Little princess



「はじめまして、みょうじなまえです。主役の妹『さくら』役をおおせつかりました。みじゅくものですが、がんばりますので、よろしくおねがいします」

主役を務めることになった、新しいドラマの仕事の顔合わせにて。
自分の妹役を演じることになった幼い女の子の挨拶に、北斗は目を丸くした。

同じ事務所にも、幼いながらしっかりした人物はいるが…
それ以上に幼いのに、真面目過ぎるくらいだ。
さすが、生まれたときから芸能界に身を置いているだけのことはある…と、なまえに北斗は興味を覚えた。


そして、初めての撮影の日。
改めて顔を合わせたなまえに、北斗は挨拶をした。

「おはようございます、みょうじさん。今日はよろしくお願いします」
「おはようございます、伊集院さん。こちらこそ、よろしくお願いします…あの、私に敬語をつかっていただかなくて、だいじょうぶです」

芸歴はなまえの方が長いのだが、恐縮したように言うなまえに、北斗は目を細めた。
まだ真新しいランドセルを背負って現場入りした子とは思えない口調だ。
だが、それでは距離が縮められない。
北斗は、しゃがんでなまえと視線をあわせた。

「それじゃあ…せっかく兄妹役なんだし、お互いに敬語はなしにしよう」
「え、でも…」
「俺に気を遣わないで。なんて言ったって、俺は君の『お兄ちゃん』なんだからね☆」

そう言ってパチッとウィンクをすると、なまえの纏う空気が少し緩んだ気がした。

「あ、あの…そうしたら、その…北斗お兄ちゃん、ってよんでもいいですか?」」
「もちろん」
「ありがとうございますっ。私、ひとりっこなので…うれしいです」

まだ幼いまんまるのほっぺたをほわっと赤くさせて、喜ぶなまえに北斗は微笑みかけた。
実の妹はいるものの、年はなまえとほど離れていないため、新鮮な感覚だった。

そこに、スタッフからリハ開始の声がかかった。

「それじゃなまえちゃん、行こうか」
「はい!」


両親を亡くした大学生のもとに、腹違いの妹を名乗る幼い女の子が現れ…
そこから始まる家族を描くドラマ、それが今回の内容だ。

複雑な感情を演じ分けることを求められているが、さすが、天才子役として名高いなまえ。
その演技力に、北斗は飲み込まれかけることすらあった。

「…ふう」
「お疲れ様、なまえちゃん。飲み物どうぞ。熱いから気を付けてね」
「北斗お兄ちゃん!ありがとう」
「なまえちゃんはすごいね。さっきの演技もとてもよかったよ」
「えへへ」

泣きの演技のあと、休憩に入ったなまえに北斗は暖かいココアを渡した。
感情のふり幅が大きい演技をした後だから、との気遣いである。

ふうふうと冷ましながら少しずつ飲むなまえは、先ほどまでと違い、年相応に…そして小動物のように見え、北斗もつられて頬を緩めた。



そんな風なやりとりを交わしながら、撮影は進み…
ついにクライマックスのシーンの収録を迎えた。

様々な問題を乗り越えて絆を深めた兄妹が、別れの危機を迎えるシーンである。
その日のなまえは口数が少なく…恐らく、気持ちを作っているのだろう、と北斗も距離を置くことにした。

そして本番。

『さくらは、あの人と一緒にいった方が、幸せになれるよ』
『……』
『少しの間だけど…俺も、楽しかった。また、夏休みにでもうちに遊びにくればいいし、電話とか、メールとか、しような…それじゃ』

そういって、北斗がなまえの頭を撫でて、立ち去っていく。
ずっと俯いて黙っていたなまえの表情が、どんどんと崩れていき――

『待って!…お兄ちゃん!!』

北斗の後を追って駆け出すなまえ。

『やだ!わたし、お兄ちゃんとじゃなきゃ、やだ!!』

泣きながら懸命に走るなまえ…
そこで、アクシデントが起こった。
転ぶ予定はなかったのだが、なまえは躓いて転んでしまったのだ。

しかし、なまえはぐっと歯を食いしばりながら演技を続けた。
思わず駆け寄って手を差し伸べそうになった北斗も、ぐっとこらえてなまえを待った。

そして、北斗に追いついて抱き着き、演技を続け――

「――――カット!!!」

カットの声がかかると、スタッフから拍手が起こった。

…いつもなら、カットがかかるとすぐに、なまえの表情は切り替わって、通常通りに戻るのだが…今回は北斗に抱き着いたまま、なまえは嗚咽を続けていた。

「…なまえちゃん、大丈夫?」
「っく…ひっく…さつえい、おわっちゃう〜〜〜やだぁぁぁ…」

初めて素の年頃らしい感情を、そして初めての我儘を見せたなまえに、北斗をはじめ、周りにいる大人たちは胸を掴まれた。

北斗はなまえを抱き上げて「大丈夫だよ」と背中をあやすようにぽんぽんと叩いた。

「撮影が終わっても、俺はなまえちゃんのお兄ちゃんでいるよ」
「…ほんとう?」
「うん、本当だよ」

そう言いながら、北斗はなまえから溢れる涙を、ぬぐった。

「…それで10年後には、俺のプリンセスになってくれたら欲しいな」
「…??妹じゃなくて…?」
「ふふ…そうだよ。でもまずは、足のケガの治療をしてもらおう。少し血が出ちゃってるね…痛くはない?」
「…がまん、できる…」
「なまえちゃんはいい子だね」

そうして、治療してもらう間も、北斗の服を放さず、その日は終わりまでべったりで…
別れるときにも、なまえはまたべそをかき始めた。

「まだ撮影は少し残っているし…番組の宣伝もあるから、そんなに泣かないで」
「ごめんなさい…」
「ふふ、俺としては嬉しいワガママだけど…泣きすぎると、なまえちゃんの目が真っ赤になってしまうからね。それもウサギみたいで可愛いけれど」
「うう」
「そうだ、なまえちゃんのお母さんの許可がもらえたら、今度一緒にどこかに遊びに行こうか」
「いいのっ!?」
「もちろん。俺がエスコートするよ」

泣き顔から一変して、嬉しそうに笑うなまえに、北斗も目を細めた。

「それから…頑張っていたら、また違う仕事も一緒に出来るかもしれないよ。だから、お互いに頑張ろうね…なんて、なまえちゃんにわざわざ言うことじゃないかもしれないけど」
「ううん!そっか、ほかのお仕事…!私、お仕事、もっともーっとがんばる!」



――そうして。
北斗の車にはジュニアシートが常備され、休日の予定は、エンジェルちゃんたちではなく、なまえとの予定で埋まっていくようになっていくのだった。

同じユニットの2人からは「お前…大丈夫だよな…?」「捕まらないでよね」なんて言われてしまったが…
あくまで兄としてなまえを溺愛する様子に、冬馬と翔太は呆れながらも、北斗の変化っぷりに顔を見合わせるのだった。
そして気付けば、Jupiterの輪になまえが加わることも増えていくのだった――




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