ふぁーすとこんたくと!



「ついに、この日が来ちゃった…!」

私は指定されたビルを見上げた。
ピエールくんのソロ写真集購入者向けのイベントの当選メールが来てから今日までずっと、私はそわそわ、ふわふわとしていた。

まさか、当たるなんて思わなかったから、本当なのかな、間違いメールじゃないのかな、とか。
夢じゃないのかな、現実だとしても、ドッキリじゃないのかな、とかとか。
何度も何度もメールを見返して。
間違いでした、なんてメールが来ないことを祈って…ようやく、今日という日を迎えた。


――そう、今日は、私の大好きなアイドルであるピエールくんの、お渡し会の日だ。

私のとって初めての…接触イベントでも、ある。
まだ時間はあるのに、足も手も震える。
緊張しすぎて、ちょっと気持ち悪くなってきたかもしれない。

…せっかくのチャンスなんだから!
怖気ついてる場合じゃないよ…!

自分をなんとか奮い立たせて、私は、会場へと足を踏み入れた。



案内されたのは、小さなホール。
まずここでトークショーをやってから、お渡し会へと移るらしい。

周りを見ると、綺麗な子がいっぱいで不安になる。
ううん、ピエールくんはそういうことでファンを比べたりしない人だもん…!
それに私だって、精一杯、準備をしてきた。
頭の先からつま先まで、私の出来る限り、ピエールくんへの愛をこめてきたつもりだ。
…周りの人に、応援してもらって。

不器用すぎて、ネイルすらまともに塗れない私が泣きついたら、なんとカエールくんの絵まで描いてくれた親友。
悩みすぎて何を着て言ったらいいかわからなくなって、半泣きで相談したら、コーディネートだけじゃなくて、お金まで出してくれて「推しには最高の状態で会いに行きなさい」と言ってくれたお姉ちゃん。
昨日の夜興奮して寝れなくて、朝になってうとうとしてたら、起こしてくれた上に、髪をセットしてくれたお母さん。

みんなに、一生足を向けて寝られない。
…ていうか、迷惑かけすぎだ、私。
終わったらちゃんとみんなにお礼しなきゃ。


ああ、そうだ、お渡し会の時に言うことを復習しておかなきゃ!
私は、ピエールくんに言いたいことを書き出しておいた紙を開いて見返した。
こうしておかないと、きっと私は言葉に詰まって何も言えなくなるだろうから、という親友のアドバイスだ。
言いたいことは、簡潔に。
最低でも、いつも元気貰ってます、ありがとう、大好きです、と伝えられるように。
ううう、ちゃんと言えるかな…!

「お待たせしました!」

びくっ。
司会の人の声に思わず肩が跳ねる。
つ、ついにはじまってしまった…!

ひとまず紙はポケットにしまって、目の前のステージを見つめる。
そんなに前の方の席じゃないけど、いつもライブをしているような会場とは大きさが全然違うから、ステージが近い。
バクバクと心臓が鳴って、とにかく緊張する。

司会の人が、イベントの流れや諸注意を説明してくれているが、全然頭に入ってこない。
ううう、ごめんなさい…緊張でどうにかなりそう。

「それでは、ピエールくんに登場していただきましょう!」

心臓がぎゅっとなる。

「やふー!こんにちはー!!」

明るい声と共に、キラキラした人がステージに現れた。
ピ、ピエールくんだあぁ…!!!
ああ、今日も可愛い…………!!
周りからは黄色い歓声が上がるけど、私は感激し過ぎて声が出なかった。

それから、司会の人がピエールくんに写真集について色々聞いていた。
裏話とか、お気に入りの写真とか…
あと、写真集を見たみのりさんの反応がすごかった話とか。

大きく身振り手振りをしながら、楽しそうに語るピエールくんが可愛すぎるよぉ…!
はぁ…存在だけで尊いのに、尊さが極まりすぎ…!


…生、なおかつ、初めて肉眼で表情が確認できる距離にいて、動いて話すピエールくんに感激していたら、あっという間にトークショーは過ぎていき…

「さて、名残惜しいですが、ここで一旦ピエールくんとはお別れです!ピエールくんにはお渡し会の準備に入ってもらいますー!」
「またあとで、ねー!」

ひっ…ついに…お渡し会がはじまっちゃう…!
待って待って、こ、心の準備が…!

「荷物を持って、前列の人からスタッフに着いていってくださいね!」

に、荷物、荷物…!
ああでもメモも確認しておかないとっ…!

メモを取り出す手が震える。
いつも元気貰ってます、ありがとう、大好きです。
いつも元気貰ってます、ありがとう、大好きです。
ぶつぶつと読み上げるけど…ヤバいよぉ、喉がカラカラで声が出なそう。

「それではこちらの列の方、私に着いてきてください」

ひゃあああああ、ついに順番が回ってきた…!
足が震えてちょっと躓きかけたけど、なんとか前の人に着いていくと、小さな会議室のようなところに案内された。
ここに荷物を預けて…この奥にピエールくんが…!
もうだめ、心臓が口から出そう…!!

「はい、では次の方どうぞ」
「ひゃっ、ひゃいっ!!」

…声が裏返った。
めちゃくちゃ恥ずかしい〜〜〜…!!

案内されると、机を挟んでピエールくんが立っていた。
え、近い近い近い…!!!

「こんにちは!」
「こっ、こんにちは…!!」

促されてピエールくんの前に立つ。
え、どうしよう、尊さに浄化されそう。
天使が、天使が目の前にいる…!!

「キミの名前、教えてくれる?」
「あっ、はぃっ、えっと、なまえって言います…!!」
「なまえさん!写真集、買ってくれて、アリガト!」
「こここ、こちらこそ…!」

て、天使が私の名前を…名前を呼ばれ…

「ちょっと待ってね。えっと…なまえ…さん…」

え、え、ピエールくんが私の名前を書いてくれている…!!
お渡し会って、用意してあるものを渡してくれるだけだと思ってた…!
このポストカード、家宝にしなきゃ…!!

サインを書き終わって立ち上がったピエールくんを見上げる。
……見上げる?
そっか、いつも両脇に背の高い恭二さんとみのりさんがいるから小さく見えるだけで、実際は私より大きいんだ…そりゃそうだよね、私は人より小さめだし、ピエールくんは男の子だもん…!

「はい!なまえさんへ、写真集買ってくれた、お礼!」
「あ、ありがとうございます……!!」

ピエールくんが目を見て私の名前を呼んでくれている…どど、どうしよう泣きそう…!!
だめだめ、こらえなきゃ!
ハッピースマイル!だもん!

私がポストカードをなんとか受け取ろうと手を出すと、ピエールくんが私の手を見て言った。

「あっ!カエール!カワイイね!!」

はわぁぁぁ…!!!!
あああ親友よありがとう…ダメ、ホントに泣きそう。
泣きそうになって喉がきゅっとなっちゃうし、頭はパニックだったけど、私は必死に言葉を絞りだした。

「し、親友が、やってくれて…!!」
「ステキなお友達、だね!」
「は、はい…ほんとに…!え、えと、それで、あの…ピ、ピエールくんの笑顔に、いつも、元気をもらってます!ありがとうございます、だっ、大好きです!!!」
「ホントっ!?ぼくも、アリガトー!!」

ニコッ。

ピエールくんが…天使の微笑みが…すぐ、目の前、で………









――そこから、家に帰ってくるまでの記憶がない。

よく帰って来れたなぁ…
夢だったのかも、と思うけど、確かに私の手には、ピエールくんのサインが入ったポストカードがあった。

ああ、本当に…可愛かった…そして、思ってたよりずっと、かっこよかった…!!
天使だけど、男の子なんだなぁって…なんだろう、よくわからないけど、この世に確かに存在するんだなぁって…!
ますますファンになっちゃったよぅ、どうしよう…!

とりあえず、このポストカードは…
あんまり触ってたらくしゃくしゃになっちゃうから、額縁に入れて飾る…?
でもそうすると、日に焼けちゃうかな…
でもでも、すぐ見えるところに置いておきたいし…!!

私は脳内で何度も今日のことを出来る限り反芻しながら、『ポストカード 保存』とか『サイン 鑑賞』とかを検索し、SNSで今日のレポートを読み漁り、親友へのお礼も探し…長い長いネットサーフィンをするのだった。
あ、お母さんとお姉ちゃんには、物じゃなくて、家事とかでお返しします!


はあ……今日は本当に、幸せな日だったなぁ…!
ピエールくんに貰った元気で、明日からも頑張るぞー!!
それでまたいつか、ピエールくんに会えますように!!!




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