言えないこと



――最近、私には悩みがある。

…が。
内容が内容だけに、死んでも周りの人に相談なんてできない…!
はぁぁぁ…なんでこんなコトで悩んでるんだろう…

そんな風に鬱々と過ごしていたある日、担当アイドルであるS.E.Mの舞田さんから声をかけられた。

「Hey,プロデューサーちゃん!今日はミスターやましたの家で、鍋partyしようよ!」
「えっ、いや、私は…」

不眠気味なので、体調が万全とは言えない…というか、恐らく彼らは私の不調に気付いている。
ついうっかり原因を言ってしまいかねないので、最近は仕事以外の話を避け続けてきているのだ。
だから、今日もパスしたい…!

「えー!でも、予定はないよね?」
「それはっ…ないですけど…」
「じゃあ決まり☆ミスターはざまが、珍しい日本酒を持ってきてくれるってさ☆」
「うっ………………い、行きます…」

………我ながら自制心というものが皆無だ。
だってお酒が…私を呼んでいる…
飲み過ぎなければ、きっと大丈夫…大丈夫…



そして、お酒に釣られ…
美味しいお酒と鍋に舌鼓を打ちながら、ふわふわした気分で鍋パーティーを楽しんでいたのだが。
宴もたけなわ…というところで。

「――単刀直入に言おう。最近、プロデューサーは何か悩んでいるのか?」

…と、ド直球に硲さんに尋ねられた。

「う…別に、なんでもないデス、よ」
「嘘が下手だねえ、プロデューサーちゃんってば」
「いや、ホント、大丈夫なんでほっといてください。プライベートなことなので」
「俺たちの仲じゃん!!」

山下さんが苦笑いし、舞田さんが肩を回して物理的に絡んでくる。
全員ほろ酔いなので、テンションがおかしい。

「だからこそ言えないこともあるんですよ!!」

匿名掲示板とかだったら全然書き込めるよ、半笑いで。
でも知り合いになんて絶対言えないんだってば!!

みんな気の遣える大人なので、普段ならそこまで突っ込んで来ないのに、お酒のせいなのか、そこまで私の様子がおかしかったのか…追撃がやまない。

「俺たちはその程度の関係だったんだね…」
「借金?浮気?実家のトラブル…あとは…」
「隣人トラブルなどだろうか」

うぐっ…それはそうなんだけどそれだけじゃないっていうか…言わないったら!!

「言いませんってば!」
「…我々では、プロデューサーの役には立てないということだろうか」

わー!硲さんまでしょんぼりして、そんなこと言い出さないで!!

「あーもう!!そういうんじゃないんで!ホント!触れないで!!」
「そんなにー…?…あー案外欲求不満とか?なんて――」
「ぶっっっっ…!!!!!」


……………時が、止まった。




…………だああああああ露骨に反応してしまった!!!!!
私の馬鹿!!!!!!!!!!

「BINGOだネ☆」
「え…マジで?」
「あああああああああああああ!!違う!違うったら!!…うわあああん馬鹿馬鹿!!死にたい!!!!!」

恥ずかしさで死んでしまいそう!!!
なんで担当アイドルにそんなことバレなきゃいけないの!!!!!
恥ずかしくて、情けなくて涙が出てきた…

「死なないでくれ、プロデューサー…!」
「ご、ごめんね…?どうどう」

硲さん、酔っぱらってるね!?
山下さん、私は馬じゃなーい!!!

「こんなことバレて、もう生きていけない…うう…うっう…」
「泣かないで、プロデューサーちゃん!!」

ああなんて日だ!!もうやだやだやだ…!!

「性欲は生物として当然のものだろう。一般的に、女性は男性に比べて口にするのが憚られるという気持ちは理解できるが」
「そうだよ!なんにも悪いことじゃないし、恥ずかしいことでもないよ!」
「そのフォローがつらい!!!」

私はそもそも、同性相手でも異性相手でも、猥談なんてしたことないのだ。
なのに…なのに、なんでよりにもよって…!!

「そんなフォローされても、内心ドン引きでしょ!?私なんて痴女ですよ痴女!!!もーやだぁぁ…!!それもこれも!!毎晩毎晩、両隣でおっぱじめるあいつらが悪いんだぁぁぁ…!!」

私は部屋の隅で膝を抱えて、わぁぁん、と子供みたいに声をあげて泣いた。
我ながら、ここまで追い込まれていたとは…


――そう。
私の最近の悩みと言うのは、壁の薄い自宅マンションが、右隣はラブラブ新婚夫婦、左隣はヤリチン男子大学生という地獄の布陣になってしまったのだ…!
あいつらときたら毎晩毎晩…!!!
いや、新婚さんはしょうがない。
新婚さんだものね、仲良きことは美しきかな。うん。
……すっごく特殊な性癖のご夫婦のようですけどね!!

つーか男子大学生!!アンタ、何人連れ込んでんのよ!!!
毎晩別な子だって、嫌でもわかるんだからね!!?

おかげでうるさくて寝れないし、やっと寝れたと思っても、変な……え、えっちな夢ばっかり見るようになっちゃったし…!!
かと言って、そんなに気軽には引っ越せないし…!

私が泣きながら訴えると…たどたどしかっただろうが、3人にはなんとか伝わったようだった。
同情的な空気が流れているのが、顔を伏せていてもわかる。

しばらくしたら、多少は落ち着いては来たけれど、でもやっぱり顔はあげられない。
どんな顔しろっていうの…!

「プロデューサーちゃん、大丈夫だから、顔上げてこっちにおいで?」
「ムリですぅぅ…」

類さんが傍らに寄ってきて声をかけてくる。
私は野良猫か。

「うーん。じゃあ、実力行使しちゃおーっと!」
「え?…ちょ!!!どこ触っ…んむっ!!!!!???」

胸を触られた!?と思って顔上げたら、口を塞がれた…は…?え…?
あっけに取られていたら、ぬるりとしたものが口の中に侵入してきた。
…は?もしかして、舌、入れられて、る…???

「んんんーーーー!!?」
「ふふっ、プロデューサーちゃん真っ赤!So cute!」
「なっ…なななな、なにしてくれてるんですか!!?」

状況を理解して、舞田さんを押しのけたけど、舞田さんは悪びれることなく、ニコニコと笑っていた。
硲さんと山下さんもぽかんとしている。
…なにこれどういう状況!?
混乱しているのに、舞田さんとキスをしたという事実が、私の顔を、体を熱くさせる。

「こんなことされてっ…私に生き地獄を味わえと!?」
「違うよ、俺が天国に連れて行ってあげる☆」
「はい!?」

そう言うと、舞田さんは、するりと私の太ももに手を滑らせてきた。

「ちょっ!!るい、なに人の家で致そうとしてるの!?」
「あれ、ダメだった?じゃあ俺の部屋行こうか!」
「いやいやいや、そういう問題じゃないでしょ!」

我に返った山下さんによる怒涛のツッコミ。
それでもまだ、私は頭の中で状況が整理できずにいた。

「えーじゃあ、このままプロデューサーちゃんを帰しちゃうの?今日も寝れないかもしれないのに?…それに、そんな顔したプロデューサーちゃんを帰らせられないよ」
「それは…」

そんな顔ってどんな顔!?
…いや大泣きした後だ、すごいことになってるに違いないけど!

「俺は、プロデューサーちゃんが悩んでるなら、力になりたいよ!」

そう言って優しく笑う舞田さん。
…でも、その優しい表情とは裏腹に、その手は私の手をゆるゆると、でも官能的に撫でていた。
どうしよう、やばい、その手を振りほどけない。

「…プロデューサーが悩んでいるというなら…私も協力しよう」
「はざまさんまで!?」

今まで黙っていた硲さんまでが、舞田さんに味方する発言をした。
協力、ってどういう、こと…

「ミスターやましたは?」
「…聞くのは俺じゃなくて、プロデューサーちゃんにでしょ」

そう言うと、ため息をついて山下さんは立ち上がって、私のそばまでやってきた。

「プロデューサーちゃん、いいの?プロデューサーちゃんが嫌なことをするつもりはないけど…俺たち、たぶん、止まんなくなっちゃうよ」

困ったような顔で、山下さんが問いかけてくる。
舞田さんも手を止めて、見つめてくる。
硲さんも、少し離れたところから、まっすぐ見つめてくる。

〜〜〜〜〜どうしよう、どうしよう。
私はプロデューサーで、みんなはアイドルで。
どうしてこうなった。
え、ここで頷いたらどうなるの?

ぐるぐる、ぐるぐる、頭がごちゃごちゃだ。



………でも、自分の中の熱と、未知への好奇心…そして本能みたいなものが、不安とか、倫理観を押しのけてしまって。

私は…コクリと、頷いてしまった。



「そうか。それでは、まずここを片付けよう」
「ハーイ!あ、俺コンビニ行ってくるよ!」
「り、律儀と言うかなんというか…まあ、このままだと狭いしねぇ…」

私の一世一代の覚悟の空気が、硲さんの一言で崩れ去っていく。
あ、あれ…
3人は、慣れた手つきで机の上の鍋やお酒の片づけをし始めた。

「プロデューサーちゃんは、お風呂入ってきていいよ」
「あ…は、はい…」

流されるままに、私はシャワーを浴びることになった。
…どういうこと。




シャワーを浴びていると、どんどん冷静になっていく。
さっきはつい、勢い頷いてしまったけれど。
どう考えてもダメでしょ、とまた頭がぐるぐるしてきた。

……でも、頭は冷静になっていくのに、一度熱を持ってしまった体を止められそうになかった。
ドクドクと、体中の血管が脈を打っている。
まるで、この先の展開を、期待するかのように。


「おーい、プロデューサーちゃん。のぼせてないー?」
「ひっ、ひゃいっ!!?だ、だだ、大丈夫です!!」

突然声をかけられて、声が裏返ってしまった。
山下さんにドア越しに話しかけられただけなのに、心臓が飛び跳ねた。

「それならいいけど…タオル、ここに置いておくからね」
「は、はい、ありがとうございます…」




………えええい!!!ここまできたんなら!!
女は度胸!!女に二言はない!!
本能に従ってしまえばいいんだ!!!
さっきので、かく恥はかききった…はず!!

私は覚悟を決めて、お風呂から上がった。

…上がったら、タオルだけじゃなくて、スウェットも置いてあったので、お借りした。
大きい…さすが山下さんのだ…


「あの…お風呂、ありがとうございました」
「いーえ、どういたし…っ」
「あ、ミスターやましたの服借りたんだね!ふふ、oversizeがcharmingだよ!ね、ミスターやました!」
「…そうね。おじさんドキッとしちゃった」
「へっ!?」

か、可愛い…?
地味なスウェットだと思うんだけど…変に持ち上げなくてもいいのに。


部屋に戻ると、机はすっかり片付いていて、布団が鎮座していた。
ひぇっ…

そして、3人共どうやら舞田さんの家でシャワーを済ませていたらしいことに気付いた。
私、そんなに長湯してたのか…長湯と言うか、ぐるぐる悩んでただけだけど…


そして布団を挟んで、並んだ3人とまるで面接のように対峙する。
我ながら、なんだこの状況…

「さて…最終確認だが。プロデューサーの、悩み解決に…我々3人が協力する、ということで、本当にいいんだな?」

さすがの硲さんも、ストレートには言いづらいようで。
でも、言いたいことはわかっているので、肯定の返事をした。
…覚悟を決めたはずなのに、自分から出た声は、とても小さかった。

「1つ、約束しよう。君が嫌だと思ったら、遠慮なく言ってくれ。そこで絶対にやめると約束する」
「…さっきは、止まんなくなっちゃう、なんて言ったけど。プロデューサーちゃんが嫌なことは、絶対にしないから」
「プロデューサーちゃんを気持ちよくするのが、今日のmissionだからね!!」
「え…あ、ありがとうございます…」

…果たして、今の返事は、ありがとうで正しいのだろうか…?
いや、3人が気を遣ってくれているのはとても伝わってくるからいいのか、な…


…そして、しばしの沈黙が流れた。

「えーっと、どうしようか?」
「…おじさん、こんな経験ないからなぁ」
「私もだ」
「俺だってないよ!うーん…プロデューサーちゃん、緊張してるみたいだから、まずは普通にマッサージするのはどうかな?」
「そうだねえ…うーん、座椅子があったらよかったのかなー…まあとりあえず、そんなところで正座してるのもなんだから、布団の上にどうぞ?」
「え、あ、し、失礼します…」

促されるまま、布団の上に座る。
…まな板の上に自ら上がる鯉かな?

「じゃ、俺はhandマッサージ担当ね!」
「ふむ…では私は足を担当しよう」
「うーんと…じゃあ、おじさんは肩でも揉んであげようかな」

やるとなると、すんなりと役割分担が決まるところが、3人らしいな…なんて思う。
そんなわけで、山下さんに寄りかかりつつ、左手に舞田さん、足元に硲さん、という配置で、マッサージが始まった。

「いたたたた!!硲さんそこは痛い、痛いです!!」
「ということはこちらも…」
「いったーーー!!」
「先ほどのは首、今のが肩のツボだ」
「確かに、首はがっちがちだし、肩も硬くて、全然指入んないんだけど…」

知ってる!どこのマッサージや整体に行っても同じこと言われる!!
あああああそこ効く…!!

「プロデューサーちゃん、手のここはどう?」
「そこはだいじょ…じゃない!痛い!!」
「ゴリゴリだねー」
「そのあたりは、内臓のツボが集中している」
「そうなんだ。お酒も飲んだし、よくほぐしておくね!」
「プロデューサー、もっと健康に気を使うようにしてほしい」
「はいぃ……」

3人に、ましてやアイドルにマッサージされるなんて、とっても贅沢なことだとは思うけど…
なんでこんなにガチなマッサージをされているんだろうね!?
さっきの私の一大決心はなんだったんだろう…



……でも…なんやかんや…気持ちよくて、だんだん眠くなってきた……
3人とも、マッサージうまいし…ひと肌があったかくて…

…もー…だめ…

「すぅ…すぅ…」







「んー…」
「あ、起きた?Good morning,プロデューサーちゃん!」
「おはよう、プロデューサー。昨晩は、よく眠れたようだな」
「おはよ。朝ごはんもうすぐできるけど、食べられる?」

……えっと。

ここは、山下さんの、おうち…の、お布団の、なか。
外は明るくて……
久しぶりに、目覚めがスッキリしている気がする、けど…

昨日は……色々、あって……

………

………………

……………………あのまま寝落ちしたの、私!?

いやその方がよかったような、そうでもないような!?

「その様子だと、昨日の記憶はあるみたいだけど…プロデューサーちゃん、本当に疲れてたんだねえ。マッサージをしている間に寝ちゃったんだよ」
「Mission大成功、だね!」
「ちなみに、君が眠った後、我々は舞田くんの部屋で仮眠をとらせてもらった。寝ている君に、不埒なことはしていない。断言しよう」

寝てスッキリしたら、頭が冴えていて、そのくせ昨日の記憶はしっかり残っていて。
…がばっ!!と私は布団から出て、土下座した。


「昨夜は、大変、ご迷惑をおかけしましたぁぁ…!!!」



――その後、その日の話はタブーになった。
笑い話にすらできなかった。

あまりの情けなさに、私は次のオフに速攻で新しい家を決めて、最短で引っ越した。

…あの日、違う方の欲に身体が従っていたら……なんて想いを、早く、消し去ってしまいたいたくて。
私は今まで以上に、仕事に精を出すのだった――




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