ある日、キリオが早い時間に仕事を終えて家に帰ると、馴染み深い、けれど久しぶりに見る人物が居た。
「ややっ、なまえクン!お久しぶりでにゃんす!」
「キリオちゃん、お久しぶり〜。元気そうでよかったわぁ。ねえねえ、早速だけど、耳掃除させてくれる〜?」
久しぶりに幼馴染であるキリオに会うや否や、なまえは片手に耳かきを構え正座をして、嬉々として笑いかけた。
と言ってもこれは耳かきが趣味のなまえの通常運転、マイペースなのはお互い様なので、キリオは「相変わらずでにゃんすな〜」と言いつつ、おとなしくその膝に頭を乗せた。
いわゆる膝枕の状態である。
「ふふ、相変わらずキリオちゃんの髪はフワフワね〜カラフルに染めても手触りが変わらないのがすごいわぁ〜」
そう言ってフワフワ感を楽しむように、そっとキリオの頭を撫でるなまえ。
これもいつも通り。
マイペースな年上の幼馴染の手つきの心地よさに、本物の猫のようにふにゃーと息を吐いて目を細めると、満足そうになまえが微笑んだ。
「キリオちゃん、この間の舞台、すっごくよかったわ〜お母さんと一緒に見に行ったんだけど、帰ってきてから大盛り上がりだったのよ〜」
耳かきをしながら、楽しそうに話すなまえ。
普段身振りが大きい方のキリオも、この時ばかりは身動きしないように、できるだけ大人しく返す。
「それはそれは、光栄でにゃんすー」
手を動かしながらも、仕事での様子を褒め倒すなまえに、さすがのキリオもくすぐったくなってくる。
「…よし、それじゃ反対ね〜」
初めは、なまえに背を向ける形で膝枕をされていたが、さすがに反対となると…
と、やや躊躇っていたら、ほらほらぁ〜と急かされたので、大人しくなまえの腹に顔をうずめるような体勢をとった。
なまえはおっとりしているが、とても頑固であることも長い付き合いで知っているので、ここで抵抗しても無駄なのである。
…とは言え、こうしているのがキリオは好きだった。
若干の気恥ずかしいはありつつも、なまえの体温の温かさ、声の心地よさに包まれる時間は、何物にも代えがたいのだ。
「なまえクンは、変わりはないでにゃんすか?」
「そうねえ……あっ。ついに車の免許をとったのよ〜小さいし中古だけど、自分の車も買ったの〜。可愛いのよ〜今度一緒にドライブしましょ!」
語り口はゆったりしているものの、なまえは饒舌だ。
手を動かしながらも、熱弁が止まらない。
その話のほとんどが、キリオの仕事っぷりに対してのもので、公開されている仕事はすべてチェックしているであろう勢いだ。
それらの全てを手放しに褒め倒されて、嬉しさの中にこそばゆさが混じる。
「あとねぇ、この間の結婚式場の宣伝!キリオちゃん、あんな顔もできるのね〜かっこよかったわ〜!!ときめいちゃったわ!!」
少々興奮気味に話しながらも「はーい、終わり〜」となまえは耳かきを終えた。
少し名残惜しさを感じながらも、キリオがなまえの膝を離れようと、ひとまず顔を真上に向けると、なまえはまだ先ほどの話を続け。
「私もあんな風に言われてみたいわぁ」
と、目を輝かせながら言ったので、キリオは膝の上からなまえを見上げたまま、表情を作って。
「『これからの生活は、今よりもっと幸せなものになる、いや、幸せにしてみせるでにゃんす』……どうでにゃんしょ?ときめいたでにゃんすか?」
…と、例のセリフを言ってみた。
するとなまえは…ふふっと噴き出した。
「うーん、その体勢じゃあ、あんまりかっこつかないわね〜」
と言いながらキリオの頭を撫でた。
「じゃあ、これはどうでにゃんす?」
そういってキリオを覗き込んでいたなまえの顔に自らの顔を近づけ…
鼻同士をくっつけた。
――いわゆる、鼻チューである。
しかし、なまえは多少驚いたものの、動揺もせず、起き上がったキリオの頭を再び撫でた。
「んふふ、本当にキリオちゃんはネコみたいね〜」
「…なまえクンは手強いでにゃんすなー」
「そうかしら〜?」
と、笑いあいながら、2人はじゃれあいを続けるのだった。
…これでもまだお互いに、ただの幼馴染だと思っている2人を、多少のじれったさも感じつつ、家族は微笑ましく、見守っていた――