「むふふふ」
ニヤニヤとしながら、私はパソコンを眺めていた。
よしよし、私の狙い通りの反応だわ…!
目の前に並ぶのは、昨日はじまったドラマの感想たち。
発表の時点からざわざわしていたのだけれど、ようやく放送された1話は、その期待を超えた会心の滑り出しだ。
ふふふ、これなら、2話はもっと視聴率期待できちゃうかも!
「プロデューサー、すみません、今からお願いできますか?」
「翼さん!ああっ、もうそんな時間でしたか!ごめんなさい、今行きますね!」
私は慌てて台本を抱えて、翼さんの後を追った。
同時に、この先に待ってる時間を思うと、自然と体が硬くなっていくのがわかる。
それに気付かれないように、私はわざとらしいくらいにテンションを上げた。
「プロデューサーも忙しいのに、今日も俺の練習に付き合ってくれて、ありがとうございます」
「いえいえ!私にできることならなんでも言ってください!」
「…今日のプロデューサー、なんだか機嫌がいいですね」
「そりゃそうですよ!ドラマの評判がめちゃくちゃいいんですもん!!翼さんはまだ見てないですか?」
「あ、ええと、放送は見たんですけど…なんだか自分じゃないみたいで」
そう言って、少し照れたように翼さんは頬をかいた。
――そう。
昨日はじまったドラマというのは、翼さんが主役のドラマなのだ!
翼さんが演じるのは、自信過剰、ワガママ放題の大手企業の跡取り息子。
彼のあまりの傍若無人ぶりに、社長である父親が愛想を尽かし、全ての権限をはく奪して…
彼のことを知らない、泥臭い現場に放り込まれる。
そこで、身分を隠し、周囲の人とぶつかりながらも、人として、次期社長として成長していくというオフィスドラマだ。
何よりそのキャラは、普段の翼さんとのギャップが大きくて。
昨日の放送の感想も、それについてのものが多かった。
「柏木翼の新境地!」とか「ギャップがありすぎて、キャストを確認し直した」とかとか!
オーディションの案内が来た時に、コレだ!と思ったのだ。
翼さんの演技の幅の広さを知ってもらえるキャラクターだと!
ここまで成長してきた、今の翼さんだからこそ、やってほしいキャラクターだった。
そして、私の目に狂いはなかった…ってまだ放送されたのは1話だけだけど。
これからの展開だって、すごいんだから!
…すごいんだ、ほんとに…
「感想までは、まだ見れていなくて…」
「じゃあ後で見ましょう!絶対に見た方がいいです!きっと、ファンレターもいっぱい来ますよ!」
「そうなんですか?正直、ちょっと反応が怖いな、って思ってたんですけど…練習が終わったら、見たいです」
「それじゃあ、まずは練習しましょうか」
「はい!えっと、今日は台本の27ページからのシーンをお願いしたくて…」
「了解です!えーっと、27…27…あった!」
翼さんはシーンを指定すると、台本を置いた。
台本はもう全部覚えてるようだ。
練習に付き合うと言っても、私に演技はできないので…台本は棒読みで、翼さんの演技を確認するのがメインだ。
27ページからのシーンは…
ああ、終盤の主人公とヒロインのシーンか…こ、これかー…
――ドラマのもう1つの軸。
それは、お目付け役であるヒロインとのラブロマンスだ。
ヒロインは主人公の父親の命令で、主人公の監視とフォローをする役目を負っていて、仕事は出来るが、恋愛経験はあまりない方、といった設定。
最初はぶつかり合う2人だが、様々なトラブルを乗り越えていくうちに、いつしか恋が芽生えていく。
ヒロインは、凛とした知的美人で、演技力も申し分なしと評判の女優さんが演じている。
そんな人が相手なので、演技で食われないように…というのと、実は女性といると緊張してしまうという翼さんのために、私が事前の練習に付き合っているのだ。
あんな美人さんじゃ、誰だって緊張しちゃうと思うけど…
私が練習に付き合うのは、こちらの方のシーンが断然多くて…
どうしても距離が近くなるので、練習中に私がめちゃくちゃ緊張していることは、内緒である。
こほん、とわざとらしく咳をして、緊張を誤魔化しながら台本を構える。
翼さんの台詞からなので「いつでもどうぞ」と伝えると、翼さんは息を吸い込んで、スイッチを切り替えた。
翼さんの目つきが、鋭いものに変わる。
この瞬間に、いつもドキッとしてしまう。
『なあ、いい加減この間の返事しろよ』
壁際に追いやられるヒロイン。
慌てて視線を外す。
…と書かれた台本通りに動くが、私はぎこちなくしか動けない。
だって!
翼さんが近いよぉぉぉ…!!
心臓がもたない!!
これは仕事、これは仕事…!!
『ほら早く。はいかYes、どっちだ?』
『そ、それは選択肢とは言えません!』
逃げようとするヒロインを、さらに追い詰める主人公。
そして壁ドン。
思わず叫びそうになるが、そんな台本にない反応を返したら、翼さんの演技に水を差してしまうから、必死で抑え込む。
『だ、だいたい、貴方は前に言ったじゃないですか!私に惚れるなんて、絶対ありえないって!』
『状況は常に変わってくもんだろ?あの時の俺はバカだったと認めるよ。今はお前のこと、可愛いって思ってる』
ヒロインの髪を掬い上げ、顔を覗き込む主人公。
…そんな翼さんの目をまっすぐ見れるわけがないので、私は必死に台本に視線を逃がす。
翼さんが私に言ってるわけじゃないんだから!
それに返す言葉も、私の言葉じゃないんだから!
勘違いしないの…!
ええとええと、次の台詞は…!!
『セ、セクハラで訴えますよ!!』
『セクハラねえ…本当に、心底、俺が嫌か?』
翼さんがそう言って、距離をさらに縮めて――
「か、カット、カットですぅーーー!!!」
「あっ。あ、そうでしたね、このシーンは、ここまででした」
私が慌ててカットをかけると、翼さんはスイッチを一瞬でオフにして、先ほどのオラオラな空気から一変して、ほわっとした空気をまとった。
私の肩の力も、どっと抜けた…
「プロデューサー、オレの演技、どうでしたか?」
どうもこうもないですよ!
死ぬかと思いましたよ!!!
…と言うのが正直な気持ちだけど、そんな発言は誤解しか生まないので、ぐっと抑え込む。
「い、いいと思います!主人公の俺様なところが出てますし、少し切なげな部分が、本当にヒロインのこと好きなんだなっていうのも伝わってきます!!」
「プロデューサーも、ときめいてくれましたか?」
「とっ!?」
ときめく!?
ときめくなんてレベルじゃないですよ!!
まだ心臓がバクバク言ってるのに!!!
「そ、そそそ、そうですね、ドキドキしちゃいました、ええ、はい!!」
「やった!嬉しいな。プロデューサーにそうやって褒めてもらえると自信がわきます!それじゃあ、次はこのシーンを…」
「つ、次、ですね…」
ま、まだ続くのね…!
当たり前だけど、終盤は、仕事も恋もクライマックスなので、それはそれは濃密なシーンが続くのだ…
ドラマのためとは言え、私の心臓はもつのだろうか…最近の一番の悩みである…
「えっと、このページです!」
「わかりました…!頑張ってお付き合いします…!」
そう応えて、ページを開くと…こ、このシーンは…!!!
作中一の、糖度MAXシーンでは…!?
「このシーンは、今のところ演技のプランを2パターン考えていて…両方やってみるので、どっちがいいか、それとももっと違う方がいいのか、アドバイス貰えると嬉しいです。あ、プロデューサーが個人的に好きな方も聞いてみたいです。よろしくお願いしますね!」
「は、はーい…?」
とりあえず返事は返してしまったものの。
私の個人的な好み…?
ドラマのターゲットは確かに、私世代の女性ではあるけれど…私の好みが、果たして一般女子の傾向とあっているかどうかは…自信がないのだけれど。
けれど、ニコニコとして私の準備を待つ翼さんにそんなことは言えず。
どうかもってくれ私の心臓…!
そう祈りながら、私は覚悟を決めて、台本を構えたのだった――