オペレッタをもう一度



とある日。
朝食の片付けを終え、巡回の準備を整えていると、有馬さんに呼び止められた。

「みょうじ」
「あ、有馬さん」
「その…この間観たところとは違う劇団の、オペレッタのチケットが手に入ったんだが…」
「別の?劇団っていっぱいあるんですね」
「あぁ、なんでも、女性だけの劇団だそうだ。煉瓦街の近くに専用の劇場があって、毎月演目を変えて興業をしているらしい。今月は『シンデレラ』だそうだ」
「へぇ〜…宝塚みたいなものなのかな」
「…この間のオペレッタを気に入っていたようだから…また一緒に行かないか?」
「ぜひ行きたいです!」
「では、次の土曜日を空けておいてくれ。時間は追って連絡する」
「はいっ!」

そして有馬さんは「悪いが、今日は別の用事で巡回に付き合えない」と言って先に出かけて行った。
一人になり、この間のオペレッタの夜を思い出して、少し顔が熱くなる。
楽しかったな…デート、みたいだったし。
有馬さんにとっては、ただの親睦なんだろうけど…

前回とは違って時間があるから、用意する時間もある。
せっかくなら、違う服を着ていきたいな…なんて。
千代に相談してみようかな。

楽しみだな…でも、気を緩めないようにしなくちゃ。
…今日の巡回も頑張ろう!


***


そして、ついにオペレッタに行く日がやってきた。
今日は、千代に「普段と違う姿を見せてみるのはどうかしら?」と勧められて、袴姿だ。
この時代に来てから和装をしたのは初めてで、慣れない格好に落ち着かないけど…
ドキドキしながら待ち合わせ場所に向かうと、既に有馬さんは待っていた。
有馬さんはこの間と同じスーツ姿だった。
2回目だけど…やっぱりかっこいいな。

私が声をかける前に、有馬さんはこちらに気付いたようで、目を丸くしているようだった。
…この格好のせい…だろうか。

「有馬さん、お待たせしました」
「いや…俺が早く着すぎてしまっただけで…まだ約束の時間前だ」

…んん?有馬さんと視線があわない。
珍しい…

「お前、その服装は…」
「あ…その、せっかくオシャレをしていくなら、違う服を着ていきたいなと思って…千代に相談したんですけど…変、でしょうか?」

不安になって自分の格好を見直す。
千代は褒めてくれたんだけど…見慣れないだろうから、違和感強いかな…

「いや、とてもよく似合っている。そういう服装も…似合うんだな」
「あっ、ありがとうございます…!」

また褒めてもらっちゃった…!
嬉しいな…
有馬さん、こういうこと苦手そうなタイプなのに、しっかり褒めてくれるのが、なおさら嬉しい。

「そ、そろそろ行くか」
「はい!」

待ち合わせ場所から少し歩いたところに、その劇場はあった。

「大きな劇場ですね!」
「あぁ、造りも堅牢そうだ」

早速中に入ると、もぎりのお兄さんに「ようこそ」と笑顔で迎えられた。
中には売店があって、パンフレットやブロマイドが売られている。
…この時代からこんな商品あったんだ。

「…精鋭分隊のブロマイド出したら、売れそうですよね」

そう言って、私はじっと有馬さんを見た。
有馬さんも秋兵さんも、かっこいいし、絶対絵になる。
秋兵さんはノリよくやってくれるかもしれないけど…

「やめろ」
「ふふ、冗談ですよ。でも有馬さんの写真は欲しいなぁ」
「っ!冗談言ってないで、早く席に行くぞ」
「はーい」

…有馬さんが照れてる。
写真が欲しいのは本当なんだけどな。
ほぼ毎日顔をあわせてるけど、それはそれ、これはこれ、というか。

客席に着いて、周りを見回す。
広い劇場だけど、お客さんでいっぱいだ。

「はー…満員ですね。あとこの間よりも、若い女の子が多い気がします」
「新進気鋭の劇団だそうだからな」
「みんな目をキラキラさせてて…開演を待ち望んでるんですね」
「そうだな。この劇団の人気の高さがうかがえる」

そこまで話していると、開演を告げるベルが響いたので、舞台に向き直った。

***

「…みょうじ?終わったぞ」
「はっ!」

気付いたら、オペレッタは終わっていた。
この間のオペレッタよりも、よりわかりやすくて、知っている話だけどアレンジされていて…
そして笑いあり、涙ありの展開で、私はすっかり物語に引き込まれていた。
歌も素敵で…メインテーマが、まだ頭の中で流れている。

演じている役者さんたちもキラキラしてたな…
中でも、主役を演じていた男役の人はとっても素敵だった。
…ブロマイド欲しいかも。ファンになっちゃいそう。
若い女の子に人気な理由がわかったなぁ…

余韻を浸ったまま、ふわふわと売店に寄り、千代へのお土産と、自分の思い出にパンフレットとブロマイドを買った。
劇場を出ると、今日は時間があるから、と有馬さんはカフェに連れて来てくれた。

「今日はとっても楽しかったです!連れて行ってくださって、ありがとうございました!」
「みょうじの息抜きになったならいい。それにしても…本当に楽しそうだな」
「はいっ、すっごく!」

テンションが高すぎてひかれているんだろうか。
有馬さんは苦笑している。

「有馬さんは楽しくなかったですか…?」
「いや…そんなことはない。あの劇団の人気の高さがわかった。俺個人としては…少し、物語が甘すぎるというか…重厚なものの方が、好みだというだけだ」
「なるほど」

確かに、今回の話は恋愛重視で、あの場にいたような、若い女の子向きだったと思う。
有馬さんには恋愛ものよりも、冒険ものとか、シリアスなものとかのほうが、いいんだろうな。

「あ、そうそう、あの王子様の衣裳、有馬さんに似合いそうでしたね」
「そうか?ああいった服装は、秋兵やダリウスあたりに似合いそうな気がするが…ヒロインのあのドレスはみょうじに似合いそうだとは思っていた」
「っ…!あ、ありがとうございます…」

顔色も変えず、有馬さんはさらりと言い放つ。
反則だよー…顔が熱くなる。
それと…

「…おんなじこと考えてたってことですね」
「そのようだな」

最初出会ったときは、こんな風に有馬さんと笑いあえる日がくるなんて思わなかった。
それが、今はこうして一緒にオペレッタを見て、感想を言い合えている。
嬉しくて…なんだかくすぐったい。

「…私思ったんです。帝都を守るってことは、あの劇場にいた、いろんな人たちのキラキラしたものを守ることでもあるんだなって」
「…みょうじ」
「だからこれからも、頑張ろうって思えました」
「そうか…だが、一人で気負いすぎるなよ」
「はい、有馬さんのこと、頼りにしてます!」

有馬さんとカフェで感想を語り合っていると、時間はあっという間に過ぎて…
気付けば外は暗くなっていた。
帰る場所は同じだから、夜道を並んで歩く。
それだけでも楽しいなんて、まだ私はふわふわしているみたい。

そんな気持ちのまま眠りについたせいか、その日の夢は舞台で観た物語とそっくりだった。
ヒロインは私で…王子様は有馬さん。
とても素敵な夢だった――




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