色づくは木々のみにあらず



「わぁ〜…」

なまえは目の前にそびえ立つ立派な旅館に圧倒され、隣にいた道流に恐る恐る尋ねた。

「道流くん…ほ、ほんとにここ…?」
「ああ。中もすごく素敵な旅館だぞ。さあ行こう」
「う、うん…!」

笑う道流になまえは頷いて、その後を追った。

以前道流たちTHE 虎牙道と、Cafe Paradeの東雲荘一郎と卯月巻緒、そして彼らのプロデューサーがお花見ライブの時にお世話になった鷹城旅館から、ライブの時のお礼にと招待券が315プロダクション宛に届いた。
しかし、ライブ直後の雑多な荷物に紛れ込んでしまっていたため、それに気付いたのが期限ギリギリのことで…
せっかくのお誘いを無下にするわけにはいかないからと、ちょうど休みの予定だった道流、そしてその恋人のなまえが泊まりにくることになったのだった。

「ホントに、無関係な私が来ちゃってよかったのかな…?しかもアイドルとお泊り、とか…」
「大丈夫だ、師匠にも許可はもらったし、旅館の方も配慮してくれるそうだ」
「そ、そうなんだ」

やっぱりすごい世界の人なんだな、なんて思ってしまう。
けれど、なまえを安心させるように握られた手に「せっかくなんだから、楽しまなきゃ…!」と、なまえは前を向き直した。



チェックインを終えて部屋に案内されたなまえは、再び圧倒された。

「こっ…こんな広い部屋に泊まらせてもらうの…!?」
「そうだなあ、2人だとちょっと広すぎるかもしれないな」

はは、と笑う道流に「2人…」とぼっと頬を染めるなまえ。
「温泉に行かないか」と言われ、深く考えずに「行きたい!」と応えたものの…
実は、道流と初めてのお泊りだということに気付き、ああだこうだと今日まで悩んでいたのだ。
旅館の雰囲気に圧倒されて忘れかけていたものの、肝心なことを思い出し、なまえは固まってしまった。
部屋にはなんと、専用の露天風呂までついているではないか――!

気まずそうにそちらから目を逸らすなまえ。
そしてそれに気付いていないフリをして、明るく声をかける道流。

「荷物の整理が出来たら、外に出てみないか?ここは広いから、旅館の中でもいいぞ」
「あっ、うん、行きたい!お土産も買っていかなきゃ」

はっと我に返り、なまえが準備をすると、2人は散策へと繰り出した。





「はー楽しかった!お土産いっぱい買っちゃったー!!素敵なものたくさんあったし、食べ物もあれもこれも美味しそうで…あっ、荷物ありがとう!道流くんも荷物多いのに」

散策中、なまえはさっきまでの緊張を忘れ、楽しそうにはしゃいでいた。
そして部屋に戻ってくると、申し訳なさそうに道流の両手から降ろされた荷物を見た。
大所帯、しかも食べ盛りの男子の多い事務所への道流のお土産はなかなかの量だった。
それに加えてなまえの分を持ってなお、道流は涼しい顔をしていたのだが。

「これくらい、なんともないぞ」
「ふふふ、道流くんは頼もしいね。あ、ねえねえ、ご飯の前に温泉入ってきてもいいかな?」
「ああ、そうだな。大浴場までは一緒に行こう」

お互いに、部屋にある露天風呂に一緒に入ろうとは言い出せず…
2人は大浴場に向かったのだった。



「――本当に1時間でいいのか?」
「うん、大丈夫!あっ、でも道流くんもゆっくり温泉に浸かりたいよね!?でも、バラバラの時間長くなっちゃうし…」

うーん、と悩むなまえに「だったら、部屋の風呂で一緒に…」とはここでも言い出せず、道流は内心苦笑した。

「じゃあ、1時間半でどうだ?でも、せっかくだからゆっくりしてきていいぞ」
「了解です!」

そうして違う色の暖簾をそれぞれくぐると、なまえは「道流くんを待たせないようにしなくっちゃ!」と、急いでお風呂を済ませようとしたが、温泉の誘惑には抗えず…
気付いた時には、約束の時間が迫っていて。

「道流くん待たせちゃうよー!!」

バタバタと着替えて、慌てて女風呂を出ると、浴衣に着替えた道流が外で待っていた。
あまり見慣れない姿に、なまえはドギマギしてしまう。

「ご、ごめんっ、お待たせ…!」
「お…ゆっくりしてきてよかったのに、慌てて出てきたな?」
「え、なんかおかしいっ!?」
「いや、そんなことはないが…髪、まだ濡れてるぞ」

浴衣のあわせ、間違ってないよね!?と自分の胸元を確認すると、道流に笑われながら髪を掬い取られた。
するとまたなまえは、ぼん!!と音を立てるように真っ赤になった。

「わわわ、ご、ごめん」
「部屋にもドライヤーあったから、戻ったらちゃんと乾かそうな」

ぽんぽんと頭を撫でられ、「はーい…」と恥ずかしそうに返事をするなまえ。
その様子を、道流は愛おしむように見つめていた。
そして。

「浴衣はちゃんとできてるぞ。可愛いな」
「〜〜っ!?あ、ありがと…道流くんも、か、かっこいいよ!!」
「そうか、ありがとな」

自分の褒め言葉をからりと受け止める道流に(私ばっかり振り回されてる気がする…!)となまえは唇を尖らせた。
年齢は変わらないのに、どっしりと落ち着いている道流に、いつも支えられ、助けられているのは事実だが…照れたり、恥ずかしがったり、狼狽えているのは自分ばかりで、なんだか悔しいのだ。


(私ばっかり道流くんが好きみたい…好きすぎるのかな…恋は落ちた方が負けって言うし…)…なんて考えながら、部屋に戻る途中の廊下で。

「わぁ…!!」

初めて通る廊下から見える景色に、なまえは歓声を上げた。
目の前には、暮れていく空の下に、ライトアップされた紅葉が広がっている。
赤や黄色、橙色に染まった木々が静かに佇んで、そこだけ違う世界のように幻想的だ。

景色に見入って立ち止まったなまえの隣に立った道流も、その美しい光景に目を奪われた。

「前に来た時の桜も綺麗だったが…紅葉もすごく綺麗だな」
「見せてもらったライブの写真、とっても綺麗だったもんね。きっと道流くんたち、めちゃくちゃかっこよかったんだろうなー…いいなぁ、私も見たかったなあ」
「…ライブは無理かもしれないが…桜は、また一緒に来て、その時に見よう」

顔を上げたなまえと視線を合わせて、道流は続けた。

「……なんて、まだ夕飯も食べ終わってないのに次の約束なんて、気が早すぎるか」

はは、と頭をかく道流に、ぶんぶんと首を振ってなまえは言った。

「ううんっ!次の約束できるの、嬉しいよ!また絶対来ようね!!」
「…ああ」

道流はなまえの可愛さに思わず抱き締めそうになったが、そこは踏みとどまり、代わりになまえの手をぎゅっと握った。
寄り添うように、並んで景色を眺める道流となまえ。

「なまえの手はあったかいな」
「道流くんだって!…まあ2人とも、お風呂上りだしね」
「はは、そうだなあ」
「足先までぽかぽかだよー帰るまでにもう1回は入りたいなあ」

自分の足先を少し持ち上げて、ぴょこぴょことスリッパを動かすなまえ。
足まであったかいことを言いたいらしい。
そんなところすら、道流には愛おしくて…さっきまでは言わなかった言葉を、伝える決心をした。

「……なあ、なまえ」
「んー?なあに?」
「2回目…は、部屋の露天風呂に入らないか?その…一緒に」

さすがの道流も、なまえの目を見て言うことは出来なかったが、繋いだ手から動揺が伝わってきて…
言い切った後に恐る恐るなまえの方を見たものの…俯いていて顔を見ることができなかった。

しかし、耳も首も真っ赤にしながらも、なまえは小さくコクリと頷いたのだった。


――手を繋いでいたことで、道流の緊張はなまえにも伝わっていて…そっと視線を上げてみると、そこには赤くなった道流の顔があって。

(私ばっかり、じゃ、ないのかも…)

そう思い直したなまえは、繋いだ手を強く握り返したのだった――




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