名字のはなし



「?…なにしてんだ、みょうじ。オーダー眺めて」

野球部主将である花井は、部活の休憩中に次の試合のオーダー表をじっと見つめていたなまえに声をかけた。
彼女は、篠岡より少し遅れて入ってきた野球部のマネージャーだ。
野球に詳しくはないが、毎日マネージャーとして頑張ってくれているので、花井を含め、野球部みんなが感謝をしているのだが…
いかんせん、性格がちょっと…というか、だいぶ変わっている――というのが、西浦高校野球部メンバーの全員の見解である。


長いまつげを伏せて考え込むように、次の試合のオーダーが書かれた表を見つめたまま、なまえは花井に返事をした。

「んー?うーん。なんていうか、癖?」
「は?」

(オーダーを眺める癖ってなんだよ?ケチでもつける…わけはないか)
マネージャーとして入ってくるまで、野球はTVでたまに観ていたくらい、と言っていたなまえを思い出す。

「私、あんまり自分の名字が気に入ってなくてねー。あ、別に家族と仲が悪いとかじゃなくて、なんというか、字面とか音の響き的な意味で。名前は好きなんだけど」

自分も名前にコンプレックスがあるため、その気持ちもわからなくはないが、なまえの行動にはやはりついていけない…しかし、自分から声をかけた手前、そこで会話をやめるのも失礼な気がして、花井は会話を続けた。

「要するに、他人の名字が羨ましくて、みんなの名前を眺めてた…、ってことか?」

顔をあげて、ニコニコとは言った。

「そうそう。クラス名簿とかでもやったの。でね、色々試してみたんだけど、最近の私的ヒットは『花井』が一番なんだよー。 『花井なまえ』ってなんだかしっくりこない?字面も音も好みなんだよね」
「はぁっ!?」

そこで声を裏返す花井を気にせず、なまえはマイペースに会話を進めた。

「花井と結婚したら私、『花井』になれるよね。ぜひお願いします」

結婚!?と赤くなる花井。

「そんな理由かよ!?名字のために結婚とか意味わからねぇよ、っていうか名字からどうしてそこまで飛躍するんだよ!!」

花井はなまえの爆弾発言?に、顔を真っ赤にして怒涛のごとくツッコむが、それでもなまえは平然としたままだ。

「えーだって、私花井のこと好きだし。問題なくない?」
「はぁぁあああああ!?」
「あれ、言ってなかったっけ」
「言ってねーよ、言われてねーよ!!」
「アハ、勢いで告白しちゃった☆」
「こんな勢いいらねーし!ほんとお前、わけわからねー!!」
「えー…ダメ?」
「ダメじゃねぇけど!…って何言ってんだオレまで!!」
「あはは、花井は面白いなぁ」
「面白がるところじゃねー!!」
「へへ、そういうとこも好きだよー」

ようやく、なまえが少しだけ頬を染めて笑うと、花井は思い切りから顔を背けた。

「おまっ…卑怯だぞ、それ…!!」
「えーなんで?何が??」

なまえが距離を詰めて、顔を覗き込もうとすると、花井は口を押さえてさらに顔を背ける。

「あーもー!離れろ!くっつくとお前も汚れんぞ!」
「だいじょぶ、私も汚れてるし。それよりもさー名字〜〜〜…ってあ!そうか、養子でもいいよ!そしたらパパって呼ぶね!梓パパだ〜♪」
「やめろ!そっちは絶対にやめろ!!」
「えぇーーー」


そんなやりとりは、部活の休憩中に行われていたわけで…
当然、他の部員にもばっちり目撃されているのでありました。

「…なぁ、あれ、なにやってるんだと思う?」
「んー夫婦漫才?痴話喧嘩?てか、梓パパって…」
「みょうじってすげーな…ある意味…」
「花井もほんと、苦労人だよなー…」

「「「…ガンバレ花井」」」




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