店でしたよ。今度、一緒に行きませんか」
「わ、やった。楽しみにしてるね」
久しぶりに他愛もない話をしていると「ふわぁ…」となまえさんは大きな欠伸をした。
「ごめん…もう寝る?」
「はい」
「じゃあどうぞ」
なまえさんは布団に寝転び直すと、掛布団を持ち上げて自分の横をぽんぽんと叩いた。
子供にするような仕草が少しおかしくて、笑いながらその横に寝転がると、なまえさんも満足そうに笑った。
「久しぶりに面と向かって話す気がするー…」
そう言って、僕の頬を手で挟むなまえさん。
額を付け合わせるような形になって、距離が近いから、自然と声のトーンも抑え気味になる。
それが2人だけの秘密のようで…なんだかこそばゆい。
「すみません」
「あ、謝ってほしいんじゃないよ。忙しいのはお互い様だし。ホント、毎日お疲れ様です」
「なまえさんも、お疲れ様です」
「ふふ、ありがと。ねえ、次のお休みっていつ?」
「えーっと…」
今週は埋まっているし、来週の土日もイベントがあるし…と、頭の中でスケジュールを確認していると、なまえさんは僕の返事が遅いことに苦笑した。
「…しばらくはないってことね」
「申し訳ないです…」
「私に謝らないでいいんだよ。体調だけ気を付けてくれれば…もう病院から呼び出されるなんて、嫌だからね?」
僕が入院した時には、なまえさんに随分と心配をかけてしまったから…改めて反省して「もうしません」と返せば「よろしい」と頭を撫でられた。
「…来月の旅行は、大丈夫そう…?」
「それは絶対に死守します!!」
「…ありがと。それならよかった。絶対、楽しませてみせるからね!」
不安げななまえさんの手を取り即答すると、なまえさんはほっと表情を緩ませた。
来月の僕の誕生日に、2人で旅行に行く約束なのだ。
お互いに忙しくて、1泊だけの予定だけど…僕の誕生日祝いということで、なまえさんが「全部任せて!」と、とても張り切って準備してくれている。
だから絶対にその日は予定を入れないと、事務所でも宣言してある。
…理由を聞かれて、冷やかされてしまったけれど。
「楽しみです」
「ふふ、楽しんでもらえる自信もあるよー」
なまえさん完全プロデュースということで「当日までは全部秘密」だそうで、なまえさんは悪戯っ子のような表情で瞳を輝かせている。
その表情が愛らしくて、僕はなまえさんの額にキスをした。
しばらく話していると、なまえさんが再び大きな欠伸をした。
…なまえさんは明日も朝早いはずだから、夜更かしに付き合わせては、申し訳ない。
「…もう寝ましょうか」
「うん…せっかくお話できたけど…また今度ね。おやすみ」
「おやすみなさい」
そう言葉を交わして、そっとなまえさんの頭を撫で髪を梳いていると、なまえさんは静かに眠りの国へと誘われていった。
あどけない顔で、すうすうと寝息を立てるなまえさん。
…可愛いな。
――実は、旅行の時に、僕も1つだけ、なまえさんに内緒で企んでいることがある。
サプライズにするつもりだから、まだ秘密だ。
その準備も、着々と進めてあるけど…内容が内容だけに、今から少し、緊張してしまう。
アイドルのみなさんのプロデュースも、もちろん大事だけれど…
なまえさんのことも、ずっとずっと、大切にしていきたいから。
なまえさんの隣に居ることを許される証が、欲しいと思ったのだ。
「大好きです、なまえさん」
今は、これだけを伝えさせてくださいね。
僕はなまえさんの左手を取って、そっと口づけを落とし…なまえさんへ続くように、眠りの国へと向かうのだった――