推しが教え子になりました。



自他共に認めるショタコンである私の職業は、小学校の先生である。
(なお、この場合の「他」はごくごく一部の人だけである)
趣味と実益を兼ねる、まさに天職だと思っている。
もちろん、法に触れるようなことは絶対にしない。
そんなこと私のポリシーに反するし。

子供たちの成長をサポートしつつ、適度な距離感で愛でる…それが教師である私のモットーである。




今年から新しい学校に赴任することになり、副担任を任せてもらえることになった。
もらったクラス名簿を眺めていると…とても見覚えのあるお名前が。

まっさかー!そんなに珍しい名前じゃないし、同姓同名でしょ!と思ってたんだけど。

「うちのクラスには、アイドル活動をしている子がいるから…」
と担任の先生から言われ。

「このクラスの担任は私、そしてみょうじ先生が副担任です。今年一年よろしくお願いしますね」
とクラスに入って紹介されて、目に飛び込んできたのは、私の最推しの…岡村直央くんの姿…!!

これは夢かな???
とっさに誰からも見えないところで、己をつねる。
…痛い、気はする。

言葉にならない奇声を喉の奥に深く深く押し込めて、高ぶる感情を抑えて表情を作って、なんとか平静を装い、自己紹介したりした…はず…記憶が薄いけれど…
何も注意されたりしてないし、やり過ごせたと信じたい…!!





「どーしよう!!!」

私は帰宅早々、自宅に貼ってあるもふもふえん等身大ポスターの前で崩れ落ちた。
ああ今日も笑顔とお膝がまぶしいわ!!
……じゃなくて!!

この目の前のポスターの子が…直央くんが…昼間、目の前に…!!

ていうか、あんなに近くで姿を見れてしまった…
あれ?お金払わなくてよかったんだろうか…

これが現実だとして…推しとあんな距離でタダでお話できて、というかむしろお金もらえて、それで得たお金を、推しに貢げるとかすごくない??
永久機関か??


…いやでも、私の愛で方はあくまで距離感が大事なのであって。
友人に動画視聴中とかの様子を散々気持ち悪がられているので、一応自覚はあるけど、溢れ出ちゃうものなのでやめられない。
そ、外ではやらないし!
キモいだけで、犯罪じゃないし…!

でもでもでも!!
本性がバレたら、クビじゃすまないんじゃ…!?
ライブ出禁とかになったら、生きていけない…!!
ていうか、もう既に接近イベントは行っちゃいけないやつだよね!?
当たったことないですけども!!

「うう、なおきゅん…私、どうしたら…」

…真面目な話、クラスの他の子と、変に差をつけたりしてもいけないし、ほんと…どうしよ…
公表されてる直央くんのプロフィールはすらすら言えるけど、他の子はまだ顔と名前が一致しきってないし…


ああ神様、これは試練なのでしょうか、ご褒美なのでしょうか…!



そんな風に悶々としながらも、あっという間に1か月ほどが経った。
あくまで私は副担任だし、直央くんはお仕事で遅刻や早退も多くて、そこまで接点がないのは救いだったかもしれないが…
どうやらこれは現実らしい…と、そろそろ認めざるを得ない。

現実なのであれば、決して誰にも迷惑をかけない、不快にさせない、そして特別扱いはしない範囲で、思う存分、この立場を堪能させてもらおうじゃないか…!と、開き直ることにした。
思うだけなら、思想も性癖も自由だから……!!

そして私は表情を殺し、心の中で叫びまわる術を会得した。
まぁ、元々身内以外には言えないことを外では我慢していたわけなので。
ふふふ、楽勝だぜ!

…ちなみに、推し活は通常運転である。
それはそれ、これはこれ、なのである。



――とある日の、帰りの会が終わったあと。

「さよーなら、みょうじせんせい!」
「はい、さようならー気を付けて帰ってね」

散り散りに教室を出ていく生徒たちとは別に、直央くんは、担任の先生になにやら話しかけていた。
…と思ったら。

「みょうじ先生ー!ちょっといい?」
「は、はい、なんでしょうか?」

担任の先生に呼ばれ、教卓に近寄ると…必然的に直央くんが近い…!

「岡村くんが、勉強のことで質問があるそうなんだけど、私この後会議があるから、みょうじ先生にお願いしてもいいかしら」
「えっ!?あ、大丈夫です、はい!」

思わず挙動不審になるが、断れるはずもなく。

「ごめんなさいね、岡村くん。みょうじ先生はわかりやすく教えてくれるからね」

担任の先生は、そう言って教室を出て行った。
そんなハードルを上げていかないでくださいよ!!

「みょうじ先生、すみません、よろしくおねがいします」
「そんなにかしこまらないで大丈夫だからね!えーっと、何が聞きたいのかな?」
「あの、ここの部分が…」

うっっ名前呼ばれちゃった…!!
それに直央くんは根っから真面目なんだなぁ…そこが推せる…
じゃなくて!!
今は先生なんだから。直央くんじゃなくて岡村くん。
オタクは封印封印!

少し教えると、するすると解答にたどり着く岡村くん。
そしてそのまま、プロデューサーさんがお迎えにくるまで宿題をしていってもいいか、と聞かれたので、快諾して私は見守ることになった。
役得バンザイ!!
…だけど、顔がニヤついてないか不安でたまらない。


ふと、岡村くんは私の手元に目を留めた。

「みょうじ先生の持ってるペンのキャラクター…」
「あ、うん、好きなんだー。かわいいよね」
「みょうじ先生も好きなんですね!ボクも好きなんです」

少しはにかみながら言う岡村くんに、心臓が射抜かれる。
「ドスッッ!!!」をいう音が聞こえた気すらする。

知ってますぅぅぅぅぅうううう!!!!!
ていうか私が好きになったきっかけは、あなたですぅぅぅぅ!!!

はーーー!!!可愛すぎか!!!!!
尊すぎてしんどいんですけど!?天使か!?
『可愛い』って単語が人の形をとったのか!?
あーーー養いたい!!!!!
いや崇め奉りたい!!!

心の内で暴れまわるオタクな己を押し殺し、当たり障りのない笑顔を浮かべておく。

しばらくすると、窓の外を見た岡村くんが声をあげた。

「…あっ。プロデューサーさんが来てくれたみたいです」
「それじゃあ、ここまでだね。お仕事頑張ってね」
「はい!今日はありがとうございました!さようなら!」
「さようならー」

教室を小走り気味に出ていく岡村くんを見送ると、私は教卓に突っ伏した。

「…ダメかもしれない」

何が、かはわからない。もしかしたら全部かも。
とりあえず今は、人様に見せられない顔をしている気しかしない。

「おまわりさーん…私ですー…」

はー…もっと精神と表情筋を鍛えねば…あと心臓…



そんな、飴なのか鞭なのかわからない日々が、最低でもあと11か月続くのだ。
………とりあえず、明日の音楽の時間と、再来月のライブを糧に、がんばろ。




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