遙かなる、あなたへ



――暖かな風が、伸びた髪をなびかせる。

私は、どこからか迷い込んできた桜の花びらを捕まえた。
桜を見ると、思い出すのは…遠く離れた世界に帰って行った、親友のこと。



ねえ、なまえ。
あなたは今、どうしているかしら。

まるで返事のない手紙のように…もう会うことはないだろう私の対へと、心の中で語りかけることが、すっかり日課となっていた。



今日は、黒龍と一緒に星の一族の方と会ってきたのよ。

あなたが守ってくれたこの世界は、今は平和に満ちているけれど…
この先、もし、新たに龍神の神子が選ばれる時がきたら、少しでも助けになるように。
そして、あなたとの思い出を残すために…記録を残すことにしたの。

いくつもの時空を越えて、この世界を守ってくれたあなたの旅の…ほんのわずかな部分しか、私は知らないのだろうけれど。
それでも、あなたとの思い出は、1つも忘れてはいないわ。
…2人だけで囁きあった秘密の話は、もちろん誰にも言わないから、安心してちょうだい。


八葉の方々も、みんな息災よ。
あなたが築いた平和な世界を守るために、それぞれ忙しくしているって、兄上から聞いているわ。
兄上も、京と鎌倉を慌ただしく行き来しているみたい。
そろそろ落ち着いてくれるといいのだけれど…


ふう、と息をついて、私は穏やかな青が広がる空を見上げた。
暖かな日差しが、庭の花々を見守っているようだった。


――あなたのおかげで、黒龍と再び出会えて…
黒龍は、すっかり背が伸びたのよ。
そろそろ、私の背を追い抜かれてしまいそうなの。
少しだけ寂しい気もするけれど…それだけの時を一緒に過ごせているのだと思うと、幸せで泣きそうになってしまうわ。

記憶はないはずだったのに、私を慕ってくれる眼差しは、以前と変わらなくて…
…ふふ、あなたにこんなことを言ったら惚気てる、なんて笑われてしまうかしら。
その分、あなたの話も聞かせてもらいたいわ。


庭に咲くのは、あなたが好きだからと言って譲殿が用意した花々。
…譲殿の想いに、あなたは最後まで気付かないのかしら…なんて思うと、思わず苦笑いがこぼれてしまう。


あなたは、白龍を選び――人となった白龍と共に元の世界に帰っていったけれど…
白龍は、そちらの世界には慣れたかしら?
こちらの世界と、だいぶ勝手が違うようだし…戸惑うことも、多いんじゃないかしら。
将臣殿や譲殿がいるから、大丈夫だとは思うけれど、少し心配だわ。

でも…きっと、あなたなら笑って前に進んでいくんでしょうね。
その前向きさに、私も随分と救われたから…きっと、間違いないわね。


そんな風に取り留めなく想いに耽っていると…後ろから、黒龍に抱き締められた。

「神子、また白龍の神子のことを考えていたのか?」
「ふふ、そうよ」
「あなたたち対の神子の絆は…強いのだな」
「…ええ、もちろん」

私は手の中の桜の花びらをそっと握りしめた。

「そうだわ、明日は一緒に、神泉苑の桜を見に行きましょう?」
「ああ。私も、あの場所の桜は好きだ」

あなたが運命を切り拓いていった、思い出の場所。
そこでならきっと、よりあなたを感じられるから。


私たちは、それぞれ違う世界にいるけれど…きっと、ずっと繋がっているもの。
だから…どうか、あなたも幸せでありますように。

私の対、私の親友へ…親愛を込めて。




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