Sweet cakes



あ、巻緒くんだ。

窓の外の待ち合わせ人にひらひらと手を振ると、あちらも気付いたようで、笑い返してくれた。


「お待たせ、なまえちゃん」
「いえいえ、お仕事お疲れさまでした」
「ありがとう。なまえちゃんは今日はお休みだったの?」
「んー、朝に撮影が1本だけあったけど、すぐ終わったから半日オフって感じかな」

巻緒くんとは、以前ケーキ関連のお仕事で一緒になり、そこで意気投合して仲良くなった、アイドル仲間兼、趣味友ってやつだ。
今日もこうして、一緒にケーキを食べに来たのである。


巻緒くんを待っている間はドリンクだけにしていたので、ようやく本命のケーキタイムだ。
私はもう注文したいものが決まってるから、巻緒くんにメニューを渡した。

「巻緒くんはどれ頼む?」

巻緒くんにどれ、と聞くのも愚問かな…なんて思ったりするけれど。

「季節のケーキ5種全部頼もうかな」
「やっぱり?」
「それと、久しぶりにこのお店のショートケーキといちごのタルトとモンブランが食べたいから、それも追加で!」

…それってほぼワンホールでは。

私も巻緒くんに負けず劣らずケーキが大好きだと思ってるけど…愛と許容量は比例せず。
私は1度に2ピースが限界で、巻緒くんほどの量が食べられないから、巻緒くんの胃袋がすごく羨ましい。
ほんと、どうなってるんだろう。

…とは言え、いつものことなので、ツッコミは入れない。
野暮ってものだ。

店員さんを呼んで、注文を頼むと…やっぱり驚かれていたけど。
注文が終わると、2人してふーと息をついた。


そして始まる、怒涛の情報交換タイム。

「ねえねえ、巻緒くんは東西テレビの南北スタジオって行ったことある?」
「ううん、まだないなぁ」
「そこのスタジオにある喫茶店のチーズケーキが、すっごく美味しかったの!スタジオは関係者しか入れないから、何か仕事がないと入れないけど…」
「ええっ…!そんな隠れた名店が!?」
「私は、土曜の夜にやってるクイズ番組に呼んでもらったんだけど…あそこのスタジオは、東西テレビのバラエティー番組が多いらしいよ。プロデューサーさんに掛け合ってみたらどうかな」
「ありがとう、なまえちゃん!頼んでみるよ!」

巻緒くんのとこのプロデューサーさんなら、すぐにお仕事持ってきてくれそうだよね〜。
何度かお会いしたことがあるけど、物腰柔らかなのに、とっても仕事ができる人だもんなぁ。

「なまえちゃんに聞きたいことがあるんだけど…」
「なになに?」
「今度、雑誌の特集でおすすめのケーキを紹介するんだけど…テーマが『ヴィーガン』なんだ。思いつくところはいくつかあるんだけど、定番なところが多くて他の人と被っちゃいそうだなと思って。何かおすすめのケーキはないかなぁ?」
「ふむふむ…『ヴィーガン』かぁ…」

うーん、と脳内のケーキ図鑑を検索する。
ヴィーガン…新しめのお店とか、隠れた名店な感じのお店がいいよね…うーんと…

「…それってケーキ屋さんじゃなくても大丈夫かな?」
「おすすめの『ケーキ屋さん』じゃなくて、おすすめの『ケーキ』だから大丈夫だと思う!」
「それなら、ちょっと最寄り駅から遠くて行き辛いところにあるんだけど、美味しいヴィーガンケーキを出してくれるレストラン知ってるから、サイトのURL送るね。あと、関西の方にお取り寄せできるお店があってね、そこも美味しかったから、一緒に送るね」
「わあ、さすがなまえちゃん!ありがとう!」
「いえいえ、どういたしまして」

巻緒くんにケーキのことで頼ってもらえるのはうれしいなぁ。
私も何かあると、巻緒くんに頼りっぱなしだけど。
味覚が似ているのか、巻緒くんがおすすめしてくれるケーキは、どれも美味しい。
特に、巻緒くんと同じユニットの東雲さんの作るケーキ!
巻緒くんが心酔するのも納得のクオリティだもんなぁ…!
あのケーキを頻繁に食べられる巻緒くんが羨ましい。
…事務所移籍しようかな、なーんて。


ここで、お店の人がやってきて、ドリンクと大量のケーキを持ってきてくれた。
テーブルにギリギリ載りきった、って感じ。
すべてを自分が食べるわけじゃないにしろ、とても幸せな光景である。
記録用とSNS用に写真を撮って、いよいよ実食だ。

「それじゃ、いただきまーす!」
「いただきます」

早速、今日のお目当ての季節のケーキその1、洋ナシのタルトを口に運ぶ。
…はーーー幸せ!!
やっぱりここのお店の果物は絶品だ…!

「なまえちゃん、気になるケーキがあったらどうぞ」
「いつもありがとう。それじゃあお言葉に甘えて…これとこれ、一口ずつもらっていい?」

私が頼むものは、ほとんど巻緒くんも頼んでいるので、一方的に毎回ちょっとずつ貰っている。
よっぽどたくさんあれば別だけど…巻緒くんはだいたい1人で全種類制覇できちゃうもんなぁ。

「うん、どうぞ!」
「それじゃ…」

と、一口貰おうと思ってフォークを伸ばしたけど…アップルパイって綺麗に切るの大変なんだよね。
ナイフで切らせてもらった方がいいかな…なんて考えていると。

巻緒くんが綺麗に一口分を切り分けて「はいっ♪」とフォークに載せて差し出してくれた。

…別に初めてのことじゃないし、嫌じゃないんだけど、毎回めちゃくちゃ照れる。
だって、必然的に巻緒くんとの距離が近くなるんだもん…!
巻緒くんはあんまりそういうこと気にならないのかなぁ、なんだかちょっとモヤる…

ケーキを食べたり語ったりする巻緒くんは、どちらかというと可愛いけど、ふとした瞬間に見せるカッコイイ表情に、ドキドキさせられっぱなしだ。

…とか、色々考えちゃうけど、あまり待たせちゃうのも申し訳ないので、覚悟を決めて巻緒くんのフォークに食いつく。
…うん、美味しい。

ちらりと巻緒くんを見ると、なんだかとても満足そうな顔をしていた。
おまけに、今日は。

「ふふ、かわいい」

…なんて、言ってくれちゃうものだから。
その後食べたケーキの味が、よくわからなくなってしまったのだった――




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