華のある人



※「ペットの名前」の設定をお願いします。






「おはようございます!!」

愛犬「くろ」との朝の散歩中。
遠くから、元気な声が聞こえてきた。

「ねぇ、くろ、今日も赤髪くんいるみたいだよ。構ってもらえるといいね」


隣を歩くくろにそう話しかけると、くろもわかるみたいで、歩みが早くなっていった。
…あっ、赤髪くん発見。

散歩当番は日によって違うんだけど、家族みんながたまに会う赤髪の…高校生くらいの男の子を、我が家では『赤髪くん』と呼んでいるのだった。

「あー!!また会えた!!」

あちらも気付いて声をかけられると、くろのテンションがぐんと上がって、リードをぐいぐいと引っ張られる。
大型犬だから、油断してると引きずられてしまうのだ。

「こら、ダメ!引っ張っちゃダメでしょ!」
「すみません!オレが遠くから声かけちゃったから…」
「いえ、気にしないでください。この子も構ってもらえるの、嬉しいみたいで」
「おーーははっ、今日も元気だなぁ!…あっ、そうだった、おはようございます!お前も、おはよう」
「…ふふ、おはようございます」

くろが突撃していってしまったから、順番がちぐはぐになってしまったけど、赤髪くんは挨拶をしてくれた。
それにくろにまで。
律儀な子だなぁ。

それに、くろも思いっきり構ってもらえて嬉しそうだ。
元々人懐っこい子ではあるけど、その中でも特に赤髪くんのことは好きみたい。
…面食いなのかな。

「あの!名前、なんて言うんですか?」
「この子は、くろって言います」
「あ、いや、えーと、この子もなんスけど、お姉さんの…ってオレ名乗ってなかった!!」

赤髪くんはくろをモフるのをやめ、シャキッと立ち上がった。

「オレ、織巻寿々って言います!ユニヴェール歌劇学校の1年っス!」

ああ、やっぱりユニヴェールの子なんだ。
華があるってこういう人のことを言うんだなぁ…なんてことを考えながら、私も彼に向き直った。

「私は、みょうじなまえっていいます」
「なまえさん…って、いきなりすみません!なまえさんって呼んでもいいですか?あっ、オレのことも織巻だと呼び辛いから、スズって呼んでください!」

おお…コミュ力強者…役者を目指すならこのくらいハートが強くなくちゃいけないのかしら。

少し圧倒されながらも、私は「大丈夫ですよ、スズくん」と返した。
うちの家族はみんなみょうじなわけだし、下の名前で呼ばれる抵抗感もないし。

「ありがとうございます!あと、敬語もやめてください!オレの方が年下っスよね」
「あ、はい。えーと…じゃあ、よろしくね、スズくん」



その日から『赤髪くん』は『スズくん』になり…そんなスズくんと、たまにお話するようになった。

「なまえさんは、大学生っスか?」
「あはは、そんな気を遣ってくれなくても。社会人だよ」
「別に気を遣ってるとかじゃ……大人なんスね」
「まだまだ若輩者だけどね」
「うわんっ!」
「わ。ごめんごめん、くろも混ざりたかったね」

2人で話していることが不満だったようで、くろが吠えた。
この甘えん坊さんめー。

立ち止まって宥めると、スズくんも足を止めて、くろをわしゃわしゃと撫でてくれた。

「くろを仲間外れなんかにしてないぞー」

すると、あっという間に機嫌が直ったようで、くろの尻尾が機嫌よく揺れた。

「はーーやっぱいいなぁ、でっかいわんこ…寮にもいればいいのに」
「『私でよければいつでも撫でて!』ってくろは思ってそう。ねえ、くろ」

そうくろに話しかけると、返事のように「わん!」と鳴いた。

「すげー!くろは賢いなぁ!」

スズくんに褒められると、くろは得意げに鼻を鳴らした。

「…あれ、もうこんな時間。スズくん、そろそろ戻らなくて大丈夫?」
「えっ…やべっ、戻らなきゃ!なまえさん、くろ、またー!」
「気を付けてねー」

手を振っていると、あっという間にスズくんは見えなくなった。
足早いなぁ。

「さ、くろ、私たちも帰ろうか」

少し名残惜しそうなくろに「また今度遊んでもらえるよ」と言うと、納得したのか、くろは家の方へ向かって歩き出した。




――そんなやりとりを交わすうち…私だけではなく、お父さんやお母さん、弟とも交流があり…我が家は、すっかりスズくん情報通になっていった。

演技経験はなく、クォーツの所属であること。
同期に仲の良い子がいて、その子たちと切磋琢磨しているらしいこと。
演技は難しいけど、とても楽しいこと。

新人公演では、ジャックエースを務めたこと。
夏公演も、名前付きの役をもらえたこと。

そして、梅雨も明けて、すっかり暑くなってきたとある日。

「なまえさーん!!」
「スズくん。おはよう」
「あっ、おはようございます!あのさ、なまえさんちって、みんな土日休み?」

この頃には、スズくんはもう1人の弟みたいな感じで…敬語もすっかり抜けていた。

「基本的には。弟のバイトのシフトはわからないけど…」
「そっか、今からでも間に合うかな…よかったら、夏公演観に来てくれないかなと思って!」

なるほど、その話ね。

「ふふ、実はその日ね、家族みんなで行こうってチケットとったよ」
「マジで!?言ってくりゃよかったのにー!!」

ここまで仲良くなったんだもん、一度は観に行きたいよね、と話していたら、お母さんがチケットをとっていたのだ。

「くろは残念ながらいけないけどね」
「そっか、そうだよな。ごめんなー、くろ」

盲導犬のフリでもしてみるか、なんて冗談は出たけど、そんなこと出来るタイプじゃないので、くろにはおとなしくお留守番してもらいます。

「でもすっげー嬉しい!ますます夏公演楽しみになってきたー!!絶対楽しいから、なまえさんも楽しみにしてて!!」

そう言って笑うスズくんは、本当に楽しそうで、キラキラしていて…いつもより、なんだか大人びていて。
少し胸が跳ねたことは…誰にもナイショだ。

「頑張ってね!えーと…『宇宙開発から飲料水の販売まで、グレートガリオンSJBです!』だっけ?」
「えっ、なまえさん覚えてんの!?」
「だって、スズくん最近よくブツブツ呟いてるから」
「マジで?…ちょっと恥ずい」

そう照れるスズくんは、今度はちょっと幼く見えて…こう言うと、失礼かもしれないけど、ちょっとくろに似ているというか。
そんな風にくるくると変わる表情を見ているだけで、舞台への期待が高まっていく。

「実は、うちみんなユニヴェールのお芝居見るの初めてなんだ」
「そういえば親父さんに、去年玉阪に引っ越してきたばっかり、って聞いた」
「そうなの。だから、すごく楽しみ。期待してるね」

と、伝えると。
スズくんは、最高の笑顔で「うちのクラス、マジですげーから!任せて!」と笑った。

…この子が舞台に立って本気出したら、私、どうなっちゃうんだろ。
そんな妙な不安を抱きつつも、私は夏公演を指折り待つのだった――




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