『秘密』の種類




その日は「次の仕事の台本が届いたから、時間がある時に取りに来てください」とプロデューサーから連絡が入ったことから始まった。
特にこれといった予定もなかったおれは、そのまま事務所に向かったのだった。

「…おはようございます」
事務所に入り挨拶をすると、大量の書類に隠れていたプロデューサーが現れた。
顔に少し、疲れが見える。

「おはようございますー…あ、一希くんだ。もう来てくれたんだ」
「…あぁ。特に予定がなかったから」
「そうなの?えーっと、台本渡さなきゃね…どこだっけ…」
と言いながら、プロデューサーはクリップで留められた書類を引っ張り出した。

「あった、これこれ。見てわからないことがあったら聞いてね」
「…わかった」
「詳しく説明できればいいんだけど…今は見ての通りの有り様でね…」
書類の山を指しながら、プロデューサーは続けた。おれがすぐ来るとは思っていなかったらしい。

「…この書類の山は?」
「この間のライブのレポートの原稿だよー…有難いことに、たくさんの雑誌が取り上げてくれてるんだけど…チェックを明日の昼までって言われててね…」
嬉しい悲鳴ってやつだね…とプロデューサーは遠い目をして言った。

「……おれで良ければ、手伝おうか?」
「へっ?…確かに一希くんになら頼めちゃうし…すごく助かるけど…アイドル本人にやらせていいのかな…」
うーん、でも私だけでこの量だとチェックの質も下がりそうだし…と1人逡巡したあと。
「…お願いしてもいい?」
「あぁ。2人でやれば、その分プロデューサーの負担も軽くなるだろうから」
「ありがとう…!」
神様仏様九十九様!と、プロデューサーは大げさにおれを拝んだ。



――会議室で黙々とチェックを進め、数時間ののち。

「これで、最後だ」
「私も終わったーー!!ありがとう、一希くん!助かりました!!!」
「いや…おれが役に立てることでよかった。勉強にもなったし…また何かあったら、言ってほしい」
「やだーそんなこと言ってたら、また頼りにしちゃうよー?…あっ、そうだ!ちょっと待っててね!」

そう言って、プロデューサーは会議室を離れた。
そして、戻ってくるなり、会議室の入り口で、
「ヘイ、そこのオニーサン!私とイケナイコトしない?」
悪戯っぽく、その上ポーズまで決めて、プロデューサーはニヤリと笑った。

「…へへー、なーんちゃって!…って、ちょっとー、ちゃんとツッコんで!恥ずかしいから!」
「す、すまない」
「…ごほん。では、気を取り直して。これ、一緒に食べない?1個しかないんだけど…」

仕事からの解放感からか、幾分テンションの高いプロデューサーが取り出したのは、1つのフルーツゼリーのようだった。

「……それは?」
「私の秘蔵のいただきもの!高級フルーツゼリーだよ!社長へ届いたんだけど、数が少なくてね。争いの火種にならないように、ってこっそりくれたの。これ、高くって自分じゃなかなか手がでないお店だから…ありがたーく、こっそりいただいてしまったのです」

よっぽどこのゼリーを楽しみにしていたのだろう。うきうきとゼリーを食べる準備をするプロデューサーは、いつもより幼く見えて、微笑ましくなってしまった。

「…そんな大事なものを、おれがもらってもいいのか?」
「もっちろん!めっちゃ助かったからね!…むしろお礼が、いただきもので、しかもはんぶんこでごめんね?ご飯食べて帰るにはちょっと遅くなりすぎちゃったし、今日はこれでご勘弁を」
「…そういうことなら…遠慮なく、いただく」
「どーぞどーぞ。あ、でも他の人には内緒ね。2人だけの秘密、ってことで!」
「……『秘密』…か」

どうしても『秘密』という言葉に敏感になってしまう自分。
けれどこの『秘密』は、おれの抱えていた『秘密』とは違う、可愛らしさとくすぐったさを感じる。
それが妙に、心地いい。

「……こんな『秘密』もあるんだな」
「んー?どうかした?」
「…いや、なんでもない」
「そう?…はい、どうぞ」
「……ありがとう」

プロデューサーは上機嫌で、綺麗な色をしたゼリーをおれに差し出す。
そのプロデューサーがあまりに大事そうに食べるものだから、おれも少しずつ口にした。

「美味しい…!」
「……そうだな」
蕩けそうな表情を浮かべるプロデューサーが可愛らしくて、思わずふっと笑みをこぼす。
確かにうまいが、この状況が、その味をさらに引き立てている気がしてならなかった。

「あー笑ったね!?…でも、いい笑顔だったから許してあげよう!今度の仕事も、その笑顔でよろしくね?」
「……努力しよう」
ふふ、と笑い合って、おれたちは可愛らしい『秘密』を共有したのだった。


プロデューサーはたくさんのものを見せてくれる。
今日は、プロデューサーの新たな一面も見ることができた。
…おれたちのプロデューサーは、思っていたよりもずっと、可愛らしい人のようだ。

「…それも『秘密』にしても、いいだろうか」
プロデューサーの笑顔を思い出しながら、おれは帰路でひとり、つぶやくのだった――




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