「今日は静かだねー」
「そうですね」
いつもは、それはそれは賑やかな、我が315プロダクション。
そんなに広い事務所ではないけれど、46人も所属アイドルがいて。
しかもなんやかんやとみんな事務所に入り浸ってるから、いつも誰かしらがいて、わちゃわちゃしているんだけど…
今日はみんな仕事で出払っていて、事務員である賢くんと私の2人っきりだ。
所属アイドルが全員参加する大きなライブが控えている今、アイドルのみんなはいつもの仕事に加えて、ライブに関するインタビューなどの仕事やレッスンがみっちり入っていて、大忙しなのである。
もちろん、プロデューサーさんも、社長も。
かく言う私たち事務員も、通常業務に加え、ライブに向けた事務作業が山のようにあるから、黙々と作業をしている。
時々電話がかかってくる以外は、珍しい沈黙がこの事務所を覆う。
仕事は捗るんだけど…なんだか落ち着かない。
…とか言ってちゃいけないよね、集中集中…!
――しばらくして。
ひと段落して、ふと時計を見上げると、あっという間に2時間が経っていた。
そっと正面に座る賢くんを見ると、賢くんはまだ集中モードだったので、私はそっと席を立ってコーヒーを淹れることにした。
「賢くーん、コーヒー淹れたから、ちょっと休憩しよ」
「あっ!ありがとうございます!」
書類にコーヒーをこぼしたりするといけないから、ソファーテーブルにコーヒーを置いて、賢くんに声をかけた。
賢くんはふうーっと大きく息を吐きながら、ソファーにやってきた。
「お疲れ様ーかなり集中してたね」
「はい、おかげさまでだいぶ進みました!」
「ふふ、私も。これだけ静かだと捗るよね」
「そうですね…でも、ちょっと寂しい気もしちゃいます」
「うん、私も。なんだか落ち着かない」
2人で笑いあって、お茶の時間を楽しむ。
こんな風に、賢くんと2人だけでお茶をするのも、かなり珍しいことだ。
「あ、そうだ、おやつもあるんだった!荘一郎さんに焼き菓子貰ったんだ〜賢くんにもおすそ分けするね」
「わあ、ありがとうございます!」
しばしの休憩を挟み、再び私たちは仕事に戻った。
…まだまだ、仕事は山積みなのだ。
ちょっと気が遠くなるけど…頑張るぞ…!
そして、次に窓の外を見たときには、空がすっかり暗くなっていた。
ふぅーっと息を吐きながら腕を伸ばすと、肩がバキバキと音を立てた。
首も回すと、同じような音を立てる。
ひぇー…集中しすぎたかな…
おかげさまで作業はだいぶ進んだけど…ホント、今日は1日静かだったなー…
私が動き出したせいか、賢くんも作業を止めて、ううーーんと背を伸ばした。
「賢くん、おつかれさまー」
…思ったより、疲れた声が出てしまった。いけないいけない。
「お疲れ様です。なまえさん、お茶飲みませんか?今度はぼくが用意します!」
「ありがとう〜お願いします!」
そして再び、2人だけの休憩時間。
もう終業時間も近いから、おやつは食べないけど。
賢くんの入れてくれた紅茶に、いつもより少し多めの砂糖を入れて、疲れた脳と体を労う。
「は〜今日は静寂を満喫してしまったわー」
「あはは、珍しい1日でしたよね」
「ほんとにね〜おかげさまで仕事はもりもり片付いたけど!賢くんは進捗どう?」
「今日の分はちょうど終わりました!」
「そっか、じゃあ今日はもう…」
事務所閉めて帰ろうか、と言おうと思った瞬間、階段の下からガヤガヤと声が聞こえてきた。
目を丸くして、賢くんと顔を合わせ、ふふっと小さく笑いあう。
「…ほんと、みんなこの事務所が好きだねぇ」
「ふふ、本当ですね。ぼくもです」
「もちろん、私も」
いつもの喧騒が戻ってくる。
やっぱり、静かな事務所は落ち着かなくて。
なんだか、ほっとする。
「お疲れー、賢、なまえ!」
「「お疲れ様です、お帰りなさい!!」」