初めてのお茶会



つい先日、うちの事務所で新しく結成されたユニット『C.FIRST』のメンバーの花園百々人くん。

まだ最初の挨拶くらいしかロクに会話をしたことはないけれど、事務員として、ばっちりプロフィールの内容は頭に叩き込み済みだし、プロデューサーさんから「気にかけてあげてほしい」とお願いされていたりする。
…確かに、プロデューサーさんとのやりとりを見ていると、なんかちょっと引っかかる気も…それがなんなのかは、まだよくわからないけれど。


ともあれ、そんな百々人くんと、初めて事務所で2人っきりになった。
プロデューサーさんから言われたこともあるし、単純に、事務員である私とも仲良くして欲しいなーとも思って、私から話しかけた。

「百々人くん、お疲れ様です」
「えっと…ミョウジさん。おつかれさま、です」
「名前覚えててくれたんだ、ありがとう!お茶淹れようと思うんだけど、よかったら一緒に飲まない?」
「あ、うん」
「ちなみに、コーヒー、紅茶が…今は3種類かな、あと緑茶とほうじ茶と…プーアル茶…ココアもあるよ。牛乳、オレンジジュース…水が良ければミネラルウォーターもあるし…」

戸棚と冷蔵庫を見回して問うと、百々人くんは困惑した様子だった。

「えぇ?そんなにあるの?」
「あはは、こんなにあると迷っちゃうよね」

飲食がメインの仕事じゃないのに、飲食関係の福利厚生(?)がこんなに揃ってる職場、なかなかないと思う。
ちなみに、調理器具や調味料もかなり揃っていて…
ここはアイドル事務所のはずなんだけど、ちょっとしたカフェクラスかも。
おやつをもらったり、まかない…とは言わないかもしれないけど、作ったご飯を食べさせてもらうこともしょっちゅうだ。

「それじゃあ…ミョウジさんのおすすめをお願いしたいなあ」

そう言って、コテンと首を傾げながら答える百々人くん。
なるほど、そう来ましたかー!

「おっけー…ちなみに、アレルギーとか好き嫌いは大丈夫?」
「うん、大丈夫だよー」

それじゃあ…東雲さん作のおやつもあることだし!
おやつにあわせて神谷さんがブレンドしてくれた紅茶を淹れようっと!

とりあえず、お湯を沸かして…と……



この事務所は『理由あって』アイドルになった人ばかりで、前職を生かした活躍をしている人が多いのだけれど…
前職で得た知識なのか、日常のちょっとしたことにも使えるテクニックを教えてくれたりもするので、私もこの事務所で事務員として入ってから色々なことができるようになったと思う。
紅茶を美味しく淹れられるようになったことも、そのうちの1つだ。

えーっと、百々人くんのカップはー…あっ、そうか。
まだC.FIRSTのみんな用のカップはないんだった!
とりあえず今は来客用ので淹れるとして、今度用意してもらわないとなぁ。
小さいことだけど、事務所に愛着持ってもらえるきっかけになるだろうし。

「…すごい数のカップだよね。マグカップだけじゃなくて…ジョッキまであるんだ」

カップを探していると、百々人くんもカップ置き場の前へやってきた。
ふふ、なかなか壮観だよね、ここ。

「そうなの、みんなで個人専用のものを置いてるんだよー。一応場所も決めてて…C.FIRSTのみんなは、今空いてるこの辺りかな」

そういって、下の方に空いているエリアを指す。
ちょうど3つ、横並びで空いててよかったー。

「百々人くんも、今度好きなコップ持ってきてね。ここに入れば種類はなんでもいいよ。あっ、新しく買う場合は経費精算もするから、領収書もらってきてね」
「アイドル事務所って、なんだかすごいんだね」
「いやー…こんなことしてるの、たぶんうちだけじゃないかなぁ」

と笑いながら返すと、百々人くんも「そうなんだ」とゆるく笑った。

「カップだけでも、これだけ個性が出るからねー…ほんと、色んな人がいるけど…みんないい人、っていうのもすごいんだよねえ」

若干の問題児が居ないわけでもないけれど…まぁ、悪い人じゃないから。うん。

まだ百々人くんたちは、先輩アイドル全員には会えてないはず。
みんな揃っての歓迎会は、ちょっと先になっちゃうし…

「このカップを見ただけで、この人のだ、ってわかる日が僕にもくるのかなあ?」
「来る来る!46人…ていうと、学校だと1クラス以上の人数になるのかな。私も最初は、そんなに覚えられるかな、なんて思っちゃったけど、みんなキャラが濃すぎて…会えば1回で覚えられちゃうと思うよ」

誰もいないことをいいことに、言いたい放題な私。
でも嘘じゃないから。ホントのことだもん。
百々人くんも笑ってくれたので、よいのです!


そこでお湯が沸いたので、私はピックアップした自分のカップと来客用のカップ、そしてポットをセッティングした。

それぞれ温めて…茶葉は2人だからこのくらいでっと。
お湯を注いで…蒸らしてる間におやつも出してっと……



「はい、どうぞ」
「うわぁ、いい香り」
「おやつもどうぞ」
「ありがとう、いただきます」

ソファに座る百々人くんをおもてなしだ。
どちらも私だけの力じゃないことは、伝えておかないとね。

「わあ、美味しい…!」
「おやつを作ってくれたのはCafé Paradeの東雲さん、紅茶は同じくCafé Paradeの神谷さんのオリジナルブレンドだよ」
「へえ…本当にすごい人たちがいっぱいいるんだねー」
「ふふ、その仲間になった百々人くんも、すごい人だよ」
「……僕は、そんなことないよ」

…わずかに、百々人くんの表情が陰る。
ほんの少しだけ見えた闇を吹き飛ばせるように、私は力強く返した。

「ううん、プロデューサーさんがスカウトした人だもん。間違いないよ」
「…ぴぃちゃん…そっか」

プロデューサーさんの名前を出すと、強張った表情が緩んだ気がする。
…プロデューサーさんへの信頼は、相当のもののようだ。
そう思っていたら。

「…こんなに美味しい紅茶を淹れてくれたミョウジさんも、すごい人、だね」

と返され、柔らかく微笑む百々人くんに心をぎゅっと捕まれる。

「え!あっ、あはは!ありがとう!!」

大袈裟に返しながら…百々人くんのプロフィールの特技欄が頭をよぎる。


『人に愛されること❤』


なるほどこれね〜〜〜!!
…なんて思いながら、頬に集まった熱を散らそうとする私。

くぅぅ、事務所のアイドルたちとのやりとりでだいぶ慣れたと思ったのに、やっぱりイケメンの不意打ちには弱いなー!

とにかく話を変えてしまおう!うん!

「えっと、これから一緒に頑張ろうね!!」
「…一緒に?」
「私は事務員だから、大したことはできないけど…何か困ったことがあったらなんでも言ってね!アイドルの仕事関係なくても大丈夫だし!宿題は…百々人くんのレベルだと私が手伝えることはなさそうだけど…うーん、家庭科の宿題くらいならなんとかいけるかも…?」

えーとうーんとそれから…
大抵のことは、私より最適な人がいることが多いけど…あと何かあるかなぁ。

まとまりなく捲し立てる私に、百々人くんはポカンとしている。
話が下手でごめんなさい!

「あとはえーっと…台本の練習付き合ったりもできるし…あんまり頼りにならないと思うけど!愚痴もいくらでも聞くし!これは確実!任せて!」

想いは伝えたくて、まとめらないまま、言葉を紡ぐ。

「とにかく!一緒の事務所にいるのも何かの縁だし!この事務所はね、何か困った時には、絶対に誰かが助けてくれるから。だから、事務所のみんなと、一緒に頑張っていこ!」

ふう、最後だけは綺麗にまとまった気がする…と謎の達成感を抱いていると、百々人くんは、ふふ、と笑って。

「…ありがとう」

と、言ってくれた。そして。

「それじゃあ、早速1つお願いしてもいーい?」
「もちろん!」
「ミョウジさんの淹れてくれたお茶、あったかくて、すごく美味しかったから…お茶のおかわりが欲しいなー」
「っ!うん、喜んで!」

こうして、百々人くんとの初めてのお茶会は予想以上に盛り上がり…私と百々人くんは、少しずつ仲良くなっていくのだった――







※カップの話がなんのことだか?という方は「ナンジャ 事務所 カップ」等でTwitter検索してみてください。




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